未来
俺はどうしても独りではいたくなかった。
歩という存在が消えた穴をどうしても埋めたかった。
人の好意を利用するみたいで申し訳なかったけど、
そんなことで頼れるのは一人しかいなかった。
だから俺は彼に電話をかけた。
「もしもし・・・外山?」
「あ、夏目か。どうした!何か昨日より悪くなってないか?」
「う〜ん・・・身も心も最悪。悪いんだけど、今から来てくれない?寂しいんだ・・・」
「分かった!できる限り早く行くから待っててくれ。あ、早まるなよ!」
大慌てで電話を切ってしまった。早まるって・・・困ったことに、そんなことをする気力もないんだけど。
しばらく待っていたら、チャイムが鳴った。外山の声がしたので、入るように促した。
「ありがと。無理言ってごめんね・・・」
俺はそう言って抱きついてみる。どうも今日は人肌が恋しいようである。
「いや、別にかまわないさ。こういうときに頼ってくれるのって結構嬉しいからな。
でも、身も心も最悪ってのは本当みたいだな。いつもの夏目だったらこんなことはしない・・・」
外山は赤くなりながら納得した様子を見せる。どうやらそこまで俺は凄まじいらしい。
「今日位いいじゃない。どうせなら今からしよ?抱かせてくれるって言ったでしょ?」
「・・・・やっぱり今日のお前はおかしい・・・」
半分怯えながら言う。本人を前に、何て失礼な!
「いいから外山は黙って俺に抱かれなさい」
「いや、この場合、俺が上に乗って動いたほうがいいんじゃないか?だって、その体じゃ辛いだろ?
ま・・・恥ずかしいけどさ・・・夏目のためなら騎乗位くらい」
「それ、言ってて恥ずかしくない?」
「とても恥ずかしい。だけど、俺に入れてくれるという嬉しさがそれを上回ってるからな」
「外山って思ってた以上に可愛い〜。やっぱり俺、外山にしよ。外山ならずっと俺のこと愛してくれそうだし」
外山はゆでだこの如く真っ赤になっている。非常に照れているらしい。もごもごしながら言う。
「可愛いって・・・。言われてもあまり嬉しくないのはなぜだろう・・・。やっぱり夏目が言うと恐い・・・。俺をからかっているみたいだからな・・・」
今日は別にからかっているつもりはないんだけど。外山はほんとに可愛い。
まぁ、見かけだけで考えればかっこいいのかもしれないけど。そんなことを考えていると、外山が言う。
「あぁ、ずっとお前のことを愛してやる。
夏目を独りになんてしない。
お前が望むことなら俺は何でもしてやる。
だから・・・俺にしてくれないか?」
外山の真摯な想いが俺の心に突き刺さる。
外山は、約束は必ず守る。
きっと言葉どおり俺のことを愛し続けてくれるだろう。
俺だけを見てくれるだろう。
だから俺は外山の差し伸べる手を・・・とろうとしたけども・・・。
「ごめん・・・ほんとにごめん。やっぱり今は誰とも付き合えない・・・」
外山は遠い目をしてから、ため息をつく。
「知ってるよ・・・そのくらい。
俺、これでも努力したんだけどな・・・
ははは、やっぱり夏目は夏樹じゃないとだめだよな」
無理して笑っているのが俺にでもよく分かる。
本当にごめん。
俺がそこまで期待させたからいけないんだ。だらだらしていないでもっと早く断っていたらよかった・・・。
そうすれば俺たちはここまで傷つかずに済んだだろう。
「悪い・・・しばらくそっち向いててくれ・・・」
「・・・ごめん・・・」
「いいから見るな!」
そう言って俺に背を向ける。ほんの少しだけど肩が震えている。
外山を泣かせてしまったようだ・・・。
俺がはっきりしてたらこんなことにはならなかったのに・・・。
しばらく泣いていたようだったけど、俺には何もしてやることが出来なかった。
「まぁ、こればっかりは仕方ないよな」
妙にすがすがしい顔で外山が言う。どうやら吹っ切れてくれたようだ。
「ほんとにごめんね。人の好意を踏みにじりまくって」
俺は心の底から謝った。今できるのはただ謝ることだけだった。
「よく分かってるじゃないか。せっかくシャワー浴びてきたのに」
俺が電話してから外山が来るまでそんなに時間はかからなかったはずだけど・・・。
速い、速すぎる。
きっとこれは冗談だろう、そう思いたかった。
「なんだか夏目が壊れてたから、今日こそは俺を抱いてくれると期待してたんだけどな。
