「兄貴、幽霊って信じる?」

倉科の寂しそうな瞳が目に焼きついて離れなかったが、自分には手に余る問題だったので、兄に聞いてみた。
あまりにも突然に話を振られたので、翼は一瞬理解不能状態に陥る。しかし、一応兄上であるので、その素振りを見せなかった。




「俺?恐いから信じるわけないじゃん」



恐いと言っているあたり、信じているようなものだが、自分に都合の悪いものは信じたくないらしい。

「だけど、美鶴が幽霊を信じているなら、俺も信じるぜ?」

「紀藤さんのことは無条件に信頼してるんだな。騙されてると思ったことはないのか?」

「無条件じゃないぜ?俺が信じると決めたから信じてるんだ。あいつは俺を騙したりしないってな。
だけど・・・もし美鶴が俺を騙していても、別にいいんだ。俺、美鶴になら騙されてもいい。


話が逸れちまったな。俺の片想いを聞きたいわけじゃないだろ?
俺は幽霊を見たことがないから、何とも言えない。だから、大切なのは信じるのは幽霊そのものじゃなくて、誰の話を信じるかだと思うんだ。
晶、それを良く考えろよ」


晶の言いたいことが分かっているのかいないのか、参考になるのかならないのか。
微妙なアドバイスを提供してくれた。そして、最後に付け足した。


「俺はあおいちゃんの顔に泥を塗りたくなかったから、お前を紹介した。それについては、悪かったと思っている。
だから、本当に嫌いなら、いつでも別れていいぜ?そのほうが先生にとっても、いいだろう」




倉科には申し訳ないと少しだけ思うが、こんな話はにわかに信じられない。
だけど、よくよく考えてみると、単純な問題ではないことに気付いた。

夏目である。

夏目はこの話を知っているのだろうか。歩と付き合っているのだから、知っていてもおかしくはないだろう。
そう仮定すると、全てはつながる。夏目が倉科を歩のそばにおいても平気なのは、倉科の言っていることが恐らく事実だから。歩にとって大切な人だから夏目も大切にしているのだろう。
悔しいけれど、その話を信じるしかなかった。






「先生、この前の話だけど、俺は幽霊を見たことがないから、どうしても信じることができなかったんだ。
だけど、あんたの話を否定すると、夏目や夏樹までも否定することになっちまうんだ。
それに、あんたは夏樹が好きなんだろ?だったらあいつの不利になるようなことは言わないはずだ。
だから、不本意だけどあんたの話を信じることにした」


こんな結論がでた。それはひょっとすると倉科の思惑にはまってしまったのかもしれないので、少し悔しい。
結局晶が譲歩したかたちになるので、倉科は威張るかと思ったが、そんなことをしなかった。
本当に嬉しそうである。




「ありがとな・・・」



それだけ言って抱きついてくる。急に抱きついてきたため、ある種のパニックに陥ってしまい、倉科をはがそうとしたが、思いのほか力が強く、どうしてもそれは叶わなかった。

だから、諦めておとなしく抱きしめられることにする。
晶も夏目以外攻というちょっとしたこだわりがあるため、複雑な心境であるが、一つ分かった。
倉科の腕の中は温かい。どうして歩や夏目が執着したか、分かったような気がした。




倉科は生徒に人気があるものの、晶はどうしても好きになれなかった。
純愛主義者であるように見えるが、本当はタラシであるようにしか思えなかった。
倉科の話を信じると結論しても、二人が側に居たがるのはその「事実」があるからとしか思えなかった。
だけど、本当は違うのだ。夏目や歩が側に居たがるのは、倉科と歩の複雑な関係よりも、倉科に存在する飾りのない暖かさのほうが強いのだろう。
それに気付いてからは、抱きしめられるのも嫌ではなくなった。

むしろ、もっと強く抱きしめて欲しいような、そんな変わり身の早さに苦笑する。

今までは夏目だけを見てきた。叶わない想いだと分かっていたが、それには気付かない振りをしてきた。
振られても、夏目の側にいられるならと、自分の傷は見て見ない振りをしてきた。
だけど、もうそんな恋は終わりにしていいのかもしれない。



想いつづけるだけの恋は・・・もうしたくない。




「あんたを・・・好きになってもいいのかな・・・」



自分は流されやすい性格なのだろうか。
すぐさっきまでいけ好かなかった男に対して、そんな感情まで抱くようになってしまった。
しかし、もっと倉科を知りたいと思う一方で、答えを知るのが恐い。
もし、彼を好きだと認めてしまうと、その気持ちは自分では制御できない。
好きであることが許されると、今まで片想いだった分、色々な想いがあふれ出すかもしれない。
どうせなら、このまま時間が止まって欲しい。全てがあやふやなまま抱きしめられていたい。
抱きしめられることに恋愛感情は必要ないから・・・。だけど、倉科の声が晶を現実に戻す。


「何か言ったか?」

「あんた年取った?俺何も言ってねーよ!」

無理矢理倉科を引き剥がして逃げ去った。一人残された倉科は呆然とし、さっきの言葉を思い出して真っ赤になる。

「いくらなんでも・・・それは卑怯だろう。外山・・・俺も同じ質問を送るよ」





もともと倉科はそれなりに晶のことを気に入っていた。
カッコカワイイ系に属する見掛けもそれなりに好みに入るし、少しからかうと噛み付いてくるのが面白い。
そんな少年は倉科が知る限りでは独りしかいなかった。
だけど、自分の心は歩で満たされているので、恋愛する気にはならなかった。


あの日、歩に存在そのものを拒絶されてからは、もはや歩のことは過去になってしまった。
だからそろそろ新しい恋をしたい。

しかし、また傷つくのが恐かった。

晶が自分を良く思っていないことは知っている。

もしこれ以上の段階に入った時に、晶に嫌いだと言われたら立ち直れるだろうか。



結論を言うと、恋の痛手を背負っている二人は、必要以上に臆病になっていたのだった。







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