夏目と付き合っていることには何も抵抗はない。
しかし、倉科を愛することが出来なかったのは密に心の中で悔やみ続けていた。
それでも必死に倉科を引き止めてきた。倉科の手を離してしまうと、二度と戻ってこない、そんな気がした。
しかし、それが倉科を傷つけることになってしまったことで、歩は自分を責め続けていた。
だから、倉科の言葉は、歩の心をほんの少し楽にした。
全てを諦めるようなものではなく、自分がずっと好きだった自分を包んでくれるようなさわやかで暖かい笑顔だったから。
「当人がいないので一応お前に言っておくが、俺の気持ちに応えようとしてくれたのは嬉しかったよ。
だけど、俺の気持ちが歩を追い詰めてしまったんだな。
ごめんな・・・。
俺が歩を好きにならなければ、何も問題はなかったのにな。
もし俺が親友以上の思いを抱かなければ、お前は死ぬことはなかったのにな・・・」
だから自分を否定するな、晶はその言葉を呑み込んだ。
この状況だとそう思っても仕方ない。
もし自分が倉科だったら、そう思うかもしれないのだから。
全てを賭けて歩を愛していたからこそ、ここまで思い詰めたのだ。
「当人がいないから、僕が代わりに言うけど、多分君だからそこまで必死になったんだと思う。
どうしても君を失いたくなかったから・・・。
それにね、倉科がくれた気持ちは、嬉しいことだけじゃないけど、僕の中で生き続けてるんだ。
僕の一部になってるんだ。だから、自分を否定しないでよ」
気遣いでも何でもなかった。
大事な部分を思い出した今、倉科のくれたものは全て夏樹歩に引き継がれている。
暖かさも、あの切なそうな瞳も、歩のほうが泣きそうになった倉科の想いも・・・。
倉科へのわだかまりが少し消えたところで、新しい疑問が浮かび上がった。
さっきは聞き流していたが、倉科は確かに「晶」と言った。
今までは「外山」と言っていたはずだ。それを指摘すると、倉科は照れながら言う。
「あぁ・・・これは俺の恋人だからな。
わけあって付き合うことになったんだが、いつの間にか好きになっちまったな。
俺が失恋を乗り越えられたのは、こいつのおかげなのかもしれない。
晶も俺のことを愛してくれてるようだから、何とかうまくやっていけそうだよ」
そんな言葉に晶は赤面、そしてお約束。
「馬鹿言うんじゃねー。俺はあんたなんか大嫌いだ!」
倉科以外の三人の時間が止まる。晶は晶で、勢いで出てしまったことを後悔する。
素直になると誓ったのに、どうしても恥ずかしいことを言われると反発してしまう。
「いや、前言撤回。どうも俺の片想いらしい。俺はどうやら片想いで人生を終えてしまいそうだ・・・」
「そんなことないですよ。先生はもてるから、その気になればいくらでも・・・。それか、俺の身体で・・・」
「それはダメ。友達で先生を好きだと言う人、紹介しようか?」
夏目と歩は本気で倉科のことを心配している。それが晶の罪悪感をとっても刺激してくれる。
これを言うと倉科の思惑にはまったようで口惜しいが・・・
「悪かったって。俺はあんたは嫌いじゃないよ。その・・・好きだよ・・・」
人前で好きだと言うのは、晶でなくともそれなりに勇気が要るだろう。
しかし、拗ねまくっていた倉科はそう簡単に機嫌を戻さなかった。
「好きだったら・・・ウエディングドレスを着てくれるのか?」
一同絶句、倉科の新しい趣味を知った瞬間だった!しかし、晶は怯まない。
「俺が着たらあんたは喜ぶのか?」
「勿論だ」
「そうか・・・じゃ、着てやる。ただ、一度だけだからな」
「分かってる。俺だって二度も脱がす趣味はない」
何となくそれで歩にも察しがついた。素直じゃないのは二人ともそうだということ。
何だかんだ言って、二人は好き合っていること。
「外山・・・先生をよろしくね。僕の大事な倉科だから・・・幸せになってもらいたいんだ。僕じゃだめだったから、君に全てを託すよ」
「言われなくても分かってる。でも、お前の中に少しでも黒木の心が残ってるなら、先生のこと、ほんの少しでもいいから愛してやってくれないか?」
「でも・・・僕には・・・そんな資格はないんだ」
「誰も恋愛感情を持てって言ってるわけじゃない。それは俺だけの特権だからな。
でも、なんだかあんた達には、俺が入り込むことの出来ないほど深い繋がりがあるような気がするんだ。
だから・・・それまでも終わりにするんじゃなくてさ、新しい関係を作ってみろよ。
まぁ、恋人同士になるのは許さないけどな。
そんな関係になられたら俺は諦めないといけない」
「でも、外山はそれでいいの?」
「それについては悩んだんだよ。俺は夏目みたいに寛容じゃないから、先生には他の男なんて見てほしくない。俺だけを見ていてほしい。だけど、この人はお前とともに成長してきたような気がするんだ。
だから、俺はお前の存在を否定できない。先生も、夏樹も無理矢理お互いを否定することはない、俺はそう言いたいな」
「晶、ありがとな。歩、俺とお前はもう前のような何も知らなかった俺達には戻れない。
だけど、新しい関係を作りたい。恋とは違った思いでお前を好きでありたいと思う。許してくれるか?」
「許してほしいのは僕のほう・・・。
僕があんなことを言わなければ、倉科はずっと僕に囚われることがなかったのに。
ごめんね・・・僕を・・・嫌いにならないで・・・」
歩は泣きじゃくりながら倉科に抱きつく。黙って倉科はそれを抱きしめる。
歩を見つめる倉科の目は、優しい兄のようなものであった・・・。
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