服を着た俺に再び寄りかかる歩。だけど、おとなしく目をつぶっていて何もしない。
「どうしたの?」
「こうやってるとね・・・何か落ち着くんだ」
その体勢から俺に抱きついてくる。俺はベッドに座っているため、かなり無茶な格好だと思うけど・・・。
俺はその歩の髪をやさしくすいてやる。歩の顔が心なしか赤い。
「今まで、ありがとね・・・。僕がここまでやっていけたのも夏目がずっと支えてくれたから・・・」
「別に礼を言われるほどのことはしてないけど・・・」
何度も歩は言ってきたけど、別に俺はそんな事をした覚えはない。
それどころか、歩のおかげで今の俺がいるようなものだ。
「夏目を好きになれたらよかったのに・・・あ、夏目のことは大好きなんだけどね」
切なさを含む声で歩がいう。言いたい事は分かっている。
俺に恋することができればよかったのにと言いたいのだ。
だけど、それができないから辛いのだろう。俺は久々にこみ上げた胸の苦しさを隠して言った。
「まだ見つからないの?」
幾分落ち込んだ様子で言う。
「うん・・・全然」
「大丈夫。見つかるって」
「見つからなかったら僕のこと、嫁にしてね」
「そんなに弱気になるなよ」
「どうも、今日という日が僕を弱気にするみたい・・・」
そういう歩は震えている。だけど、泣いてはいない。きっと必死にこらえているのだろう。俺に迷惑をかけまいと思って・・・。
「無理してないか?」
すると歩は首を振った。だけど、何も言わない。
「泣けよ・・・」
歩は作り笑いをして言う。いつもはそんなことしないのに・・・。
「そんなこといわれると、かえって泣けなくなるよ〜」
俺は黙って胸に引き寄せ、優しく抱きしめた。歩はしばらく震えただけだったが、やがてしゃくりだした。
俺はゆっくりと震える背中をなでる。前に俺がしてもらったように。
「何か僕、夏目の前だと泣いてばっかりだね・・・。なんかみっともないね」
「そうかな?俺は別にみっともないとは思わないけど。泣けるうちには泣いておいたほうがいいよ。
こんな俺でよかったらいつでも貸してやるから・・・」
泣き笑いしながら歩が言う。
「何かそれ、愛の告白みたいだよ〜」
確かに。言われてみるとそうである。これじゃ、まるで愛の告白ではないか。当然俺の顔が真っ赤になる。
「悪いか!」
こうなったら開き直ってしまうが勝ちである。徹底的に困らせてやる。
本当はそうしたくないが、最後に冗談とすればいいだろう。
「ううん。全然悪くない。たぶんそうだったら逆に嬉しいかも。僕、夏目に全てをあげても後悔しない・・・。夏目の望む事ならきっとなんでもする。そう・・・どんなことでも。冗談で言うつもりはないよ」
自分のボタンに手をかけながらフェロモン全開の顔で歩がいう。歩くん、あんた壊れてますよ。困らせるつもりが逆に困ってしまった。それどころか服を脱ぎだす始末。そこには白くて華奢な肢体が現れる。
そして歩は俺の腕をつかんで後ろに倒れる。つまり、俺が押し倒している構図となる。
「夏目・・・一回だけでいいから、僕を抱いて・・・。夏目の全てを僕にちょうだい。
倉科と会ったら夏目とはこういうことはできなくなるから・・・」
白い体がわずかに赤い。緊張しているのだろうか。その体が震えている。今ここにあるのは現実なのだろうか。俺は信じられなかった。だけど、そうだと願いたい。俺は震えながら言った。
「いいのか・・・。今ここでやめておかないと、俺止められないよ?」
歩が赤くなりながら言う。
「いちいちそんなこと聞かないでよ。せっかく勇気出して言ったんだから。
いいよ。夏目の好きにして・・・。
僕に何をしてもいい。君が好きだから、僕はどんなのでも受け止める。例えそれが一回だけでなかったとしても。どんなに痛くても」
俺は歩の体を開こうとし、愛撫を施そうとした。
