その次の日の放課後、俺は先生が一人になるのを見計らって手招きをした。
先生と俺は中庭のベンチに座った。そしてタイミングを見計らって声をかけた。




「歩のこと、信じてやってください」



先生は不可解だと言う顔をした。だから俺は続けた。

「何か今日先生少し落ち込んでいませんか?歩と先生が本当に付き合っていることも、この前秋本さんとかいう人に会ったことも、歩から聞いています。やっぱりそれが関係するんでしょ?」

倉科先生は驚き、考え込んだ。きっと、俺と歩の関係について考えているのだろう。
歩が秋本さんの話をしたのは、俺以外には考えられないから。俺は先生に関係なく続けた。


「歩は本当に先生のことが大好きなんです。
変なところで積極的になるから邪悪だと思うでしょうけども、先生のことになると本当に楽しそうに話すんです。最近なんてもう先生の話しかしてませんよ。
それに、ずっと先生に会えるのを待っていたんです。だから、辛くあたったりなんかしないでください」


俺の話は終わった。後は歩のことを頼んで・・・。しかし、そうしようとしたら先生が聞いてきた。

「君は歩のことが好きなんだね。俺と同じ意味で」





どうやら俺のことを見抜いてしまったようだ。だけど、ここで認めるわけにはいかない。俺は否定した。
だけど、先生にはそれが通じなく、俺はしぶしぶとだけど認めざるを得なかった。


「そうです。でも、俺がそういう意味で好きだってことは内緒ですよ。
あいつは冗談、そうでなければ親友同士が持つ愛のように思ってますから。
それに、言ったらたぶん俺を選ぶと思いますよ。先生だって俺に取られたくないでしょ?」


わざと軽口で言った。じゃないと言えなかった・・・。
きっと俺と先生は同じ。好きな人のために想いを封じ込めてきたのだろう。
今日話してみて、先生になら安心して歩を委ねることができるような気がした。
先生なら俺の言葉の本当の意味を理解してくれただろう。




俺が告白すれば歩が俺を選ぶのというは俺の自信から出るわけでも冗談でもない。
歩はいつも俺の言ったことを真剣に考えてくれるから、俺が本気だということが分かれば多分どちらを選べばいいのか悩むだろう。そうすればきっと歩は苦しむ。
そうなる前に歩を繋ぎとめておいて欲しい。俺に揺らぐようなことがないようにしてほしい。歩は罪悪感で俺を選ぶかもしれないから・・・。


先生はどうも俺に気を使おうとしていた。だけど、その気持ちだけで充分だった。

「歩のこと、よろしくお願いしますね・・」





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さて、言うことも言ったし、帰ろう。でもその前に・・・。

「隠れてないで出てきたら?」

「まさか、ばれてたのか?」

外山が出てきた。どうやら見つからない自信があったらしい。

「さっきからずっと同じところにいれば誰だって気付くけど?」

「そっか、ごめん。迷惑かけちまったな。でも、何か心配だったから」

心配って一体何が?聞く前に外山が続ける。

「だって、お前先生に歩のことを任せたんだろ」

「あぁ、そういうことか。まぁ、他のやつだったら分からないけど、先生はいい人だから思っていたほどは辛くなかったよ」

「長い間持っていた自分の想いに決着をつけたんだ。無理するなよ。今のお前の目を見たって信じられないさ」

外山がもっと鈍ければよかったのに。変なところで鋭いんだから。それとも、俺はそれだけの顔をしているのだろうか。

「でも、不思議と涙が出てこないんだ・・・。きっと感情が麻痺しているんだろうね。だから今日は外山に何をされてもいいかも」

「何をって・・・何を?」

「そうだね、今からホテルに行かない?歩のことを忘れさせて欲しい・・・」

外山は真っ赤になる。

「おまえ、俺のことをからかってるだろ!」

わめくのを無視して俺は続けた。

「気を失うまで俺のことを壊して・・・」

「やっぱり冗談だな!俺はごまかされないぞ」

馬鹿な奴。もしごまかされたままでいたら、本当に俺はお前に何をされてもよかったのに。
おかげでその気も失せてしまった。いや、違う・・・。




「ごまかしているのは俺自身だよ。こうでも言わなきゃきついんだ・・・。

純粋に悲しければどれだけよかっただろうね・・・。
前も似たようなことを言ったと思うけど、本当に辛いのは、二人のことを喜んでいるのと悲しんでいるのが俺の中に入っていることなんだ。
それを、お前を抱く、抱かれることで頭から追い払いたいだけなのかもしれない・・・。
馬鹿だね、俺。ここまで想いをひきずってるなんて」




外山は困惑していた。ここまで情けない俺をみたのが初めてだからだろう。
だけど、次に出た言葉はそういうのを感じさせるものではなかった。


「ま、それだけ好きなら簡単には割り切れないよな。それは俺だってよく分かる・・・。
もし、どうしても夏樹のことを忘れたかったら俺がお前を抱いてやる。
どこかに閉じ込めて、二度と夏樹のことなんて口に出せないようにしてやる。
そして、お前の心、体を俺なしでは生きていけないようにしてやる・・・」




「外山・・・かっこいい・・・」



一瞬でも本気でときめいた俺だった。だけど、その次にきたせりふが全てを台無しにしてくれた。



「あ・・・逆だった」



「・・・つまり、そういうことを俺にされたいわけね?」

うん、と非常に素直にうなずく。全く、ムードのかけらもないのか。俺の感動を返せ。俺は盛大にため息をつく。

「なんか、歩のこともどうでもよくなっちゃった。俺は歩の親友だしね・・・それは変えようが・・・」

今まで恋愛のことで頭がいっぱいだったけど、考えてみれば俺は歩の親友だ。
つまり、恋人がだめでも、親友として側にいることはできるのだ。すっかり忘れていた。
まぁ、俺の最後の意地として倉科先生には諦めてもらおう。親友の座だけはずっと守ってやる。
さっきまでの暗い気分はどこ吹く風、俄然やる気の出た俺だった・・・。


「ふふ・・・外山、ありがとう。俺、やる気が出た。歩の親友の座だけは死守してやる!」

素直に礼を言った。外山の全てを台無しにする言葉のおかげで俺は立ち直れたんだ。
もしあのまま進んでいたら、きっと歩のことをずるずると引きずっていただろう。
今日、外山の存在をとても感謝した。だけど、外山は非常に困っていらっしゃった。


「いや・・・礼を言われても本当に困るんだけど。俺としては諦めてくれたほうが嬉しいわけで・・・」

お互い大爆笑してしまった。なんだかさっきまで悩んでいたのがばかばかしくなってしまうほどだった。
でも、開き直ってしまうと案外悩みなんて、ばかばかしく感じるのかもしれない。
この日俺は、外山のおかげもあって、久々に心から笑うことが出来たのだった。



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