俺を好きだと言って!
「こんなに遅くまで仕事させるんじゃねぇ!」
ある秋の夜、秋本博は繁華街を歩いていた。愚痴を言いながら・・・。彼の端正な顔は疲労の色に染まっている。
時計を見るとすでに夜の十時を回っている。いつもだったらそこまで遅くには終わらないのだが、部下の不始末の尻拭いをするために遅くまで居残りだったのだ。
彼は自分の優秀さに心底腹が立った。こんなことになるなら超大手になんて就職せずにのほほんと暮らしてればよかったのだ。
・・・などと、非常にいやみったらしい思考をしているが、彼の場合いやみでなく、本当に思っている節があるので恐ろしい。それほど彼のお仕事は忙しいのだ。明日は休みだからとことん寝てやる。
そんな邪悪な思考をしながら歩いていくと、なにやら声が聞こえる。いつもの喧嘩か?あえて関わることもないが、いつもの喧嘩とは違う気もする。なにやら服をちぎるような音がして、悲鳴と喘ぎ・・・
なんだ、ただのレイプか。
やっぱり関係ない。そう言ってその場を立ち去ろうとすると、
「そこのおっさん、たすけやがれ!」
おっさんとは心外な。俺はこれでも27、まだ30には程遠いんだ
と憤慨する博。いや、それ以前に助けを求めているのに生意気な口の聞き方はなんだ、それをする奴の面を拝見したい、と振り向いた瞬間、彼の顔色が変わり、その場に駆けていった。
被害者の救出は容易なものだった。
博はかすり傷一つ負うこともなく加害者たちを撃沈させていった。
眼鏡をかけることが多く、頭脳派に見られるので、博を知らない人はそのギャップに驚くかもしれないが、実に強いのである。
しかも、見た目どおり頭のほうも優秀なのが厄介なところである。それはさておき、
「たすかった〜。ありがと〜」
未遂だったためか、さっきとはえらく違う態度である。
助けられた少年は博より背が低く、きれいとか、可愛いとか言う言葉が似合うタイプで、博の腕にしがみつき、くっついている。
そのうちごろごろ言い出しそうだ。どうやら体全体で愛情表現をしているらしい。しかし博はそれには構わず、無表情で言う。
「気にするな。お前があいつに似ていたから助けただけだ。
もしお前が全く違う顔だったら見向きもしなかった、だから有難く思う必要はない。
それより、家はどこだ。さすがにその格好で一人で帰るのは止めたほうがいい。送ってやる」
少年の服は引き裂かれてしまったので、博のコートを羽織っている。長身の博の肩くらいまでしか身長がないので、なんだか連行される被疑者みたいである。それはいいとして、その言葉を聞いた少年は表情が暗くなった。
「俺・・・かえるとこ、無いんだ・・・」
途切れ途切れに出てくる説明をまとめるとこうなる。
少年は学校で問題を起こし、退学処分となった。
それが原因で両親と喧嘩をして家を追い出されたという。
退学の原因は一言も出てこなかったし、博のほうも敢えて気には止めなかった。
話したくないのなら無理に聞き出すことも無い。
「だから、おにーさんの家に泊めて」
博は凍りついた。非常に図々しいガキだ。
助けてやったのに、ここまで面倒をかけるのか。
泊まりたいなら他を当たれといいたかったが、その思考を察したか少年の顔が悲しみに染まる。
「ごめんなさい・・・図々しいよね。ただでさえ迷惑をかけたのに」
この少年、よく分かっているじゃないか。ならさっさと消えればいいんだ。
しかし、その一方で引き止めたい気持ちも生まれる。もしここで切り捨ててしまえば彼は独りぼっちになってしまうだろう。それでまた今日みたいなことになったら寝覚めが悪い。
それに、すがってくる少年を突き放す余裕は無かった。すべではあの顔が悪い。結局、
「仕方ない、しばらくの間泊めてやる。俺は秋本博。お前は?」
「ありがとっ!俺は光、佐伯光。よろしくねっ」
なにやら光のバックからハートが飛び交っているような気がしたが、それには気付かないふりをして、博は拾いものとともに家に帰った。
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