第三頁


光はやっと自分の失言に気付いた。いくら知らなかったこととはいえ、許されるべき事ではない。しかし、後悔しても遅い。謝っても許してはもらえまい。

「あいつは死ぬまでそのことを隠したよ。
だから、俺が知ったのはあいつの親から俺宛の遺書を渡されたときだ。
何て書いてあったと思うか?



『僕は穢れてしまって、もう貴方の好きな僕ではなくなりました。だけど、生きているうちはどんなに願っても離れられないので、この命を断ち切ります。身勝手ですが、最期の我侭だと思って許してください』



だぞ。そんな事で嫌いになるやつ程度にしか想ってなかったのか、あいつは。
そんな事で嫌いになることなんて出来やしないのに。



あれから・・・何度も夢に見たさ。
あいつの体が冷たくなっていくのを、
目の前で消えてしまうのをな・・・。


独り残された俺の気持ちがお前に分かるかっ





最後のほうは怒っているというより、悔しがっている声だった。
光は初めて博のうちにある激情を知った。
本当に知り合ってすぐだけれど、彼はなんか無機質な男のように思えた。
相手に興味を持たないクールな、悪く言えば冷たいという感じの。だが違うのだ。おそらくその事件があってからはそうせざるをえなかったのだろう。光の胸が痛んだ。
博にそこまで想ってもらえる歩を心底うらやんだ。
俺にはそこまでしてもらえる価値はないのか。思えば思うほど気が重くなる。
だから、それを晴らすべく無理やり笑顔を作って話した。

「その歩ってひと、本当に秋本さんのことが好きだったんじゃない?じゃないとそこまで命をかけられないよ。なんかうらやましいな・・・」

最後のほうはつぶやくように言ったので、博の耳には入らなかった。
しかし、言いたいことは十分に伝わった。ただのガキとは思っていたけど、まさかそんな事を言うとは思わなかった。
成る程、そう思えば自分も少しは楽になれるのだろうか。深く考え込もうとしたところで光が口を挟む。

「俺を恋人にしてみたらどう?料理も作ったげるしさ。お得だよ。まぁ・・歩って人には勝てないけど、身代わりのつもりでいいからさ・・・」

実はそれを言いながら光は混乱していた。
なぜそんな事を口走るのか。自分でも信じられない。
まるで自分が彼のことを好きだと言っているようなものではないか。



いや、ひょっとしたら好きなのかもしれない。



悔しいけれど。
おそらく助けられたときから一目ぼれしてしまったようだ。
気にしなかっただけで。
だったらこれからつらい道のりになりそうだ。
博の心の中には歩のことしか頭になく、自分など入る余地などないのだから・・・。でもいまさら引っ込めようがない。



一方博のほうは、呆れていた。優秀な彼の頭脳をもってしても、今の展開についていくことができない。自分に告白していると分かったのは、脳がオーバーヒートする寸前のことだった。光を恋人にすることは、考えることはできないが・・・


「恋人については聞かなかったことにしてやるが、心に響く言葉を聞いたのでその礼として邪魔で厄介なお荷物から知人にお前を昇格してやろう。親が引き取るつもりがないのなら、気が済むまでここにいても構わない」

言葉の端々に博の苦渋の決断の様子が表れる。光に対して当たってしまったため、すんなりとここにいてもいいとは言えないのだ。
だからこんな口調になってしまう。
光は自分のことを、そういった存在に思われていたかとちょっと落ち込むが、それよりも嬉しかったので思わず博に抱きつく。

「ありがとー。博、大好き!」

こういったときには抱きしめてやるのがベストだろうが、生憎博にはそういったことをしてやる気前のよさは持ち合わせていない。だが、珍しく微笑んだ。本当に珍しく。光がその笑顔に見とれて、真っ赤になってしまったほどであった。



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