それから俺は歩の側にいることに苦痛を感じなくなってきた。つまり、元の状態に戻ったと言うべきかな。
今日も他愛のない話でもりあがっている。だけど、歩はこんなことを聞いてきた。それは・・・
「夏目って好きな人いるの?」
それを聞かれても、どう答えればいいんですか。結局いつもの様に言うしかないじゃないですか・・・。
「やだな〜歩に決まってるじゃないか」
非常に大喜びをして抱きついてくる。いつもの感触が戻ってきて実に幸せだったけど、それはほんのわずかでしかなかった。
「ごめんね。いつも夏目にべったりつきまとっていて。やりたいこともあっただろうに。
でも、これからは僕にかまわず好きなことをしていいよ。
先生もいるからいつも一緒というわけにはいかなくなるし、僕ももうちょっと自立しなければいけないと思うからね」
今までずっと出ないことを望んだ言葉がついに出てしまった。
今まで歩はどんなことがあっても自分から離れるなとか、俺から離れない、とか言っていた。
それがこんなことを言うということは・・・そろそろ俺のことが鬱陶しくなったんだろうか。
目の前が真っ黒になったような気がした。そして、自然と言葉が出ていた。
「そろそろか・・・」
もう俺は歩の側にいられないのかもしれない。
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当然のことながら、いつも一緒だったのを突然離れるようにするのは難しい。
だから俺は次第に歩の前から消えるようにした。だけど、それに伴い二人の間がギクシャクするようになったし、会話が途中で途切れることが増えてきた。
悪いことはさらに続くもので、それから数日後、俺は倒れて学校を休むことになってしまった。
原因は別に大したことはなく、ただの熱である。だけど、体が重くて動かない。何か歩のことが原因で休んだみたいで情けない。いや・・・みたいなのではなく、それが熱に追い討ちをかけているのであろう。
すると、チャイムが鳴った。ベッドから起き上がるのも大変だったが、体を引きずるようにして行き、ドアを開けると外山がいた。
「その・・・なんだか病気で休んでるって聞いたから・・・」
「そりゃどうも・・・来て早々悪いんだけど、ちょっと俺を部屋まで運んでくれない?」
一人でいるときに誰か来てくれるのはとても嬉しい。だけど、今は立っていることすら難しい状態なので、もてなす余裕もなかった。外山はぐったりした俺を運んでベッドに寝かせてくれた。
「ごめんね・・・何も出してやれないで」
「お前は自分の病気を治すことに専念しろ。それより・・・夏樹となんかあったのか?学校中大騒ぎしていたぞ」
やっぱり俺が休むと歩関連の話題になってしまうのか・・・。
「いや、今回のは休んだ理由はただの熱。だけど、ひょっとしたらそれが長引かせてるのかも・・・」
「何があったんだよ。俺でいいなら聞くから話せよ」
いつもだったら外山には話さないだろうけど、今日の俺はとことん弱気らしい。話して少しでも楽になりたかった。
「歩に、自分にかまわず好きなことをしていいって言われてね」
「そりゃ、お前のことを気遣っているからじゃないのか?」
やっぱりそう言うか。俺は容易に想像できた。
「歩はずっと俺から離れないとか、浮気するなとか言ってきたんだよ。それなのに・・・そんなこと言われると、俺が必要じゃなくなったみたいじゃないか・・・」
「そりゃ・・・辛いよな・・・」
外山は汗だくになった俺の顔を拭いてくれる。その手つきがとても優しい。
「嫌なことは忘れてしばらく寝ろ。俺が側にいてやるから・・・」
優しく見つめる外山の視線が心地よく、俺は誘われるように眠ってしまった・・・。
目を覚ますと外山は台所にいた。包丁の音が聞こえる。
「あ、悪い。台所、借りてるぞ」
「悪いのはこっちだよ。外山って料理上手いんだ」
意外なことに、彼が台所に立つのはよく似合っている。しかも、料理も手馴れた様子である。
「あぁ、炊事、洗濯、掃除、夜の営み、何でもオッケーだ。いつでもお前のところに嫁げるぞ」
「突っ込む気力がないから今日は突っ込まないよ・・・」
俺から突っ込まれるのを期待していたのか、外山が落ち込む。
「そのくらい突っ込んでくれたって・・・」
「言っておくけど、俺は病人なんです」
「あ、そうだった。悪い・・・って出来たぞ」
俺は外山の手料理というものを食べさせてもらった。実に美味い。
ちゃんと病人向けになっているようで、表には出ない外山の気配りというものが感じられる。
彼はしばらく俺を見てから言った。
「夏樹は来ないのか?」
「ここ何日か来てないよ。俺といるのが鬱陶しいんじゃないの?」
「俺が呼んでくる」
俺は慌てて止めた。さすがに二人がここで会って何かあっても、今の俺では止められない。それほどまでに外山は憤慨している。
「親友がこんなに苦しんでるのに、あいつは先生とデートか!」
「はいはい、今日は外山がいてくれてうれしいから、そんなことで怒らないの。大体、外山は歩がこないほうがいいんじゃないの?」
まぁな、と舌を出して笑う。彼は俺が食べ終わったのを確認してから言う。
「お前が生きてるのを見届けたし、俺は帰るよ。何かあったら呼べよ。すぐ来るから」
俺はにっこりとして見送った。だけど、よほど心配だったのか、何度も後ろを見ながら帰っていった。さて、起きてるのも大変なので、薬を飲んで寝ることにしよう。
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