しばらくは嬉しさに浸っていたけど、歩と別れて現実を思い出した。
そうか、俺失恋してしまったんだ・・・。
告白もしないで振られる。なんとも笑える話である。
親友に恋をするのは辛い。これが他の人だったら会わなければそれで済むけど、親友だからそれができない。
どうしても失いたくないのだ。
あの時本当は、そんな過去のやつなんて見てないで、俺だけを見てほしいと言いたかった。
今も歩のことが好きであるはずがないと言ってやりたかった。
だけど、俺は長く一緒にいて歩の想いを優先させるのが普通になってしまった。
だからどうしてもそれができなかった。歩が幸せならそれでいい・・・。
だけど、ふと俺の中を黒い考えがよぎった。
そんな誰だか分からないやつに渡すくらいなら、俺がこの手で歩を汚してやる
。そして倉科さんのところに行けなくしてやる・・・。
俺はその考えを慌てて振り切った。痛みや苦しみに歪む歩と、それを見ている俺の醜い顔が思い浮かんだから。
そんなこと・・・俺にはできない。
いや・・・もしかすると歩は俺を拒まないかもしれない。
だけど、俺に対する罪悪感で俺を受け止めるだろう。
そうされたって俺も辛い。歩には俺を好きな気持ちで受け止めてほしい。
今となってはそれも無理な話だけど・・・。
「うぅ・・・・・」
俺はとうとう耐え切れなくなり、涙が溢れてしまった。
どうして俺は歩を好きになってしまったんだ。
どうして歩には好きな人がいるんだ。
そして・・・
どうして俺はそれでも歩の側にいたいんだ・・・。
俺はさっき笑っていられただろうか。
歩に負い目を感じさせなかっただろうか。
だけど、もうそんな事はどうでもいい。
明日歩の前では笑っていたい。だから今日は我慢せずにずっと泣き続けた・・・。
「大丈夫?何か目が真っ赤だよ」
次の日学校が休みだったため、歩が遊びに来た。俺としては昨日の今日で本当は会いたくなかったんだけど、それでも来てくれるのは嬉しい。そう思えるなら俺も自然にやっていけるだろう。
「だって・・・俺昨日振られちゃったからね・・・」
目が赤いのを見られてしまった。どうやら最初からつまずいてしまったみたいだ。
だから俺はちょっと寂しそうにして言う。もちろん、目に指を当てることは忘れない。
すると、案の定歩は狼狽する。
「え・・・・え?」
「だって・・・歩ったら俺には浮気するなって言ったくせに、自分だけ恋人をつくろうとしているから。
俺はずっと歩一筋だったのに・・・。歩がもう少し俺のことを好きになってくれれば告白しようかと思っていたのに・・・。
はぁ・・・俺はこれから何を目的にして生きていけばいいんだ」
今度は悲しそうに言ってみる。すると歩は泣きそうになって言った。
「気付かなくてごめん・・・夏目がそう思ってくれてたなんて・・・」
「この俺に花嫁の父をさせるなんて・・・花嫁の父なんてもっと後にしたかったのに。倉科さんに『娘のことをお願いします』って言うときが来るかと思うと俺・・・」
歩の目が丸くなる。
「ひょっとして今のは冗談だったの!?全く夏目ったら〜びっくりするじゃないか・・・ひどいよひどいよ」
ぽかぽかと俺を叩いてくる。
決して冗談なんかではないよ、歩。
俺は本気で言ったんだ。
歩相手に俺はそのような冗談は言わない。
でも、冗談として受け取ってくれるならそれはそれでいい。
逆に俺の想いが表に出なくて済むし、そんな事があっても冗談で済ませられるから。
まぁ、ちょっとは寂しいけどね。
「これだけ心配したのに冗談だったなんて〜」
まだ叩いてくるので、つい俺も笑ってしまった。すると歩がむくれる。
「どうせ僕はがきだよ」
「まぁ、それは否定しないけど。冗談ってこと、ばれちゃった?でも、歩のことが大好きなのはほんとだよ」
そう言って俺は歩に抱きつく。歩もやっと安心してくれたみたいだった。
「よかった。やっといつもの夏目に戻ってくれて・・・。なんか今日夏目、いつになく悲しそうだったから、僕が傷つけちゃったかと思ったんだ」
どうやら俺の中の一部を歩に悟られてしまったみたいだ。俺は苦笑した。一体何をやっているんだろう。歩に心配をかけてしまって・・・。
「何か辛いことがあったら僕を頼ってね?いつも僕ばかり頼っていて悪いから。人に話すと結構楽になれるよ」
「心配しなくても、俺が困ったらちゃんと頼りますよ。そんで歩をひたすら困らせてやります」
軽口で言った。そうじゃないと泣いてしまうかもしれなかった。どうも昨日今日と涙腺の調子が悪いのかもしれない。俺にも意地というものがあるので、あまり歩の前では泣き顔は見せたくない。
「うん。ちゃんと僕を頼るんだよ。そうじゃないと僕は怒るからね!」
「はいはい」
そう言って俺は歩の髪をかき回す。よかった・・・。最初はそういう顔はできていなかったけど、今はこうやって歩の前で笑っていられる。
恋を失った傷は深く、底の知れないものだけど、きっと俺は歩の親友として立ち直っていけるだろう。しばらくは俺も情緒不安定であるかもしれない。ひょっとしたら歩の前で泣いてしまうかもしれない。
でも、それくらいは許してほしい。俺だって失恋したからといってすぐに割り切れるほど器用ではないから・・・。
こうしてどうなるかと心配だった俺の失恋記念日はなんとか無事にいつものペースで過ぎていったのであった・・・。
次ページ