「歩、最近元気ないよ?先生と何かあったの?喧嘩しただけじゃなかったの?」



歩は自分の中でくすぶり続けていたことを話す。
クリスマスの日、酔って倉科を誘い、最終的に拒んでしまったこと。
それが原因で倉科が自分に心を開かなくなったこと。
傷つけたことが自分だと分かっていても、倉科には側にいて欲しいということ・・・。
恋愛感情じゃなくていいから、好きでいて欲しい・・・。

勿論それはもはや不可能だということは分かっているが。




「・・・歩・・・君って子は・・・。こればっかりは俺にもどうすることが出来ないよ。
ここで拒んじゃだめだよ。あーあ・・・先生は今頃とっても傷ついてるんだろうな。
きっと今頃先生は歩のことを想って泣きつつ、その苦しみを紛らわせるために他の男と」


わざと罪悪感を煽るために夏目は言う。
夏目は倉科となら多少の浮気は許している。
普通ライバルとの仲が破綻すれば喜ぶものだが、もろもろの事情があるため、そんなに喜ばない。
いや、歩が倉科のことを本気で想っているのを知っているからこそ、喜べない。






「・・・俺はそんなにか弱くないぞ?」





その言葉に二人して飛びのく。気配を隠して近づいたので、二人とも気付かなかった。

「ちょっと先生、いきなり現れないでくださいよ!って・・・何なんですか、その組み合わせ」

今度は倉科と晶の組み合わせに驚く。

「あぁ、それは後で話すよ。それより歩、これを読んでくれるか?」





ちょっと古い封筒を渡す。ほんの少し見覚えがあるような気がするので読んでみると、衝撃の事実が書いてある。歩はとりつかれたようにそれを読む。
読み進めていくと、欠けていたパズルのピ−スが埋まっていくのを感じる。
それと同時に、どうしてこんなものを忘れていたのだろうかと、悔しく思う。
倉科と付き合うことは覚えていたくせに、その気持ちの源泉はすっかり忘れてしまっていた。
歩が幽霊の時に、ごく自然に倉科と付き合おうと言ったのは、倉科の想いを知り、贖罪で付き合おうと言ったのかと思っていた。

だけど、本当は違った。

倉科の想いは既に生きている間に知っていたのだ。
生きている間、どうしても倉科のことを好きになりたかった。
歩にとってあの写真は、それを誓ったものだった。しかし、それが叶わなかったため、未練となった。
それが幽霊となった原因だった。その事実のほかに、もう一つ気付いたことがある。






「これを書いている時は気付かなかったけど、僕は君のことを愛していたんだね・・・。
でも、僕は一体何のために生きてるんだろう。僕は幸せにすると誓ったはずなのに、倉科を傷つけてばかりだ。
僕は・・・この世界に生まれることと引き換えに倉科を傷つける運命なのかもしれないね・・・」




遺書の存在は歩を喜ばす以上に、落胆をさせた。
自分の惨めさを嫌というほど思い知った。
黒木歩は命が尽きても倉科を愛していたというのに、自分は・・・。
まさか自分の前世をうらやむことになるとは思わなかった。






「・・・ったく。何馬鹿なことを言ってるんだ?
お前は先生を傷つけるために生まれたんじゃなくて、幸せになるために生まれたんだろ?」


これは自分の立ち入るべき領域ではないと思い、晶は沈黙を守っていた。
しかし、歩を見ていてそれが出来なかった。




「でも・・・僕は・・・倉科を拒絶して!」



「でも、俺はそうは思わないぜ。先生は辛いだけの人生じゃなかったと思う。
きっとお前と会えたことを嬉しく思ってたよ、な、先生?」


「過去形にされてるのが気に食わないが、まぁ、晶の言うとおりだ。
正直に言うと、お前が全身で俺を拒んだ時は傷ついた。
結局俺じゃだめだということを思い知らされた。
でも、俺は歩と出会ったことを嬉しく思う。
どんな形でも、俺を求めてくれたからな。俺はそれで充分だよ・・・歩には歩の幸せがある。
隣にはお前を好きでいてくれる人がいる。だから、それを大事にしろ」




倉科は歩のためではなく、そう思っている。今歩を見ても、胸が痛まない。



「ありがと・・・」







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