そういうわけで、二月中ごろの寒い日、倉科は晶をつれて実家に帰った。
ここに帰ると歩のことを思い出して辛くなるから行きたくなかった。
しかし、今は帰っても胸が痛くない。やっぱり晶のおかげなのかもしれない。
新しく愛することのできる人が見つかったから・・・。
チャイムを鳴らして家に入ると、晶よりも何歳か年上そうな男が駆け寄ってくる。




「あ、息吹兄、お帰り!どうして帰ってこなかったんだよ。僕ずっと待ってたんだよ?」

青年はためらいもせず、倉科に飛びつき、おまけにほっぺに接吻する。

「ただいま。流菜、そんなに懐くんじゃない。晶が困ってる」

どうやら、流菜という青年は倉科の弟らしい。年が離れているせいか、あんまり似てないが。

「あ、ごめんごめん。つい嬉しかったからね。で、この人誰?」



「あぁ、こいつは俺の彼氏だ」



せめて教え子くらいにしておけ。そう言いたかった。
自分の周りは男好きで満ちているため、その辺は鈍っているが、考えてみたら男同士だ。
弟君から見ると、兄がホモなのは嫌だろう。


「へぇ、僕というものがありながら、兄さんは他の男とくっついたんだね・・・寂しい、寂しいよ・・・」



「一応言っておく。近親相姦でもいいなら、実の兄貴に抱かれてもいいなら・・・」



「ぅ・・・それは・・・。冗談なのに。でも、なかなかいい子を捕まえたね」

「だろう?俺が久しぶりに本気で好きになれた奴だ」

何の抵抗もなく紹介する。それはそれで嬉しいのだが、やっぱり恥ずかしい。

「そうなんだ・・・。でも、この子恥ずかしがりやなんだ。さっきから何も言わないね」



別に恥ずかしがりやなわけではない。ただ照れ隠しに暴言を放ってしまいそうで嫌なのだ。



「いや、どう見ても俺達のペースについてけないだけだと思うが」

微妙に違うが、上手くフォローしてくれた。倉科に感謝。

「あ、ごめんごめん。でも、来るなら言ってくれればいいのに。お気に入りのチョコ、切らしてて無いよ」

「何?アレがないと話にならない。買ってくる。流菜、悪いけど晶を頼む」

車から降りたばかりなのに、再び行ってしまった。



「息吹兄ったら、恋人置いていくことはないのに・・・」

「先生ってチョコ好きなんですか?」

一人置いてかれたため、不機嫌である。

「チョコに限らず甘いものは好きだよ。あの顔で」

「やっぱりチョコは有名なのじゃないと・・・」

「料理作りが趣味だから、あの人かなり贅沢だね。

だけど、手作りならひょっとしたら食べるかも。

ま、兄さんが持って帰ったのはみたことないけど・・・君の手作りなら」




ちょっと茶化すようにして言う。どこまで自分を見抜いているのか分からない流菜から目をそらすと、一枚の写真が目に写る。
それは、おそらく倉科の若いころだろう。そこには静かそうな少年が一緒にいた。
倉科が後ろから抱きついていて、もう一人の少年は穏やかに微笑んでいる。


「これってまさか・・・」

胸にこみ上げるほんのちょっぴりの苦しさを隠しながら言う。



「うん。おそらく君の想像している人と一緒だね。兄さんの心を支配している人だよ」



やはり、この人が「歩」なのだ。夏樹歩とは大違いだが、倉科が好きになったのも分かるような気がする。

「その、どうして歩さんは・・・」



「僕には答えられない。

それ以前に、知らないんだ。

確かにそこに存在するのに、兄さんも、父さんも母さんも話そうとしない。だから聞けなかった。
晶君には教えてくれるかもしれない。でも、誰だって触れてほしくない部分もあるし、事実が必ず君にとっていいものであるとは限らない。
僕はあの人の存在は兄さんの人生そのものに関係していると思っている。だから、聞くならそれを考えてからにしてね・・・」




「ただいま・・・」

かの恋人が帰ってきたので、二人はその話しがなかった振りをして倉科を迎える。

「遅いよ、恋人を置いていくなんて、デリカシーがない!」

「悪い。これでも食って機嫌を直してくれ」

どこかで買ってきたチョコを出した。どうやら有名なものらしい。
そういうものに興味の薄い晶には全然分からなかったが、食べてみると美味しい。一気に敗北感を味わってしまう。




「晶、ちょっと来てほしいとこがあるんだけど、いいか?」



「兄さん・・・それって晶君には残酷だよ・・・」

流菜はそれがどこだか分かっていた。
わざわざ恋人を連れて実家に来たのだから、そこしか考えられなかった。
よって、止めようとする。この表情からすると、あまりいい場所ではないらしい。




「いや、晶だから来てほしい」



正直言うと、彼も予感めいたものはあったので、行きたくなかった。
だけど、倉科がそこまでして自分に行かせたい場所であるなら、断るわけにはいかなかった。




「いいぜ、あんたがそこまでして連れて行きたいなら、行ってやる」







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