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淡々と話す暁。だが・・・
ふと瞳から涙が流れていることに気づいた。
何故泣いているのかと岬は思ったが、
聞くまでもなかった。即その理由に気づいた。
もし、それが成功していたのなら、今彼はここにいるはずがないのだ・・・。




「彼は・・・来なかったよ。ひょっとしたらそこにいけない理由があるかもしれない・・・三日待ったよ・・・風が強くても、大雨が降って心と身体を凍てつかせても、駅員さんに追い出されたとしても、俺は待ち続けた。
でも、彼は・・・来なかった。来たのは、父だった。厳しい人で、俺らのことを反対していただろうから怒られるかと思ったけど、その時ばかりは何もいわず、黙って抱きしめてくれた・・・。


ずっと信じていたのに、ずっと一緒だと誓ったのに、俺には彼しかいなかったのに・・・捨てられたと思った。
元の『独り』に戻ってからはあえて避け続けていたから、その後彼がどうなったか知らない。



けれど
、ずっと彼を恨み続けた。憎かった。殺したかった!



捨てられて絶望の淵にあった俺は、自ら命を絶つほどの勇気もなく、そうすることで生きてきた・・・生きていくしかなかったんだよ!



彼がどんな気持ちでいたかも考えずにな。それに気づいたのは、ある程度落ち着いてからだよ。
所詮、二人だけで生きていくことなんか出来ない・・・自虐的にそう思ったときだったな。

憎んでいたはずの彼の笑顔ばかりが頭に浮かんで・・・
ひょっとしたら彼は心から俺を想っていたから身を引いたのかもしれない・・・俺から家族を奪わないために・・・と、都合よく思うことにしたんだ。
あの時はそう思うことでしか自分を納得させることが出来なかったが・・・いや、不思議だな。今なら彼がそう思って身を引いたと断言すらできるんだ。そういうことは、後になってやっと分かるのかもしれないな・・・。


でも、それでよかったのかもしれない。駆け落ちをしなかったせいで、鏡花とも出会えたし、薫、柚月、そして、真雪という出来た息子が手に入ったんだ。俺にはもったいないくらいの幸せなんだよ・・・」



暁が話したのは、憎みつつも愛していた『彼』のことばかりだった。過去のことなのに、鮮明に伝わってきて・・・疑問が生まれる。
それなら真雪の母親とはどういう経緯で知り合ったのだろうか?それを口にする前に暁が再び口を開く。


「聞きたいのは、俺の過去ではないんだろう?真雪の母親のことだろう?
彼女
とは・・・立ち直ってからの付き合いだったな。会社が同じだったから、鏡花と結婚する前には知り合っていた・・・まさか二人が親友だとは思わなかったけどな
本気で結婚を考えたこともあったけど、結婚はしなかった。俺たちは近すぎたから、傷つけたくはなかった。だから結婚後に極まれに会う・・・その位だったんだよ。でも、彼女も傷つける結果になってしまったけどな」


「その人・・・どうなったんですか・・・?」

「気丈だったよ。俺を責めずに、自分ひとりで真雪を育てた・・・でも、無理がたたったんだな。
ある日突然
体の調子を悪くし、そのまま・・・。真雪に身寄りはなかったから俺は鏡花に怒られることを覚悟で引き取ったんだ。勿論彼女にはとんでもなく怒られたが・・・それは、俺を支えてくれた人への罪滅ぼしだったんだよ。


岬くんが別に家の財産狙いではないことくらい、俺だって解っている。柚月にはもったいないくらいだ。
だけど・・・いや、だからこそ・・・君を辛い目にあわすことは出来ない。君の笑顔を曇らせるようなことは、あってほしくない。
もちろん、これが普通の家なら、俺も反対するような真似はしない。自分の道を選ぶのは、自分にしか出来ないことだ。それを他人が決めることはできないし、決めたところで、そのとおりに気持ちが動くはずはない。封じ込めた気持ちは、いずれ溢れることになるだろう。
でも、ここは九条だ。ここで生まれ
育った俺には価値があっても、君には価値はないだろう。いや、無価値ならまだいいのかも知れない。言ってしまうなら、古臭いだけの家だ。
足かせになると思うし、
辛い想いをするかもしれない。何もかもを失ってしまった俺たちと違って・・・今なら君たちは友達でいられると思う」



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