何時間寝たのかは分からないけど、目が覚めたら既に朝だった。
まだ完全にベッドから離れるのはきついけど、起きることもできるし、ほんの少しなら立つこともできるようになった。俺は久しぶりに食事を作り、食べてから寝る。
ここ何日で怠け癖がついてしまったようだ。病気だけが理由でなく、いつまでも寝ようとする。
だけど、何日も寝込んでいたため、さすがに部屋が惨状と化しているので、病体に鞭打って部屋、台所の掃除をせざるをえなかった・・・。




病み上がりの肉体労働とは非常に体力を消耗するみたいで、再び俺はベッドに沈んでしまった。
まぁ、誰も来ないので今日も寝ることにしよう・・・とするとチャイムも鳴らずにドアが開く。
安眠妨害をするやつで考えられるのは、歩しかいない。だけど、あんなこと言ってしまった手前、会わす顔がない。だから、俺は布団の中にもぐってしまった。
すると歩は俺のとなりに座った。






「二度と来るなって言われたけど、僕の話聞いてくれる?」

「警察が来る前に出てってくれる?俺には聞くことも話すこともないから」

俺はわざときつい口調で言ったけど、歩はめげなかった。

「夏目にはないかもしれないけど、僕にはあるんだ。

一からやり直そうよ・・・。

死ぬって言って夏目を縛ろうとしたことは悪いと思っている・・・ごめん。
でも、夏目がいないと生きていけないのは本当なんだ。僕の心と体は夏目で出来てるから・・・。
この数日、僕の中からとても大切な何かがなくなった気がしてたんだ。
先生と別れても、傷つけたことや、約束を破ったことに対する罪悪感ばかりだったのに、夏目に嫌われたときは胸が張り裂けそうだった・・・。




昨日先生に押し倒されたんだ。だけど、やろうとは思わなかった。
望んでいたはずなのに・・・何か違うんだ。
ずっと夏目の顔が頭から離れなくて・・・。僕は夏目とじゃなきゃ嫌だ。
散々自分勝手に夏目を傷つけといて、今更虫のいい話だって分かってる・・・だけど、それでも僕・・・」


今更何を言うのか。それに・・・

「だって・・・ずっと倉科先生が好きって言ってたじゃないか・・・」

俺はやっとの思いで起き上がって言う。我ながら子供じみた言い方である。



「うん、確かに倉科先生は好きだよ。
多分、恋だった。それが思い込みだとは思わない。
でも、夏目のことも恋かどうかは分からないけど好き。
あれが好き、これが好きとか言った軽いものじゃないと思う。
自分そのものって言うか・・・ごめん、言葉になんかできないよ。頭がごちゃごちゃする・・・

お願い!こんな自分勝手な僕を嫌ってもいい。
どんなに憎んだっていいし、蔑んだっていい。
だから僕の側にいて!僕を夏目から消さないで!」




そう言って歩は俺に抱きついてくる。いつもよりしがみつく力が強い。
本当に自分の意志で俺を選んでくれるのか?それなら・・・俺はゆっくりと抱きしめた。




「いいのか・・・俺で。後悔するかもしれないよ?」



「後悔なんて絶対しない!夏目が僕の前から消えてしまうほうが後悔するから・・・」

嬉しかった。歩は自分の意志で俺を選んでくれた。
だから、今までずっと封じ込めてきた気持ち、ずっと冗談にしてきた気持ちを歩に伝えたい。
俺は本気を出して言った。そうじゃないと歩には信じてもらえないから。




「お前と会ってから、ずっと好きだった。
いつの間にか俺の中には歩しかいなかったんだ。
だから、あの日好きな人がいると言われたときはショックだった・・・。
だけど、歩がずっと好きだというから、冗談でしか言えなかったんだ・・・いや、無理矢理冗談にしたというべきかな。
こんな気持ち、告げたところで歩が苦しむことは目に見えていたから。
だから、物分りのいい親友でいることでずっと一緒にいることにしたんだ。

それでも心地よかったよ・・・今年まではね。

だけど、先生が現れたときはもうおしまいだと思ったんだ。
歩に一緒にいられなくなると言われたときに痛感したよ。もう俺たちは離れなければいけないんだとね・・・」


「ごめん・・・」

俺の言葉と想いを真正面から受け止めたのか、歩が泣きそうになって謝る。だけど俺は首を振った。歩にはそんな顔をしてほしいんじゃない。泣き顔もいいけど、やっぱり笑ってほしい。

「いいよ、別に。それで、距離を置こうとしたんだけど、全然上手くいかなかったよ。
離れれば離れるほど苦しくなるんだ・・・。親友の顔をしていたほうがどれだけ楽だったか。
それに、もう顔も見たくないって言ってからは自己嫌悪の渦に巻き込まれちゃって。
今まで積み上げていたものをこの手で壊したことに気付いたときにはもう涙が止まらなかった。
もう歩が俺に笑いかけてくれないと思うと、とても苦しかった。
笑っちゃうでしょ?自分で言ったくせにね。
だから本当は今日歩が来てくれたときは嬉しかったんだ。
でも、あんなことを言った手前、引っ込みがつかなくなってね。

どういう意味かは分からなくても、好きだと言ってくれたね?
俺は昨日お前を拒絶した。あれが俺と別れる最後のチャンスだったんだ。
だけど、もう離しなんかしないよ。他の人が好きだと言っても応援なんかしてあげない」


「うん。僕だってもう夏目からは離れたくない・・・。夏目がいない僕なんて僕じゃないから。
僕には夏目だけがいてくれればいい!」


そう言って歩は俺の胸の中に顔をうずめてくる。やっといつもの歩が戻ってきた。俺はうれしかった。やっぱり俺の腕の中には歩がいないとどうも調子が狂ってしまう。でも、考えてみたら・・・



「あれだけ盛大な告白をしたのはいいけど、どうもいつもと変わらない気がするのは気のせい?」



「・・・確かにそうだね。ってことは気付かなかっただけで僕たちは恋人同士だったのかな?」



結構前に聞いたら違うかもといったくせに、調子のいい奴だ。
もしそうだったら俺はここまで悩まなかった。
まぁ、でも結果よければ全てよしということにしよう。


「さぁ、別にどうでもいいけど。今こうやって歩を抱きしめられるのなら・・・。それに、無理に恋人らしくしてもわざとらしいからね」



俺たちは俺たちの速度で進んでいけばいい。俺はそう言って歩をきつく抱きしめた。
何度も離れようかと思ったけど、二度と歩を離しやしない。こんな苦しい思い、もうしたくはない。歩が欠けた数日、俺は生きた心地がしなかった・・・。






それからすんなりとは進まず、陽子さんががキスシーンを目撃して大反対(俺が幸せになれないかららしい)などしてかなりのどたばたがあった上に、俺を嫁扱い、俺が酔っ払ってしまい、歩への想いをぶちまけたことを覚えていたなど、かなり波乱があったけど、何とかそれを通過して俺たちは久しぶりに一緒に眠った。
歩は俺が眠っていると思っていたようだけど、実は起きていた。寝るなんて勿体なく、幸せをかみ締めていた。そして歩が眠った頃に俺は目を開けた。幸せそうに眠っている。やっと俺たちは両想いになれたんだ。ありがとう、俺を選んでくれて・・・。俺は歩の唇にこっそりとキスを落とす。




「おやすみ・・・」



俺も睡魔には逆らえず、眠りの世界へと落ちていった・・・。



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