日曜日、「仕方なく」デートをすることにした。倉科が迎えに来てくれるので、判決を待つ被告のような心境である。
ジャッジメントのチャイムが鳴るので、重い腰を上げることにする。
予想通り倉科が出てきたが、想像とは違い、カジュアルな服装だ。
どうやらデートモードらしい。
一瞬でも見とれてしまった自分に喝をいれ、あくまでもつまらなそうな顔をする。
実は楽しみだったことを知れば、倉科は調子付く、そんな気がした。
どんなデートスポットに行くのかと戦々恐々していたが、実際ついたところはパソコンショップと、色恋とは全く無縁の場所だった。
ホッとすると同時に、少し残念に思う。もしデートスポットだったら文句言ってやろうかと思ったのに。
(ってそれじゃ、俺が楽しみにしてたみたいじゃねーか)
彼に聞こえないよう独り愚痴る。倉科に噛み付くのが楽しい『みたい』で納得がいかないのだ。
それに・・・デートをほんの少し楽しみにしていたのは認めたくない。これ以上倉科に染まりたくない。
「ホント、パソコンって色々あるよな・・・」
「だろ?昔はパソコンといえば店にあるのはPC98しかなかったんだけどな、マックを除けば今は市場ではIBMの規格で統一されている。だけどメーカーは大手やその他様々あるからな。
IBMはパソコンにおいてデファクト・スタンダードを獲得したけど、日本ではあまり人気がないな。
低価格パソコンも出回りだしたが、それは上級者向きというイメージがあって素人には手を出しにくい。
悪い、こんな話をしても面白くなかったな」
隣で話題に入り込めずにふて腐れていた晶を見て苦笑する。
パソコンは必要だと感じる人は多いが、話題に関しては好みとそうでないのが大きく分かれるのだ。
それをすっかり失念していた。
「でふぁくと・・・すたんだーど・・・?」
必死で理解しようとしているのは伝わるが、高校一年にそれを理解しろと言うのが無理な話である。
なお、デファクト・スタンダード(De Fact Standard)は事実上の業界標準で、公的機関が決定するわけではなく、主に企業間の競争の末に決定する。
例で挙げるなら、VHS形式のビデオデッキを忘れてはいけない。
ついでに公的な機関が決めるのはデジュール・スタンダード(De Jure Standard)というが、その辺は暇があったら説明しよう、倉科はそう思う。
「ま、暇があったら教えるよ。別に俺も買うつもりはないんだけどな、時々こうして見に来るんだ」
「確かにパソコン関連は高いからなかなか買えないよな。って・・・」
遠くから見覚えのあるカップルが来たのでぎょっとする。歩と夏目だった。夏目は組み合わせに驚いているらしく、ぎょっとしているだけだが、歩は夏目の後ろに隠れて、目を合わせようともしない。
「先生に外山・・・なんで一緒にいるの?」
倉科はどんな顔をするだろうか。盗み見てみると、倉科は穏やかな笑みを崩さない。
「野暮なことを聞くものだな。俺達はデートをしてるんだ。・・・ま、冗談だけどな。
パソコン見に来たんだけど、お前らに頼むのもアレだから、こいつに頼んだって次第だ」
いぶかしがると思ったが、夏目は妙に納得し(したように見せたのかもしれないが)、歩を引きずって帰っていった。
「あんた・・・よくあの状況で笑顔を浮かべていられるな。自分を振った男と恋人が一緒にいるんだぜ?」
「俺の努力の賜物だ。俺があそこで悲しそうな顔をしてあいつらの仲をこじらせたくないからな・・・」
なるほど、倉科は歩のことを愛していたから、そういう態度をとるのは当然か。それは納得した。しかし、どうしても納得できないことがあった。
「なんで冗談なんて言ったんだ?俺達デートしてるんじゃなかったのかよ!」
冗談にされて、どうもむかむかする。勿論『デートという言葉に反論しようとしたが、冗談と言われてそれができない』のもあった。一言も反論する隙を与えられなかったのが腹立たしい。
しかしそれ以上に、自分のことがお遊びであるかのようで、苦しくもあり、切なくもあった。
確かに前の日までは行きたい気持ちとそうでない気持ちが混ざっていて、不安だった。
でも、いざ一緒に行ってみると、不安は払拭されて、純粋に楽しかった。
倉科の話は難しかったが、聞くのは嫌じゃなかった。だから、冗談にされてショックだった自分に気付く。
「だって、お前、俺が嫌いだろ?」
倉科の答えはいともあっさりとしていた。
「無理して付き合わせたんだ。デートなんて言えるわけないじゃないか・・・」
それなりに和やかだった空間は一気に冷え込む。そこまでならまだ修復の余地があった。
しかし、晶には人の言葉に何も考えずに反応しやすいというとんでもなく悪い性質があった。
そして、それが命取りとなった。
「あぁ、大嫌いだよ。あんたが脅すから仕方なく付き合ってやったんだよ!じゃなきゃ誰が付き合うか!」
ついいつもの癖で反発したことに気付き、慌てて言葉を捜す。何とか弁解しなければならない。
しかし、それが手遅れだと気付いたのは倉科の顔を見たときだった。
彼の瞳は傷ついていた。
晶にとって、余裕綽々にしか見えなかった男の意外な姿だった。
しかし、新しい恋を始めようとした矢先にこれだ。傷つかないほうがおかしい。
「本音をありがとう。俺達はもうやっていけないな。いや・・・もともと始まっていなかったか」
お互い何も言葉がなかった。いや、出すことが出来なかった。
車に乗っている間終始無言だった。
倉科がやっと重い口を開いたのは、晶を車から降ろしたときだった。
「外山・・・短い間だったけど、楽しかったよ・・・」
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