PAGE.36

暁の昔話とは一体何なのだろう。ここで話すということは、何かしら意味が存在するということだ。
岬は黙って暁が口を開くのを待っていた。最初は沈黙をしていた彼も、時が経つとゆっくり話し出す・・・。






「あれは・・・高校のころだった。俺は九条家の跡取りとして、何の不自由もなかった。
君もすこしくらいは名前を知っているだろう?今各業界でトップクラスの力を持っている・・・そんな数々の名だたる財閥は解体されたが、GHQも何を考えていたのか・・・幸い九条への被害は少なく、九条グループを再結集してちょうど頑張ろうというころだったからな。だから俺も相当期待されていた。

そんなときに現れたのが・・・『彼』だったんだよ。一つ下の後輩だった。君たちが行っているとこ
ろだが、昔はエスカレータ式の男子校だったんだ。だから、外部入学というと、注目の的さ・・・それ自体は今も変わらないかもしれないか。

人懐こい子だったよ。学年違いの俺にも懐いてきた。
どこでどう会ったのかは不思議なことに思い出せないが・・・最初、俺の金目当てかと思っていた。
まぁ、普通はそう思うだろうな。
高度成長があったとはいえ、今みたいに恵まれていたわけではない。少しでも財力のあるものを味方につける・・・そんな時代でもあったからな。
それにそうで思わなければ、
俺みたいな人間に懐く理由が説明できない。それで聞いてみたんだ・・・いうまでもなく殴られたけどな。答えは・・・『俺が独りだから』だそうだ。当時の俺は生徒会長をやっていて、周りにも人がいたからそんなことは考えなく・・・彼の一言でそれに気づいたんだよ。だから『俺が側にいてやる』と言われたよ」


ははは・・・引きつった笑みで岬はそれを聞いていた。まるでノロケを聞かされているかのようだ。
『彼』という言葉が気になったが、突っ込む余地はなかった。


それこそ例えなんかではなく、気がつけば彼は視界に入っていたよ。今で言うなら、ストーカーだな。
でも、彼がいてやっと俺が今まで『独り』であったことに気づいたんだ。
そして、それに気がついた途端『独りでいる』のが寂しくなった。今まで平気だったのが不思議なくらいだった・・・。
だが、
彼以外、誰も俺の殻を突き破る人はいなかったんだ。自分が自分でなくなることに不安はあったけれど、それはそれで心地よい生活だった。
はっきりとした約束をしなくても自然と一緒にいたし・・・
気が向かないと授業をサボることもあったな。良くも悪くも今だと当たり前のように行われている行為であっても、当時はそんなことをしたら相当怒られるけどな・・・だが黙々と机の上でする勉強よりも、彼のそばにいるほうが俺にとって大切だったんだ。


その気持ちは・・・『恋』だったし、『愛』であったし、今なら彼だから好きになったのだと分かるけど、当時はそんなこと、思いつきもしない。同性愛という禁忌に対する風当たりは、今よりもはるかに風当たりが強かったんだ。
軽いネタですらも蔑まれた時代で、そんなことが言えるはずはない。好きだと言って気持ち悪いと言われたら?それ以前に、自分のことは、病気としか思えなかった。


だが・・・あるとき告白されたよ。『先輩が好きです』と。嬉しいのと同時に、現実だと思えなかった。それは向こうも同じだったそうだ。
これ以上そばにいるのが辛いから、自分で壊してしまいたかったらしい。そう聞かされたよ。
そうだろう
?何故自分らが両想いだと思える?男女ならまだそう難しいことでもないだろう。男同士だ。好かれていても、それが恋に結びつくとは思えない。
というか、俺が彼を好きになるのは当然だが、彼が俺みたいな面白みのない奴を好きになるなんてありえないだろう?何度も都合のいい夢ではないかと思った。

でも、それは現実だった。だから俺たちは付き合った。彼が現れた日から、俺の世界に色がついたんだよ。時々並木の後ろに隠れては抱き合い、人が周りにいなければ、こっそり手を繋いだこともあった。本当に・・・秘められた恋だった。


それがずっと続くかと思っていた。だが、人に定められた命があるように、どんなことにも終わりはあるものだ。
突然、俺に留学の話が出たんだよ。父も、母も、薄々俺たちの関係に気づいていたんだろうな。
そういうのがありな世代だったせいか、それとも俺が大事な九条の跡取りであるからなのか・・・それは解らないが、表立って言うようなことはなかった。ひょっとしたら自然に引き離そうとした・・・のかもしれない。
留学は一時的なものだとは言われていたけれど、それを鵜呑みにするほど俺も馬鹿ではない・・・いや、馬鹿であったほうが幸せだったのかもしれないけどな。何も知らずにただ残酷な事実だけを恨むことが出来る。



向こうに行ったら、二度と彼に会えない・・・その位分かっていた。




それを話すと、彼は悲しんだ。『行かないで!』と言った。だけど、今みたいに親をないがしろにできるような時代ではなかった。
ましては腐っても名のある家だ。あの時の俺には親に逆ら
って自分で運命を捻じ曲げようとする力など、持っていなかった。それが現実だった。
でも、離れたくなかった。それで選んだのは・・・駆け落ちだよ。
あの時は出来るだけ遠く、と思っていたが、今になって考えると生まれてはじめて親に逆らおうと思ったのかもしれないな。
とにかく、九条の家を捨ててもついてきてくれるか?そう言った俺に、彼は素直に従った。だから、周りに悟られぬようひっそりと日にちを決めて待ち合わせた。場所は、汽車のホーム・・・そこで落ち合うことになっていたんだよ・・・」



NEXT

TOP

INDEX