卒業
受験のような大切なイベントもいつものペースで終了し、卒業式の日がやってきた。
まだ桜の咲く季節というにはちょっと早いけど、壇上には早咲きの江戸彼岸が飾られている。
それを見ると季節の移ろいは早いということを否応なく、しみじみと感じさせられてしまう。
前に式で見た桜は入学式に見たものだったから、あれからもう三年が経ってしまったのだ。
俺も歩も少しは成長したのだろうか・・・。
緊張はしていたけど、歩も俺も失敗することなく証書をもらうことができた。
泣き出すかと思ったけど、何とかこらえたのか、歩は目をうるうるさせただけだった。滞りなく式も終了し、俺たちは教室に戻ってきた。
「何だかんだいって今日で終わりなんだね」
ちょっと感傷深い様子で言う歩。
「三年間、色々あった気がするよ・・・」
本当にそうだった。俺にとって中学の三年間は嬉しいこと、悲しいこと、あまりにも多すぎた。
しかもそのほとんどが歩に関わることだといっても過言じゃなかっただろう。
「ひょっとして僕のせい?」
「それ以外に考えられる?」
「うっ・・・」
歩の動きが止まった。どうやらその自覚は充分すぎるほどにあったようだ。
「夏目には迷惑かけちゃったね・・・」
「別に迷惑じゃなかったけど?」
本心だった。歩が自分を頼ってくれるのは、自分を必要としてくれるようで、嬉しかった。
勿論・・・嬉しいことだけではなかったけどね。
「夏目、今日これから打ち上げみたいのやるけど、こないか?」
二人の会話をさえぎって、突然クラスメートが俺に声をかける。
せっかくの卒業式だから、最後の記念(といっても結構高校で会う人は多いんだけど)に、皆と一緒に騒ぐのもいいかもしれない。
「そうだね。せっかくだから俺も参加させてもらうよ」
だけど、そのクラスメートは隣を見て申し訳なさそうな顔をした。
「あ・・・こっちから誘っておいて悪いんだけど、どうもお前は連れてけないみたいだ」
「誘っておいて何を勝手な。説明してもらおうか」
俺は彼をにらんだ。すると、本当に申し訳なさそうに隣を指差してきた。だから俺は指されたほうを見てみた。なるほど・・・。
「どうも、夏樹のほうが許してくれないみたいなんだ。ごめん、本当にごめん」
これでもかというほどに謝るクラスメート。歩は彼に噛み付いてきた。まさに鬼のような形相である。
「夏目は僕のだって何度も言わなかったっけ?僕との大切な時間を奪い去ろうなんて許さない!」
そして俺のほうに向き直り、言う。目がちょっと恐い。
「夏目も夏目だよ。僕を差し置いて他の男と浮気しようなんて〜」
浮気も何も・・・それは付き合っている相手のいる奴に言うんだけど。それに、女ならいいのか?
だけど、それを言うと火にダイナマイトを注ぐことになるのは誰が見ても目に見えている。
だから俺なだめにかかった。
「はいはい、浮気なんてしないから機嫌直しなさい。今日は歩の側にいてあげるから・・・ね?」
それを聞いて安心しきったのか、俺に抱きついてくる。クラスメートは苦笑しながら俺を見ている。俺のほうも苦笑してしまった。
「ごめん・・・どうやらこのぶんだと行けないみたい」
「やれやれ・・・焼餅焼きの彼女を持つのって大変だな・・・」
同情のまなざしを俺に向けてきた・・・。
「歩く〜ん、どうも俺にそういう誘いが来ないと思っていたら、君がそうやってもみ消していたんだね?」
例によって微笑みながら俺は尋問する。この顔のときは逆らうことができないのを悟っている歩は、しゅんとする。それが叱られた子猫みたいで実に可愛い。
「だってだって、卒業式という大事な日に夏目を誰にも渡したくなかったんだもん」
「それは今日の話でしょ?俺がいってんのは、今までの話!」
「そうです。ごめんなさい・・・」
神妙に謝る。これ以上はぐらかすと自分の身が危ないということを悟ってくれたようだ。
おりこうさんでよろしい。
「だって、僕のいないところで楽しくやってると考えると・・・なんかこう腹がたつって言うか何ていうか・・・」
子供の独占欲はまだ健在だった。でも、なぜ・・・
「俺が一人でいくという前提で言っているみたいだけど、自分も一緒にいくことは考えなかったの?」
すかさず反撃してきた。
「僕は二人っきりでいちゃつくのが好きなの!」
・・・親友でもいちゃつくという言葉は使うのかい?半眼でにらむと、突然話題を変えてきた。
「夏目、第二ボタンちょうだい」
「はい?」
急に何を。歩が突然話題を変えることは自分にとって都合の悪くなるときである。
だからそんなことは日常茶飯事だけど、なぜ第二ボタンなんだ。
「だって、大好きな人の第二ボタンをもらうって何か素敵じゃない?それとも、もしかしてあげる相手がいるって言うの?」
「別にいないけど、男同士でもやり取りするの?」
「夏目先輩、僕にそのボタンをください」
ご丁寧にお辞儀までしてくる。あまりにもしつこく食い下がるので、ついに俺は根負けしてしまった。
「仕方ない・・・。だけど、今ここで切っても間抜けだから、帰ってからあげる」
「はは〜ありがたき幸せでございます〜」
俺の制服の第二ボタンを欲しがるなんて、歩の趣味も変だと思っていると、突然女子どもが来た。
「夏目く〜ん、第二ボタンちょうだい〜」
すると歩は不敵な笑みを浮かべる。
「残念でした〜。もうそれはすでに僕のものだよ」
女子どもはがっくりとする。
「や、やられたわ・・・。こうなることは想像できたはずなのに」
「なぜ俺のボタンごときで争奪戦が起きる?」
「自覚がないようだな、夏目くん」
「来たか!女幹部」
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