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さて、その翌朝のこと、なにやら鼻をくすぐるいいにおいがただよって来たので、早いかと思いつつも博は目を覚ました。
「おはよー。まだ寝ててもいいのに」
と言いながら光が現れた。
彼はエプロンにフライパンという、お約束の取り合わせである。
しかも妙に似合っている。この際なぜエプロンがあるのかは気にしてはいけない。何をしている、と聞く博に、
「だって、ただ泊めてもらってるだけじゃ悪いから。せめて料理ぐらいしないと・・・」
素直にありがとうという博をみて、光は嬉しそうにはしゃぐ。実に可愛いが、博の心の傷が痛む。
(あれから二年、まだ俺はお前のことを忘れることはできないのか・・・。)
一人物思いにふけっていると、光が明るい声で料理の完成を知らせる。
いつもだったら寝ている時間だったが、朝食の誘惑には勝てずに席につくことにする。
「ほぉ・・・案外美味いじゃないか」
人を褒めることは好みではない博の最大級の賛辞である。もちろん向こうはそんな事はご存じないので、
「案外ってなんだよ。
それじゃ、まるで俺がちっとも家事を手伝わないで、
いつも夜遅くまで遊んでいて、
普通の料理を食べないで、
味覚障害を起こした人みたいじゃないか」
「違うのか?」
容赦が全くないな突っ込みに、光は返す言葉を失う。しかし、気を取り直して言葉を発する。
「だって、必要に迫られたんだもん。親はどっちも夜には帰ってこないから、俺が作らないといけなかったし」
本当はつらいであろうことをさらりと言う光。博は珍しく神妙に聞いていた。だからといって同情してやるつもりはない。この手の少年は一番それを嫌うのだ。
「と言っても、いなくて清々するから問題はないんだけどね。今は別に料理も嫌いじゃないよ」
博の視線がむずがゆくなったのか、慌てて話題を変える。
「そーいえば、俺って誰かに似ているようなこと言ってたけど、ひょっとして恋人?」
「ああ。恋人・・・だった奴だ」
「なるほどね。だから俺を見たとき血相を変えてたんだ。ひょっとして、その人がレイプされてるところを想像してた?」
からかうように言う光。しかし口は災いの元というわけで、博の顔に明らかな怒りが浮かぶ。
会ったときからずっと不機嫌だったが、こういう顔をすることはなかったので、烈火のごとき怒り―といっても彼は怒る場合、絶対零度の怒りを見せるのだが―を見せる博におびえてしまう。
そして博は絞り出すような声で言う。
「そんなに聞きたいなら教えてやるよ。歩は・・・歩はな、自殺したんだよ・・・。
レイプが原因でな!」
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