目の前には墓がある。そこには「黒木家之墓」とある。
なるほど、流菜が制止した理由がはっきりと分かる。



これは倉科の人生そのものだった男が眠る場所だからだ。



死した後までも一人の男の心を惹きつける少年に勝ち目などあるはずがない。
晶の心は鉛のように重くなる。






「歩、許してくれ。



あの時お前と交わした約束、守れなかった・・・。



あの時俺はずっとお前を愛し続けると約束した。



でも、好きな奴が出来た。それがこいつだ。




確かにお前の魂は夏樹歩になって幸せになっている。



だが、お前自身は今でもこの冷たい土の中に眠り続けている・・・。



俺はずっとお前を愛してやりたかった。



でも・・・ごめんな。



これでお前は独りになっちまう」






「悪いのは俺だ。歩さん、あんたから先生を取っちまった。



許してくれ・・・。



俺が言うのも変だけど、この人はずっとあんたのことを愛してきたんだ。
ずっとだぜ?俺がもし先生の立場でもここまで長く愛し続けることはできないと思う。
正直、あんた達の関係がうらやましい。本当は俺が割り込んじゃいけないことは知っている。



だけど・・・先生を俺にくれ!」


まだ全ての想いは告げていない。ずっと悩み続けて今やっと出した結論を倉科に言う。



「あんたにとって、夏樹のことは過去になったのかもしれない。
だけど、歩さんのことは過去にしないでほしいんだ。
俺は二番目でいいとは言うつもりはないけど、ずっと愛してやってほしいんだ。
あんたが愛することをやめてしまえば、歩さんはこの中で独り眠り続けなければいけないんだ・・・。
人はそれを過去に縋りついているだけだと言うかもしれない。
でも、俺はあんたを否定したくないんだ」




「・・・お前、それでも高校生?」

言っていることが高校生とかけ離れている、そんな気がする。

「うるせー。俺はこれでもずっと悩んだんだ。
俺があんたを好きになれば、歩さんは俺のライバルだ。
たかが数ヶ月しか認識のない男と、あんたの人生そのものと、どっちが立場が上って、言わなくても普通分かるだろ?




・・・あんたはそれなりに俺を好きだと思ってくれてるよーだけど、不安なんだよ。
ことあるごとに比較されたらどうすればいいってな。
前にも言っただろ?俺はあんたが付き合ってたやつのように何かを持ってるわけじゃない。
別に可愛いわけじゃない。
素直に甘えられない。
はっきり言うと、あんたの好みとは正反対だ。
こんな状況だから、どうにか考えるしかないだろ?
そしたら、こんな結論になったってわけ。
勝てないのなら、競おうなんて思わなければいい。
あんたが歩さんを想いつづけた時間以上に、俺があんたを愛してけばいいって・・・」




そこまで言って、晶は真っ赤になる。自分が倉科を愛してると、なんの抵抗もなく認めてしまったから。

「と、とにかく、感謝しろよな。普通だったら他の男を想いつづける奴となんて、お願いされても付き合わないんだからな」

「あぁ・・・お前には感謝してる。俺と付き合いたいという物好きにはそこまで深く考えてくれる奴はいなかったからな。それを嫌だと思ったことはなかったけど・・・今から考えると寂しかったのかもしれないな」

倉科は後ろを向いて、顔を見せない。どこを見ているのだろう、横顔を見てみると・・・





「あんた・・・泣いてるのか・・・?」





倉科の泣き顔を見れる幸運な男はそう簡単にいない。
倉科は泣かない。本当に悲しいときにならないと泣かない。自然と感情を操作して、いつでも笑おうとする。
そんな彼が人前で泣くということは、その人に心を許しているということに他ならない。
指摘された彼は、涙をぬぐいながら、穏やかな笑みを浮かべる。悲しくはないのか?






「久しぶりだな。こんな気持ちで泣けるのは・・・。俺だけを愛してくれる人の存在はここまで嬉しいものなんだな・・・」





晶はハンカチを探す。しかし、そういう時に限って持っているわけがないのは、王道中の王道である。
あまりにもベタすぎるので、言いたくはなかったが。




「ハンカチはないけど、俺なら貸してやる」



「貸してくれるだけなのか?」



そんなつぶやきに、晶は完全敗北。



「返さなくていい。俺はあんたのものだ・・・」



この場合、抱きしめてやるのがベストなのかもしれないが、受身として慣れてしまったため、抱きしめられる。





「晶・・・晶・・・」







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