家に帰ると、何故か鍵が開いていた。出るときには閉めたはずだから、まさか泥棒か?足音を殺してゆっくりと中に入ると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。これは・・・。

「あら、士郎くん、随分遅い帰りね」

「帰りが早いかと思ったから首を長くして待っていたんだよ」

「誠二さんに陽子さん・・・なんでここに?」

彼らは歩の両親で、似たもの夫婦だ。普通はおじさん、おばさんというんだろうけど、昔そう言ったら、名前で呼びなさいと怒られたので、こういう呼び方をしている。
俺の両親は今仕事のため海外に住んでいるので、この二人には非常にお世話になっている。


「だって、歩はなんか先生の家に泊まりにいくって言うから、あれがいない隙に士郎くんを独占しちゃおうって思ったのよ」

「独占って・・・正確には寡占だよ。俺もいるからね。あ、そういえばいい酒があったんだ。どうだ、今日は飲み明かさないか?」

いかにも偶然ですよという風に誠二さんが言う。なるほど、この夫婦の魂胆はそこにあったのか。
夫婦だけじゃ物足りないから俺を巻き込みたいに違いない。俺は付き合うことにした。普段は飲まないけれど、今日は無性に飲みたい気分だった。


彼らはものすごいペースで飲んだけど、俺は気を使われたのか、彼らほどの速さでは飲まなかった。
だけど、時間をかけるとそれだけ飲むことになる。俺が酔ってきた頃、陽子さんが聞いてきた。




「士郎くんは歩のことをどう思っているのかしら?」



「そりゃ、大好きですよ〜」



酔ってきたため、回りにくくなった口で言う。



「ひょっとして、恋なんてしちゃってるのかしら」



何を言ってるんだろうか。
そんなことを聞くなんて、ひょっとしてこれは夢だろうか。
もし夢なら全てぶちまけてしまいたい。
俺の中でずっとたまり続けたこの想いを・・・。
俺はもうしゃべるのを止められなかった。


「そうですよ!俺は歩に恋してるんです。ずっと好きだったんです。
だけど・・・あいつには好きな人がいて、今付き合ってるから・・・」


俺は気付いたら泣きながらしゃべっていた。封じ込めていた想いと共に涙も出てしまった・・・。

「親友に恋人ができて喜んでいたけど、自分の気持ちをねじ曲げてしまうくらい、ほんとはずっと苦しかった・・・。

でも言ったところで歩を苦しめることは明らかだから・・・。


それなのにあいつ、俺の前で喜んで何度もあの人のことを話すんです・・・。

俺の気持ちも知らずに・・・



そこまで言って俺は我に返り、真っ青になった。これは夢でない・・・。現実なのだ。
現に二人は俺の話を聞いている。俺は必死で謝った。




「ごめんなさい!ごめんなさい!今のは忘れてください!聞かなかったことにしてください!」



二人は何も言わなかった。そこで俺の意識が途切れた・・・。





目が覚めるといいにおいがする。台所を覗くと陽子さんが料理をしていた。

「ごめんね。台所使わせてもらってるわ」

「いえ・・・俺がやります・・・痛!」

頭がずきずきする。これが二日酔いというやつか。それでも料理しようとする俺を止める。

「いいのよ。寝ていなさい。本当にびっくりしたわ。気付いたら士郎くん、倒れているんだもの。てっきり私たちが飲ませ殺したかと思ったわ。あの人も夕べのことは覚えてないみたいだし・・・」

いつもと同じ態度で接してくれるので、俺は安心した。忘れてくれと言われて忘れることはできないけど、この分だと昨日の事は覚えていないようだ。

「はい、出来たわ。後は自分でやってね。頭痛いから、私は帰って寝るわ」

「ご迷惑をおかけしました・・・」

「いいのよ。士郎くんの可愛い寝顔が見れたから。写真にもとらせていただきました。もちろん歩には渡さないわ」

え?なんですと?突っ込む隙を与えずに陽子さんは帰って行った。俺は食事を済ませて再び寝る。
これからは酒は飲まないようにしよう・・・。






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「で、秋本さんに会えたの?」

困ったことに、歩は生前(と言っても今も生きてるんだけど)の恋人に会った話をしている。
しかも、その人は歩のことを一目で分かったらしい。きっと今でも愛しているのだろう。
倉科先生の次は秋本さんか・・・。でもまぁ、歩の中にくすぶっていた思いの一つが解決できたのならそれは嬉しい。だけど、歩は嬉しくても・・・。


「先生は複雑な気持ちかもね。だって、前世のとはいえ、前の恋人だろ?
倉科先生は秋本さんに歩のことを想い続けることを言って、その人がそれを許しているとしても、前の恋人とべったりされちゃ、あまり嬉しくはないと思うけど。
歩にとって秋本さんは大切な存在だって知っていても、妬いたりするんじゃないかな。
そういう自分を嫌だと思ってしまうかもしれないし。まぁ、あくまでも俺の推測の域に過ぎないから、先生がそう思わないかもしれないけどね」


歩は不思議そうな顔をしている。きっと今付き合っているのは自分たちだから、そう思うのは変だと思っているのだろう。だから俺は言った。



「そういうものなんだよ・・・。頭では分かっていても、どうしようもないんだ。

相手が好きなら、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう・・・」




すると何故か歩が抱きついてきた・・・。懐かれて嬉しいはずなのに、俺はちょっと寂しかった。

自然に消えるのを待たずに、そろそろ俺自身がこのくすぶる想いに決着をつけなければいけないのかもしれない。



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