だけど、首筋に唇を押し付けようとしてふと思ってしまった。
歩の目には俺が映っていないだろうということを・・・。
きっと俺を倉科さんの代わりとして見て、抱かれるのだろう。
それに、普段俺に迷惑をかけていると思っているようだから、俺に抱かれることで罪を償おうとしているのかもしれない。
わざと自分を傷つけようとしているのかもしれない。
俺のためにというのもあるだろう。
だけど、いくらなんでもこんなの残酷だ。
俺は服を投げ、歩に背を向けて言った。
「服着ろ・・・」
「え・・・なんで!」
「俺をなんだと思ってる。好きな人がいる奴に手を出すような男だと思ってたのか?どうも俺のことを考えてくれてるようだけど、そんなことをされて俺が喜ぶとでも・・・」
「でも・・・」
「もし倉科さんに会ったらきっとお前は俺としたことを後悔する。俺だってお前の後悔した姿なんか見せられたらきっと立ち直れなくなる・・・。そんなのは嫌だ。だから、これ以上はやめておけ。頼むからやめてくれ」
俺は搾りだすように、自分に言い聞かせるようにして言った。どうしても歩には分かってもらわなければいけない。
「ごめんね・・・」
またもや泣きそうな顔で歩が言う。泣きたいのは俺のほうだったけど、必死にこらえた。
「悪乗りしすぎた俺のほうが悪いよ・・・」
「どうしてこう、うまくいかないんだろうね・・・。僕たちの間には愛はないの?」
「愛はあるんじゃないの?『恋』愛じゃないだけで・・・」
「なるほど・・・。夏目、頭いいね」
そこで納得されても非常に困る。少しは否定しろ。
だけど、歩の頭の中にはあの人のことしか頭には入っていないから、しょうがないか・・・。俺はつい吹き出してしまった。それを歩がにらむ。
「何笑うんだよ〜。夏目には分からないだろうけど、僕だって抱いてと言うのにものすごい勇気が要ったんだよ」
「何で?」
「恥ずかしいじゃない・・・。普段夏目にあんなことやこんなことしてるのに」
確かにそれは恥ずかしい。俺も納得してしまった。俺が同じことを言ったとしたら、同じことを思うだろう。
「でも・・・さっきの歩、色っぽかったよ。俺も思わず抱こうとしちゃった」
「そのまま進んでもよかったのに」
悔しそうに言う。一応俺は聞いてみた。
「どうしてそんなに俺に抱かれたがるの?」
首をかしげながら歩が言う。
「分からない。でもあの時僕は倉科の代わりとか、夏目のためとかいうんじゃなくて、ほんとに夏目になら抱かれてもいいと思ったんだ・・・。
いや、何か違う。
今日夏目に抱いて欲しかったんだ。
初めての相手が夏目ならって考えると心臓がどきどきしちゃって、この体を好きにしてほしかったんだ・・・」
理解できないのは俺も一緒である。だけど歩は遊びでそんなことをするやつではない。
まさか・・・そうであって欲しいような欲しくないような。
「ひょっとして、俺に恋をしてるとか?」
「それは違うかも」
ああそうですか。結構残念。これで何回目の失恋だろうか。
しかし、慣れとは実に恐ろしいもので、不思議と辛くはない。
「まぁ、別にいいけどね」
お互い同時に吹き出してしまった。性行為という大切なことでも俺たちの中ではいつものペースでやり取りされてしまう。それはある意味幸せかもしれない。
だけど・・・これから先歩の猛攻(猛受?) にどれだけ耐えなければならないのか。歩はひとしきり笑ってからいう。
「僕を抱いてくれなかったんだから、せめてキス位してよね」
「そのくらいお安い御用だよ」
歩をベッドに押し倒してから、唇を合わせる。舌を入れると歩の目から涙があふれる。
俺は慌てたが、ここまで来て止めることは無理だった(歩が怒ることは目に見えていた)ので、俺は歩の口をむさぼったのだった。
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