だからここ最近帰ってから毎日シャワーを浴びてたのに・・・」
なるほど、そういうわけか。実にまめな奴であるが、俺が壊れていると、本人の前で言わなくてもいいのに。事実なんだから・・・。そんな外山は何故か持っていた手提げから何かを取り出す。アルバムだった。
当然俺は何それと聞く。
「俺の恥ずかしい写真集だ。日常生活を撮ったものから、とっても恥ずかしい写真までよりどりみどりだ。
俺を振るんだから、そのくらいもらってくれよな。きっと気に入る写真があるはずだ」
そんなものまで持っていたか。用意周到である。まぁ、それで外山の気がおさまるのならもらうことにしよう。
そう思ってアルバムを開いた俺の手が凍りつく。微笑ましいものから、いくらなんでもこれは反則ではないのかというものまで、それこそよりどりみどりだった・・・。
なお、俺のお気に入りは寝顔の写真と、食事中の写真(ご飯粒が口の周りについている)と、誰が撮ったのかは知らないが学校に一人でいるときの外山の写真であった。
それを抜き出してもいいのだけど、そうすると後のを手放すのが惜しくなりそうだったので、仕方なく残りの莫大な写真ももらうことにしたのであった。
「気にいったのはあったか?」
「そりゃ、外山が恥を捨てて撮っただけあってなかなかいいのもあるけど・・・そんなに自分の写真を撮るってことは・・・まさか外山ってナルシストだったの?」
「ち、ちがーう。これは親が撮ったのや、何故か家のポストに入っていたのを拝借してきたんだよ」
ポストに・・・一体誰が入れたんだろう。一人、『愛情狂』の名を持つ某兄の顔が思い浮かんだんだけど、真相を知るのは少し恐かった。
「ふぅん。それならこの恥ずかしくてきわどい写真も親が撮ったんだ?」
すると、真っ赤になって縮こまってしまう。非常に可笑しい。これだから外山をいじめるのはやめられない。
「そ、それは俺が・・・自分で撮ったんだよ!夏目に欲情してほしかったから・・・」
最後のほうは消えてしまいそうな声だった。全く、聞いているほうが恥ずかしくなる。
だけど、俺のためにそこまでしてくれるのはなかなか嬉しいものである。笑いに崩れそうになる顔を引き締めて俺は言った。
「お前は残酷だと思うだろうけどさ、友達じゃだめかな?
お前がいてくれたから俺は自棄にならずに済んだんだと思う。
だから、外山は俺にとって大切な存在なんだ。だから、赤の他人に戻るなんて出来ない」
「そんな顔をして言うな。何も文句が言えないじゃないか・・・」
そういえば歩も似たようなことを言っていた覚えがある。俺の顔はそんなに変なのか?外山は呆れた顔で俺を見る。
「やっぱり自分の顔に自覚がないな?今のお前、とてもかっこいいぞ。
俺が今まで見たので最高の顔だ。病気だというのが信じられないくらい」
そういえば俺は今寝込んでいるんだった。だけど、ずっと話していたから、苦しさも忘れていた。
「俺のほうがお願いしたいくらいだ。夏目の存在は俺の中で大きくなりすぎたから。友達でいいから夏目の中にいさせてほしい・・・」
俺は返事をする代わりに、外山の頬にキスをした。外山にはそれだけ特別な人だということを分かってほしい。こんなこと、歩にしかしなかったのだから・・・。
だけど、外山はいつもの調子で不貞腐れてしまった。何が悪かったんだろう。
「やっぱり俺をからかっているな」
「頭痛くなってきた・・・。外山は俺を信じられないわけ?」
「信じられない。いつも夏樹といちゃついていたお前に言われても説得力ないと思うけど」
なるほど、納得。そんな俺にキスをされても信じられないのは当然だ。これは苦笑するしかなかった。普段の行いが悪すぎたな・・・。
「ま、ゆっくり休んで早く学校に来いよ・・・」
そう言って外山は帰ってしまった。帰った後で俺は気付いた。
俺と歩に何があったかを聞かれなかったことを。
聞いたら俺が辛くなるとでも思ったんだろうか。
気遣うのならもっと俺に分かるようにすればいいのに・・・もし俺が気付かなかったらどうするんだろうか。
そうしているうちに俺は本当に起きているのが辛くなり、いつの間にか眠ってしまった・・・。
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