結局歩は放課後倉科先生にアタックをしにいってしまった。総攻撃を受ける先生の苦労は想像に難くない。
倉科先生、やつれなければいいけど。遠い目をした俺を、誰かが現実に引き戻す。


「夏目・・・辛くないのか?」

「外山、盗み聞きはよくないよ」

「カクテルパーティー効果というものがあるんだよ」

「自分に関係ある情報は耳に入りやすい、とかいうあれのこと?
それは分かったけど、なぜ俺がお前に関係するのかな?」




「そ・・・それは別にいいだろ!」



しどろもどろになりながら弁解する外山だった。見ていて非常に楽しい。
盗み聞きの男、外山晶は俺の友人で、歩の次の次くらいに話すやつといったところである。
あまり協調性が無く、一人でいることが多いので、一匹狼というイメージが強く、周りにはそれがかっこいいとか言われているけれど、実際にはいじめるのに適していて、非常に可愛いやつなのである。
まぁ、可愛いなんていうと外山と歩に殺されるから口には出さないけど。本人曰く、いじめられキャラなので
(自覚せざるを得ないほど嫌なことがあったんだろう)、一人でいることが多いとか。外山はしばらく不貞腐れていたが、気を取り直して言う。


「夏樹のやつ、倉科先生に告白しに行ったんだろ?」

「よくあれだけの会話で分かったね」

「いや、推測に過ぎない。お前、全然顔に出さないからな」

「数年の片想いを甘く見てもらっちゃ困るよ」

そのつらい内容とは関係なく、俺はにっこり微笑んで言った。すると外山は悲しそうな顔になる。



「告白・・・しなかったのか?」



俺はため息をつく。なぜ外山がそんな顔をする必要があるのだろうか。

「う〜ん・・・俺はひたすら好きだって言ってたけど」

「そういう意味じゃなくて・・・。それに、なぜ夏樹を止めなかったんだ?お前が言えば夏樹は先生を諦めるんじゃないか?」

「そう言うには俺たち親しすぎたんだよ・・・。俺たちがまだ親友という段階だったら言えたかもしれないけどね」

またも外山は辛そうな顔をする。俺がどうであろうと彼には関係ないはずなのに、どうしてなんだろう。外山が思い出したように言った。



「それで、お前は辛くないのか?」



「そうだね、辛くないといったら嘘になるかな。
だけど、歩に恋人ができたってことよりも、それを喜んでいる俺がいるってことのほうが辛いんだ・・・」


「だったら、他のやつとは付き合わないのか?」

そんなこと・・・といいかけてやめる。歩に恋人ができた今、歩は俺の手を離れてしまったのだ。
だから、俺も歩にこだわる必要はないのだ、こだわる必要は・・・。
だけど、やっぱり俺はまだ歩にこだわっているらしい。往生際が悪い。俺は苦笑するしかなかった。


「他のやつと付き合えれば俺も苦労しないんだけどね。どうも俺、先生と結びついても歩が好きなんだ」

外山はため息をつく。そして一言言おうとしたがやめ、しばらく考え込む。散々悩んだみたいで、次に言ったときは、何かを決意したような顔だった。

「俺じゃだめなのか?俺は夏樹の代わりになれないのか?」

「・・・そりゃ、どう考えても無理でしょう」

歩と外山じゃ見た目も性格も違いすぎる。歩の代わりになんて、どう考えても無理な話であるし、外山は外山だ。誰かの代わりなんて考えたくない。いや、外山はそういうことを言いたいわけではないだろう・・・ひょっとしてこれは・・・。外山を見ると、彼はしゅんとしている。

「変な話をしてごめん。今のは忘れてくれ・・・」

その哀愁を帯びた後ろ姿が、妙に可愛いので俺はついいじめたくなった。俺はひょっとしていじめっ子なのだろうか・・・いや、誰が見てもこれは外山が悪い。

「ひょっとして、歩のことが好きだったの?それで振られたもの同士・・・」

外山は最後まで言わせずに割り込んできた。



「ば・・・ばか!俺が好きなのは歩でなくて夏目・・・!」





そういったところで外山が真っ赤になる。それを見ると何か申し訳なくなってしまう。人の気持ちを弄んでいるようで・・・。だけど、謝るつもりはない、謝れない。それよりもどうも気になることがあった。



「ひょっとして、俺を押し倒したいわけ?」



外山はいじめるのに適しているキャラだけど、いじめることをしなければ意外なことに攻めキャラなのだ。
そうすると・・・俺のほうが受にまわることになる可能性が高い。ま、俺は他人に押し倒されるのは真っ平御免だけど。
俺に入れているときの外山はどんな顔をするのだろう。いつもと違い、主導権を握って俺を壊れるまで突くのだろうか・・・。それで俺は外山の背中に爪を立てておねだりをして・・・。
それはそれで面白いけど、想像しかけてやめた。不毛だし、これではきりがない。


「逆。俺は夏目の手に抱かれたいんだ・・・」

実に意外な発言。いつお前は受けに回ったんだ。外山が口ごもりながら言う。

「俺は受けるつもりはないんだけど、夏目が相手だとどうも・・・逆転するみたいなんだ。色々されたいって欲望が・・・」

「俺なんかに抱かれて何が楽しい?」

すると外山がものすごい剣幕で反論する。もちろん話題が話題であるため、トーンはかなり低いけど。

「気付いてないのか?お前、すごいモテるんだぞ。お前に抱いて欲しいやつなんてそれこそ腐るほどいる。
ま、気付かないのかも仕方ないけどな。夏樹がいるんじゃ誰も近づけないし。

俺も今命がけだし



「なぜ命をかけてまでくる?」





「そりゃ、夏目をずっと見てたから・・・」





切なそうな顔で言う。今までずっと俺の事を見てくれたんだ。それは嬉しい。
でも、片想いの辛さを知っている俺は今ここで言わなければいけない。


「ごめん・・・俺を好きでいてくれる気持ちは嬉しいけど、お前とは付き合えない。
付き合うことは簡単だけど、多分お前を傷つけてしまう。きっと俺は外山の中に歩の面影を探そうとするから・・・」


外山は大変ショックを受けているようだ。固まっている。そして搾り出すようにして言った。

「謝るのは俺のほうだな。変なことを言って悪い。でも、夏樹のいないときくらい側にいさせてくれないか?」

「う〜ん、それくらいならいいけど、恋人にはしないからそれは覚悟しておいてね。ついでに、独占欲のかたまりのあの子に殺される覚悟も」

うっ、と外山は詰まった。この分だと以前に痛い目にあったようだ。
だけど、悲壮な決意をした外山はそのくらいではめげなかった。


「それを恐れるくらいならこんなことは言わないさ。あ、どうせ夏樹を待っているんだろ。俺は先に帰らせてもらうよ。じゃあな!」

既に顔が歩を恐れていると言ってたんだけど、それを指摘する前に帰ってしまった。まぁ、歩と同じくらいの存在にはなれないけど、それなりに楽しめるんじゃないか、そう思う俺だった。



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