先生に別れを告げ、俺は歩に会いに行った。しばらく放っておいたから、きっと今頃拗ねていることだろう。
甘やかしてやらなければ、なんて思うと、見計らったとしか思えないタイミングで外山に出くわす。
俺の体に発信機でもついているのだろうか。まぁ、どうせ俺をつけてきたんだろうから、細かいことは気にしないけど。
「やけに嬉しそうだな。顔面総崩れを起こしてるぞ」
「そりゃそうでしょう。歩と恋人同士になったんだからね。顔面崩壊しないわけはありません」
失言だった。俺を好きな人に対して・・・って前も同じことを。
そんなことはどうでもいい。もっと気遣うべきだった。案の定外山がどんよりと落ち込む。
「・・・・・・・・・・・」
無言だ。恐い、恐いぞ、外山。いつもお前はどんなことがあっても噛み付いてきたのに。
無言で攻めてこられると俺にも返しようがない。
「そ・・・それはよかったな・・・おめでとう・・・お・・・おれにかまわずなかよくやってくれ」
棒読みになっている。完璧にぜんまいの狂った機械人形である。仕方ない。ちょっと古いが壊れた電化製品を直す方法をしてみよう。俺は外山をどついた。
「痛てえな、なにすんだよ」
「おー、直った直った。この方法は人間にも通用するんだな」
「・・・俺は電化製品か?」
呆れた顔で俺を見てくる。どうやら分かってしまったようだ。俺は笑ってごまかした。
「まぁ、そんなことはいい。とりあえずおめでとう。本当は祝いたくないんだが、仕方ないので祝ってやる。ありがたーく思え」
「はいはい。ありがたき幸せです」
本当はとっても嬉しかったけど、ついついいつもの調子で返してしまった。だけど、外山は俺が嬉しいのを分かってくれたようだ。
「幸せにな・・・」
そう言って外山が帰ろうとする。しかし、そこで非常に面白い事故というか、事件が起こってしまった。
あの独占欲の塊のあの子が襲撃してきたのだ。
「な〜つ〜め〜・・・浮気はだめだって言ったよねぇ?」
今度は外山を睨みつける。おそらくそれは、どんな悪魔をも怯えさせてしまうほどのおぞましさを持っていた。
「外山〜、今度僕の夏目に手を出したら、半殺しじゃ済まさないと言ったはずだけど?
覚悟は出来てるんだよね?何のコースがいい?色々用意してあるんだけど?僕としては、ふふふ・・・『アレ』がいいね」
歩は邪悪な目を輝かせる。
『アレ』って何だ!
だけど、それを突っ込めば外山は歩の餌食となるだろう。それはそれで面白いけど、一応やめておく。
外山はやっぱり歩恐怖症になっているらしく、俺の後ろにしがみつく。
おバカな奴である。
そんなことをしたら原発に水素爆弾が落ちるほどのことになることは分かっているだろうに。
案の定歩はものすごい形相になっている。死神の鎌が似合いそうだ・・・なんてのほほんと思ってみる。
火の粉は浴びたくない。俺は傍観者に徹しよう。
「ふふふ・・・僕の夏目に触ったね?それが何を意味しているのかは分かってるよね?
生かしちゃおかないよ。そうだね、やっぱり『アレ』がいいね。外山、君にはそれ相応の屈辱を味わってもらうよ」
だから『アレ』って何だ!いいから教えろ。外山の末路よりこっちのほうが気になる。
「夏目、外山を縛り付けて。連行するよ。裸にひん剥いてあんなことやこんなことをしてやる・・・泣きながら許しを請おうとしてもだめだよ・・・くくく」
やっぱり相当怒っているな。越後屋的微笑を見せている。
こんな短時間にそこまで計画するとは・・・おぬしも悪よのう。
さて、この哀れな死刑囚を見ると、今から保健所に連れられるような仔犬の目をしていた。
ふぅ・・・化けて出られても困るので、一応こいつをかばっておくことにしよう。それに、原因は俺にもあるし。
「それはそれで面白いけど、いくら歩でもこいつには一歩も触れさせないよ。その面白そうなお仕置きは俺の仕事だからな」
「なに、夏目は僕を差し置いてその男とよろしくやろうってわけ?
お仕置きとは名ばかりで、外山にいやらしいことをして外山を夏目で溺れさせるつもりでしょ!
ひょっとしてもう外山とはやっちゃったの?
外山はよかった?
夏目の前で尻振って悦んでたの?
何度も外山を泣かせたの?え?」
暴言の数々。どうやらさらに怒ってしまったようだ。仕方ない。切り札を使おう。
「倉科先生と付き合っていた人が何を言うかな?」
歩の動きが止まった。今のうちに続ける。
「自分のことはいいから俺は好きなことをやっていいと言ったのはどこの誰だったけな・・・。忘れたわけないよね?」
どうやら自覚はありすぎるようだ。引きつた笑いを浮かべ、後ろに下がり始める。
「そうやって俺を捨てたから、失意のどん底にあった俺が、手を差し伸べられればその人に傾いてしまうのは当然じゃないかな?歩くん」
歩が崩れ落ちる。そして、泣きそうになって言った。
「まさか・・・本当に外山のことが好きなの?嘘だよね?嘘って言って!」
ここから先は本気で言った。歩にも外山にも分かってほしい。
「うん。好きだよ。お前が先生といちゃついていた間、ずっと俺の側にいてくれたからね。こいつのおかげで俺は自暴自棄にならずに済んだんだ・・・」
ここで一息をおいて歩を見てみる。相当のショックだったためか、震えている。全身で拒絶を表している。お願いだから人の話は最後まで聞いてほしい。
「だから、外山を選べたらどんなに楽だろうかと思った。
だけど、どうしてもだめだった。
やっぱり俺はどんなに辛くても、本当に愛しているのは歩しかいないんだ。
それでも俺を信じられない?だったら俺はどうすればいいのかな?」
歩はうなりながら言う。
「うー・・・。そんな顔をして言われると、信じられないとは言えなくなるじゃないか。反則だよ。その顔は・・・」
だから、この顔は普通なんだってば!どいつもこいつも・・・。
「・・・やっぱり自覚ないね?その顔をして言われると、どうも逆らえなくなるんだよね。
なんだか夏目の言うとおり・・・って気になっちゃって。外山もそう思わない?」
外山はうんうんと頷いている。
「まさにその通り。お前のその顔で見つめられると体が動かなくなるんだよな」
「そうでしょ?全身の力が抜けちゃうんだ。もう好きにしてって言ってしまいたくなるんだ。まったく、犯罪級だね、その顔は」
「きっとそれで何人もの男をたらしてると思うぞ」
「絶対そうだよね。いかにも無害ですと言う顔をしてるけど、きっとたくさんの子を泣かしてるよね。
この偽善王子!
」
仲の悪かった二人は好き勝手に俺の悪口でもりあがってしまった。
どうやら日ごろの俺に対する不満が爆発してしまったらしい。しばらく談笑していたけど、外山が俺のほうを向いて言う。
「お前の甘ったるい告白を聞いてやる気をなくした・・・。二人で勝手にやってくれ」
そう言ってこの場から帰ろうとすると、歩が引き止める。
「待って。友達くらいなら許してあげる。夏目が好きだって言うんなら僕には何もいえないもん。
だけど、夏目の愛は絶対に渡さないからねっ!」
外山は少し手を振っただけでそのまま帰ってしまった。後姿がやっぱり寂しかった。
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