それから次の日まで俺は眠ったり起きたりを繰り返した。
それが不規則だったためか、朝には起き上がることさえ不可能になった。
だから、チャイムが鳴っても出ることさえできなかった。だから、今鳴らした人にもお引取り願おう。
そう思っていたが、ドアが開いた。一体誰かと思っていたら、歩だった。
だから俺は力を振り絞って起き上がった。だけど、壁に寄りかかる形になってしまった。
「ありがと・・・来てくれて。てっきり俺のこと、鬱陶しくなったと思ってたから・・・」
歩の顔を見たのは本当に久しぶりで、ほっとした。すると歩は申し訳なさそうに謝る。
「この前は・・・ごめん」
この前のこと?ああ、僕にかまわず・・・って言ったことだろう。
「ああ、あのことね。いいんだよ、別に。そろそろ俺もお前から離れなければいけないと思ってたから・・・」
すると、歩の顔色が変わる。そして、必死になって俺を説得しようとした。
「そんなことない!ずっと僕の側にいて」
その言葉は嬉しいけど、俺はここ数日で決めてしまった。歩から離れることを・・・。
「俺は、甘えてたんだな。ずっと側にいるって決めてたけど、その一方では分かっていた。
いつかは自分から離れていくってことを。倉科先生に歩を明け渡さなければいけないってことを・・・。
歩と一緒にいるのとどうも心地よくて、どうしても今のままでいたかった。親友のままでいたかった・・・。
でも、お互いある程度距離を置いたほうがいいかもね。歩は俺じゃなくて、倉科先生のものだから、俺が独占してはいけないんだ。
何か俺に対して気まずそうにしてるけど、気にしないで。ただの熱だから。
それより、先生のとこに行ってあげたら?喜ぶと思うよ」
俺は歩を独占してはいけないということや、親友をやめるということを強調した。だけど、歩は気付いてしまった。俺の真意を・・・。
「そんなの絶対に嫌!!今帰ったら、絶対夏目、僕の前からいなくなるもん。
距離を置くなんて言ってるけど、夏目のことだからきっと僕という存在を消し去るでしょ?
そんなの僕には耐えられない!倉科先生より夏目の方が大切だもん!それに・・・先生とは別れてきたんだ」
先生と別れた?そんなことはあるはずがない。
だって、あれほどに先生のことが好きだって言ってたじゃないか。
まさか・・・最悪の事態になったようだ。考えられることは一つしかない。
「あの先生・・・俺のこと、しゃべったな。あれほど黙っておくように言ったのに。
意地でも認めてなければよかった。そうすれば親友はだめでも友達くらいにはとどまっておくことが出来たのに。
でも、今更戻りにくいかもね。なら、俺が歩をこの手で壊せばいいんだね。
あの人、俺のことを過大評価しているみたいだけど、俺がお前を傷つけたことを知れば、もう俺に気を使うこともなくなるね」
「そんな・・・。夏目がいなくなるなんて考えたくない。
もし夏目が僕から離れるというなら、しんじゃうかも。
冗談なんかじゃないよ。夏目、僕のことがそういう意味で好きなんでしょ?
だったら僕には死んで欲しくないよね?」
歩は本気で言っている。それがとても残念だった。命の大切さを人一倍知っているはずなのに・・・。いくら引き止めるためだからとはいえ、自分の命を人質にするなんて許せない・・・。
いや、そんなのは建前なのかもしれない。
本当は自分が悔しく、恥ずかしかったんだ。
今まで歩のために何でもしてきた自分の心を見透かされているような気がして。
そんなことあるはずなくても、それを逆手に利用されている気がして。
俺は自然に言葉が出てしまった。
それが今まで積み上げてきたものを一気に崩すことになることくらい分かっていた。
「そうか・・・死ぬということを軽々しく言うなんて・・・お前ってそういう奴だったんだ。
そういうことを言うべきではないことは歩が一番分かっているとは思っていたけど。
俺の思い違いだったんだ・・・。見損なったよ。悪いけど、もうここには来ないでくれるかな。
顔も見たくない!
」
歩は出て行ってしまった。
何て馬鹿なことを言ったんだろう。
俺のせいで歩を傷つけてしまった。
だから、もう俺には笑いかけてくれないだろう。
そうか、俺はこの手で全てをぶち壊してしまったんだ。
そう思うと目から涙があふれてきた。
これが望んだ結果であるはずなのに、だったらなぜ目からこんなものがあふれているのか。
この苦しい気持ちは何なのか。
後からするから後悔とは言うけど、こんな苦しい気持ちになるんだったら、あんなことを言わなかった。
だけど、それこそ後悔しても遅い。
俺はこの日、世界で一番大切な、それこそ自分より大切な親友を失ったのだった・・・。
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