中学三年生

失恋の傷も表面はすっかり癒え、俺は歩の親友としてごく自然に振舞うことができるようになった。
倉科さんの話を聞くたびにほんの少し胸の奥がちくりと痛くなるけど、あのときほどではなかったし、純粋に歩の幸せを祈れるようにもなってきた。
しかし、歩の問題が解決したところで新しい問題が浮かび上がってきた。




「夏目は高校どこに行くの?」



と聞くのは件の親友。夏樹歩くんである。
そう、俺たちは中学三年になったため、高校はどこに行くかという問題がでてきたのである。
だけど、今更遅いなんて言わないでほしい。うちの中学はそこのところはのんびりしているから、締め切までに決めようって奴は結構いる。


「それじゃ、清風高校にしない?」

考え込んだ俺に対し、歩が提案してくる。

「う〜ん・・・俺はどうしようかな。緑耀高校にしようかな」

俺は、進学率もよく、だからといって厳しい校風ではない緑耀高校を候補に考えていた。
だけど、それを聞いた歩が凍りつく。




「え?緑耀?夏目は僕を置いて遠くへ行っちゃうんだね・・・」



うるうると、哀愁を帯びた瞳で見つめてくる。
清風はここから比較的近いが、緑耀は電車で数駅行かなければならない。
もし俺がそこに行けば、歩とは一緒にいる機会も少なくなるだろう。それに・・・




「緑耀ってあんな頭のいいところ、僕に行ける訳ないじゃない!」



そうなのである。緑耀は清風よりもレベルがいくつか上なのである。
もっとも、清風だってレベル的には高いところに位置しているんだけど・・・。


「うっ・・・夏目ったらずっと僕の側にいるといったくせに・・・。僕を捨てて一人で行ってしまうんだね」

・・・そりゃ、一緒にいるとは言ったけど、捨てるなんて人聞きの悪い。すると、クラスメートが次々に言う。

「夏目!お前嫁さんを泣かせんなよ!」

「そうだよ、かわいい歩ちゃんの頼みなんだから聞いてやれよ」

・・・俺の苦しみなんてわからないくせに好き放題言いやがって。さらに歩が止めを刺す。



「お願いだから一緒の高校に行こうよ」



きらきらとした瞳をした歩にお願いモードに入られたら俺には絶対勝ち目はない。
理不尽な強さを誇る歩に仕方なく、本当に仕方なくうなずくと、歩は大喜びをし、ぎゅっと抱きついてきた・・・。


「ずっと離れないからね・・・」






それから受験直前になって、思いもよらぬ出来事が起こった。
帰宅すると父さんと母さんがなんだか話している。
父さんの帰りがあまりに早いので俺は不思議に思った。
しかも、いつもと違いあまり明るい話題でないようだ。


「あぁ・・・士郎、お帰り」

「どうしたの?なんだか変だけど」

「親に向かって変とは何だ。・・・今はそんな事を言ってる場合ではなかったな。父さん、転勤が決まってな」

「おめでとう。どこに決まったの?」

すると父さんは表情を暗くした。

「あぁ、ドイツなんだよ。しかも数年は帰ってこれないから、家族で引っ越そうと思うんだけど、お前は受験だろ。どうしようかと思ってな」

「いつ転勤するの?」

転勤する時期によって俺が受験をするかどうかが決まってくる。これは重要なことだ。

「来年の春だよ。だけど、色々な手続きがあるから、早めに結論を出してくれよ。お前だって色々あるだろうから、好きにするといい」

分かった。俺はそれだけを言って居間を後にした。好きにするといいといわれても、
俺が結論を出すにはあまりにも時間が足りなすぎた。
俺は一体どうしたらいい。
歩とは一緒の学校に行くと約束してしまった。
だけど、一方では歩と離れるのにいい機会かもしれないと思っている。
俺は悩んだ。だけど、どうしようもなかったので歩に話すことにした。






「そうなんだ〜お父さん転勤なんだ。おめでとう」

歩がそう言って喜ぶ。だけど俺の表情が暗かったのに気付いたのか、歩が聞いてきた。

「夏目?何か暗いよ。どうしたの?」

そこで俺はできる限り笑顔を作って言った。

「うん、それで母さんはついてくと言っていたから、俺も父さんについてくかもしれなくてね。
来年の春行くんだけど、いつ帰ってくるか分からないんだ。ごめんね、歩とずっと一緒にいるって約束、守れないかもしれない・・・」


歩はしばらく何も言わなかった。そして俺を抱きしめた。

「こんなときまで無理しなくたっていいじゃない。僕の前では素顔を見せてよ。そんな作った笑顔じゃなくてさ・・・」

俺はついにこらえきれなくなって泣き出した。
いつもと立場が逆だったけど、恥ずかしい気はしない。
それどころか、自分の中で溜めていたものが洗い流されていくような気さえした。
歩はそんな俺の背中を優しくなでている。その手が暖かい。


「こんなときまで僕のことを考えなくっていいんだよ。
夏目は自分の行きたい道を進めばいいよ。
そりゃ、ほんとのことを言うと寂しいけどさ。
僕の我侭で夏目を縛り付けたくない。
それに、ずっと会えないわけないじゃない。
きっとまた会えるからさ、行ってきなよ。僕も手紙を出すから。その代わり・・・お土産忘れないでよ」


それでも俺は泣き続けた。今度は嬉し涙だったけど。
呆れられたと思ったけど、それでも歩は優しくなでてくれる。


「ありがとう、歩。俺、お前に話してよかった・・・」

それでも恥ずかしくて顔を上げられなかったので、抱きしめられたまま言う。

「僕も少しは役に立てた?」

「勿論だよ。おかげで俺も向こうに行く決心がついたよ」

すると歩は複雑な顔をしたけど、すぐに笑顔になった。

「それなら、夏目が向こうに行くまで離さないからね」



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