それから数日は落ち込んでいた歩だが、テストが終わり、冬休みが近づくにつれ、ご機嫌も上昇していく。
そのため、あっという間に日が過ぎていき、そして今日はクリスマスイブ・・・。




「・・・なのに、何でこんなにムードが無いわけ?」



あきれているのは夏目である。もともと乙女ちっくな部分のある彼自身は恋人同士のクリスマスというとケーキや食事を希望していたのだが、歩は金が無い、面倒くさいといって、それを却下し、ただ夏目の家で二人いちゃつくだけという、クリスマスと関係ないような過ごし方をしている。

「いいじゃん、別に。そんなにムードがほしいなら、僕が裸になろうか?」

「それはヌードだよ、歩・・・。そうされてもその後の色仕掛けという展開が目に見えてるから遠慮しとくよ。まったりしたいから」



無気力というか、諦めきったような表情で夏目が言う。端正なはずの顔は心労でやつれてしまっている。
もう歩の相手をやめ、自分で買いに行こうとして立ち上がると、チャイムがなる。
仕方なく出ると、ドアの前に倉科が立っていた。しかも、花束を持って・・・。


「どうして先生がここにいるの?」

倉科反応を察知した歩が来る。

「きちゃ悪いか?」

「嬉しいけど・・・今月は会えないんじゃなかったの?」

「あぁ、今日はイブだからな。たとえ用があっても無理やり来るさ」

例え?ということは本当は忙しくなかったのか?夏目は心の中で突っ込んだ。すると、倉科は花束を差し出す。



「ほら、これは俺からのプレゼントだ。クリスマスだしな・・・ってお前ら・・・」



部屋の中のクリスマス度0の空気に気付いたのか、倉科がため息をつく。

「用意しておいてよかった・・・。ちょっと待ってろ」



そう言って出て行き、しばらくするとさまざまなものを持って戻ってきた。

「色々あるぞ。クリスマスだからな。一緒に食おう」

「先生大好き!」

そう言って抱きつこうとしたのは、夏目のほうだった。
彼はどうやらクリスマスのイベントに飢えていたらしい。
それも当然か・・・そんな甘える夏目を苦笑しながら倉科は抱きしめてやろうとしたが、その寸前に歩が割り込み、代わりに抱きしめられる。




「来てくれてありがとう・・・」





クリスマスイベント消滅危機の張本人、歩も強がっていたらしく、クリスマスディナーを嬉しそうにむさぼる。
もちろん、夏目は言うまでもない。
それは、恋人同士の光景とはかけ離れているものであったが、三人でいるのは幸せだった。
これじゃ、二人に申し訳ないな。ひそかに歩は苦笑する。
夏目は、本当は二人だけで過ごしたかっただろうに、こうやって自分の我侭を聞いてくれる。
倉科も倉科で、本当は自分を振った奴と一緒にいるのは苦痛なはずなのに、今日わざわざこうやって来てくれた。
それがどれくらい嬉しいかは、二人は気付いていないだろう。気づく必要はないのかもしれない。これは、自分だけの秘密である。


そんな気持ちを心にしまい、ふと、隣を見てみると、少し大きめの箱がある。何だろうかと気になり開けてみると、ケーキが入っていた。

「立派なケーキだけど、どこで買ったの?店の名前がないけど・・・」

「あぁ、それは俺が作ったんだ」



「え?何ですと?」



二人の声が見事にハモった。
それもそのはずで、そのケーキ、一目見ても素人の作と分からないほど見事なのである。
それで、鈍い(とされる)歩にも察しがついた。
最近忙しかったのは、ケーキを作る練習をしていたということを。
それと同時に心がほんのりと温かくなる。
自分のためにそこまで努力してくれた、それはつまり、自分をそれだけ好きでいてくれるということだから。


「あ・・・おいしい・・・」

見掛けは良くとも、味のほうは不明だったので(倉科に対して失礼ではある)恐る恐る食べてみると、結構美味しい。
倉科先生恐るべし!料理も出来るなんてっ。
これでは日本中の女子が黙っておかない。
先生に合う人は、どんな人だろうか?おとなしくて清楚な人だろうか?
それとも、歩の母のような明るい人だろうか?歩は急いで考えを振り払った。何か面白くないのである。
もやもやしたものが浮かび上がってくる・・・彼はそれを消すために、シャンメリーらしき液体を飲んだ・・・。






「な〜んかいい気持ち〜」





シャンメリーにしては酔っ払っているような・・・夏目は不審に思ってそのビンを見てみる・・・そして、固まる。

「せ・・・先生・・・これってワインじゃないですか・・・?」

シャンメリーを買ったつもりであったが・・・倉科はそのビンを見る。すると、ワインだったことに気付く。

「あぁ・・・どうやら間違って買ってしまったんだな」

「先生?歩、酒に弱いんで・・・先生のとこで休ませてあげたらどうですか?俺は毎年ずっと歩と一緒でしたから、今日くらいいいです。
歩と再会してから初めてのクリスマスだから、一緒にいてやってください。絶対喜びますから・・・」


蒼白な顔で夏目が言う。それは、倉科のことを気遣っていると言うより、歩を押し付けているような感じさえした。

「あ・・・あぁ・・・悪いけど一晩預からせてもらうよ」

夏目の様子が不審ではあったが、選択肢はそれ以外に無かったので歯切れ悪く言い、歩を回収し、車に乗る。見送る夏目が妙にホッとしていたのは、この際見ない振りをした。好きな人といっしょにいる嬉しさのほうが勝ったから。しかし、彼は歩を甘く見ていた・・・。







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