歩が先生と結びついて喜んでいられたのは最初の間だけだった。
今までどおり親友でいられると思ったら大間違いだったことに遅まきながら気付いた。
当然のことながら歩は放課後になるとほとんど先生と一緒にいる。どういうわけか、他の先生方も黙認しているようなので、歩はさらに遠慮しないで行くようになっていった。

まぁ、歩なら禁止されても行くだろうけど・・・。

当然二人が一緒にいる機会は少なくなってくる。いつも隣にいた存在、それが欠けるというのはここまで辛く、悲しく、空虚なことなのか。最近俺のため息をつく回数が増えてきた気がする。


だけど、変わったのはそれだけではなかった。歩がいない間はあの外山が俺にまとわりつくようになった。
いや、そう言ってはいけないのかもしれない。彼は彼なりのやさしさで俺のことを心配してくれているのだろう。でも、どうせなら歩のいる間に来てくれれば面白いのに。二人が衝突するのを見るのも楽しそうだ。






外山と遊ぶのは、歩とは違った意味で楽しい。人の好意を利用しているようで、少しの罪悪感は残すけれど、外山といる間は歩のことを強引にだけど、脳から追い出してくれる。
外山は学校で見せる、不貞腐れた顔とは違い、怒ったり笑ったりと、実に豊かな表情を見せてくれる。
歩と先生がデートしているときには、外山と一緒にいることもあった。
今日は何故かプラネタリウムにいる。


「外山って・・・こういうのが好きなの?」

すると外山は真っ赤になる。どうも知られたくなかったことのようだ。

「あー好きだよ。わるいか」

開き直ってしまったようだ。それが実に可笑しい。

「別に悪いとは思わないけど、なんか意外・・・」

意外ということに落ち込んだのか、ぶつぶつと愚痴を言う。

「みんな俺のこと笑うんだよな・・・似合わないって」

なるほど・・・きっとそれはコンプレックスの一つになっているんだろう。

「ま、普段の外山を見ていれば結構似合わないと思うけど。でも、そういうのもいいと思うよ。でも、何で俺を?」

「お前、こういうところが好きそうだから。それに・・・なんか夏目だと俺のことを笑わないような気がして」

どうも外山は俺のことを過大評価しているご様子である。だから、一応現実を見せてあげることにした。



「俺が笑わないとでも思った?」



外山があからさまに凍りつく。どうも、笑わないといったのは相当無理をしていたみたいである。
ここは少しくらい気を使えばいいのに。




「絶対笑うと思った。だけど・・・俺の本当の姿を知って欲しかったんだ」



本当の姿って・・・妖怪じゃないんだから、もっと言い方があるだろう。
苦笑していると、ゆっくりと隣から手が伸びてくる。盗み見ると、小刻みに震えている。きっと緊張しているんだろう。外山はそういうのは得意なやつじゃないから、必死で考えたんだろう。
やれやれ、何で俺のためにここまでって・・・ひょっとして俺が好きだろうというよりも、自分が行きたかったのか?きっとそうだ。
俺を誘ったのは一人で行くのが恥ずかしいからだな。可愛い奴め。


でも、本当の姿というのは茶化す気にはなれなくなった。
自分にいい印象を与えたいのなら、飾ることもできたはずである。
だけど、自分をさらけ出すのには相当の勇気が要るはずだ。
特に自分がコンプレックスを持っている場合には・・・。俺は、結構嬉しかった。
それだけ好きでいてくれているのが分かったから。


しばらく盗み見ていただけだったので、拒絶されたと思ったのだろう。寂しそうに手を引っ込めようとする。
まぁ、今日くらいはサービスしていてもいいだろう。俺はその手を握る。想像していなかったことなのか、外山の目が潤んでいたような気がする・・・。
結局のところ、俺たちには人工の星の光など目に入っていなかったのだった。






しばらく俺たちは一緒に歩いていた。今日は先生の家に泊まりにいくというので、帰りが遅くなっても問題はないだろう。余韻を残したかったためか、二人とも無言だったけど、しばらくして外山のほうから切り出す。

「その・・・今日はありがとう・・・俺・・・楽しかった・・・」

本当は俺も楽しかったけど、いつも虐げているためにそれを言うのは照れくさかった。
だから、ついついからかってしまった。


「星なんか見えてなかったくせに?」

予想していたとおり、外山がむきになって反撃してくる。

「しかたないじゃないか・・・隣に好きな奴がいるんだから・・・」



そこまで言ってうなだれる。



「ごめん。そういうことは言うべきじゃなかった。せっかく友達として付き合ってもらってるのに」



胸が締め付けられる思いがした。本当に謝るのは俺のほうだった。外山に俺と同じ苦しみを与えているのだから・・・。外山を傷つける前に、俺たちは別れなければならない・・・。
だけど、俺の考えてることが分かったのか、外山が必死になる。


「頼むから友達をやめるのだけは・・・。でも、俺には何もないから、それをとめることができない。
もっと夏樹みたいにかわいい顔だったら夏目も俺のことを好きになってくれたんだろうな・・・」


それを言い終えたのと同じタイミングで外山の目からしずくが落ちた。本人はしばらく気付かなかったようだ。俺の顔を不思議そうな顔で見ている。だけど、やっと気付いたのか慌てだした。



「ごめん!泣き落としするつもりなんて!」



どうも俺は泣く子には勝てないようだ。つい抱きしめてしまった。
外山はしばらくもがいていたけど、諦めたようで静かに泣き出す。
自分の気まぐれでここまで追い詰めてしまった・・・苦い気持ちを噛み締める俺だった・・・。






「う〜ん、すっきりした!」

腹立たしいほど晴れ晴れとした顔で外山が言う。少しはしおらしくしてほしい。

「まさか外山が泣くとは思わなかったよ」

でも、泣いてしまったのが相当悔しいらしく、やっぱり外山は不貞腐れる。

「夏目って・・・相当男ったらしだよな。あんなことされると誰だって・・・。まさか他の奴もこうやって誘惑しているのか!」

「俺をなんだと思ってる?こんなことは歩にしかしないし、誘惑なんてしてません」

俺を好きでいてくれる人に対して、今のは言い過ぎたかと思った。
だけど、妙なことに外山は気を害した様子は見せなかった。


「ってことは、少しは俺のことを好きになってくれた?」

実に前向きな思考である。俺も見習いたいものである。

「う〜ん・・・歩のいない寂しさをほんの少し紛らわしてくれる程度にはね」

「俺の前で夏樹の名前を連発するな〜!!」

「焼餅やいてるの?」

「そうだよ、俺は妬いてるんだよ!」

どうやら気を相当害していたようだ。ほんのちょっと申し訳なかったので、俺は外山の髪をかき回してやった。すると何とか落ち着いてくれた。

「悪かった・・・。これから極力歩の名前を出さないようにはするけど、もし出ちゃったらそのときは勘弁してね」

外山はしばらくうなっていた。だけど諦めたのか、うなずく。

「うー・・・仕方ない。そのくらい許す・・・」

理解してくれたので、俺は釘を指すのを忘れなかった。

「でも、恋人にはしないからね」



暗かったけれど、外山がしゅんとしたのが分かった。
それが捨てられた子犬みたいで後ろ髪を引かれる思いだったけど、別れを告げて俺は帰った。



次ページ