――彼の物だ。
彼の物になってしまった。
この左腕、瞳、脚、皮膚、内臓、毛髪の一本一本から、この魂までも。
僕は、彼の物になってしまったのだ。
水 晶 は 塵 を 受 け ず、 そ し て 花 火 は 烈 花 の 如 く
軍靴の踵で地面に錬成陣を描く。
舗装されていない剥き出しの地面、引っかかる石を除けながら、黙々と地面を削る。雲一つない目の痛くなるような青い空の下、強い日差しに曝されて流れる汗を拭う。乾いた唇を舐め、僕は半ば向きになって陣を描き切った。
暑い。
砂煙が舞い、口の中が砂でざらつく。唾を吐き捨て、僕は錬成陣を見下ろす。
それから、とん、と、地面を足で軽く踏み鳴らした。
錬成の発光。
虫が白熱灯にぶつかると、こういう音がする。ばちっ、と言う音。
僕はその場に跪き、窪んだ地面、錬成陣の中央に錬成されたそれを拾い上げた。拳大の大きさをしたそれは、透明度が高く、綺麗な六角柱状の結晶を成している。イメージとそう違わない、ほぼ満足の行く出来だ。
「水精の錬金術師、ですか。見事なものですね」
背後からそんな声がかけられた。
感心したような、しかしどこか軽薄な、有体に言えば胡散臭い、そんな声である。
僕は手の中で、錬成したそれを転がしながら立ち上がった。砂を踏みしめながら人が歩いてくる音がする。気配など、つい先程までにはまったく感じなかったのに。
「そう難しい錬成じゃないです。こう言う砂漠の砂は、大部分は石英で出来ているし、見事と言われる程でも――」
話しながら振り返って――僕はぎょっとした。目の前にさっきの声の主が立っていたのだ。
口元に皮肉っぽい笑みを浮かべている、黒髪に金の眼の男である。彼は僕の手首を掴み、感心したようにへえ、と声を漏らした。僕は慌てて後ろに下がり、手を振り払おうとしたが、彼は案外強く僕の手を握っているものらしく、手を離してはくれなかった。
「は、離して下さい」
「爆破なんかしませんよ」
狼狽する僕の声を楽しむように笑みを浮かべたまま、彼は僕の耳元でそう囁いた。僕の手から今しがた錬成した水晶を取り、興味深そうに水晶を見つめる。うかつに動くわけにも行かず、黙って彼を見下ろしていると、彼はふと僕を見上げ、くすくすと笑った。
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ」
「お――怯えてなんか」
あからさまに嘘だった。
大体震える声では、全く説得力がない。僕は確かに彼を怖れていた。彼に――特にその掌に、触れられていると言うことは、死に直結しているも同じ……僕は、そう思っているからだ。彼は今すぐにでも僕を殺すことができて、また彼はそれをしかねない。
そう思った途端、急に怖くなった。身体が震え、歯の根が噛み合わなくなるのを唇を噛んで堪える。
「綺麗ですね。こんなに綺麗な水晶を錬成できるのは、国家錬金術師にもそうはいないでしょう」
言って、彼は水晶を僕の手に握らせると、ようやく僕を解放してくれた。生きた心地もせず、上がる息を抑えて、僕は掴まれていた手首におっかなびっくり指を這わす。
と。
「――キンブリー少佐、少佐を苛めるのはやめたまえ」
声をかけてきたのは、僕らと同じ国家錬金術師のマスタング少佐だった。いつもながら何を考えているか解らない顔をしている。この戦場で数々の戦功を上げている彼だけれども、どこか無気力な感じのする、人だ。
「苛めてなんかいませんよ」
彼――キンブリー少佐は殊更に心外だと言うように肩をすくめ、
「彼が水晶を錬成していたから、見せてもらっていただけです」
「だけには見えないから言ったんだ」
嘆息し、マスタングはこちらに歩いてきた。彼の僕の手に握られている水晶を見てから、彼は僕の方を見上げる。マスタングは黒髪に黒い眼の、僕と同い年ぐらいだろうか、僕の方がやや背は高い。確か彼の銘は焔、だったと思う。焔の錬金術師。
似た名前だが、マスタングとキンブリーは気が合わない。今は僕が助けてもらった形になってはいるが、マスタングはよくキンブリーに突っかかる。
「いい腕だな、水精の」
彼はそう、僕の手の中にある水晶を見て言った。
「……有難うございます。マスタング少佐」
軽く頭を下げた。褒められたのは嬉しかったのだけれど何となく視線を合わせたくなくて、顔を上げるのを躊躇う。キンブリーも苦手だが、この人も少し苦手だ。
「しかし、何に使うんだね、そんなもの」
「あ――水晶細工を作るんです」
「水晶細工?」
顔を上げ、僕が答えると、マスタングは変な顔をした。僕の言っている言葉の意味が解らなかったように眉を寄せて、鸚鵡返しに聞いてくる。
――僕は何か、おかしなことを言っただろうか。
不安になって、僕はマスタングを見た。彼は――恐らく、僕の手の中にある水晶を見つめ、俯いたまま腕を組んだ。苦い顔をしている。それは解る。
怒らせたか。
「……少佐、ここは戦場だ」
「はい、けれど……、長いこと彫っていないと、腕が鈍るんです、ですから」
「……人殺しの傍らそんなものを作れる程器用なのかね、君は」
「え?」
今度は僕が、意味が解らず眉を寄せた、マスタングは俯いたままだ。
……人殺し。
人殺しをするのが、戦場だ。
だけど、僕は戦争だけをやっているわけには行かない。僕の本職は軍人ではないからだ。
僕は軍人でも、錬金術師でもない。
水晶細工の職人。
それが、僕の本分である。
錬金術を使って水晶に細工を施すことはできるが、やはり細かい部分の装飾は難しいし粗も目立つ。やはり売り物になるような、特に作品と呼べるような細工が作るには、それなりの腕がいる。
そう言う技術と言うのは使わなければ使わない程どんどん腕が鈍っていくものだ――それでは困るのである。マスタングのような職業軍人と違い、僕は帰った後には水晶職人としての仕事が待っているのだ。
「細工を作る暇はあります。大丈夫ですよ、無理はしませんし、戦闘に手を抜くってことはありませ……」
「私はそう言うことを言っているのではない!」
突然マスタングは声を荒げ、僕の手首に手をかけた。強く握り締められて、僕は思わず呻き、水晶を取り落とす。軽い音を立てて、水晶は砂の上に落ちた。
「ま……マスタング少佐、何を」
「君は平気なのかと聞いているんだ!」
マスタングはこちらを見上げ、厳しい口調でそう言ってきた。
――わけが解らない。
彼は、何をそんなに怒っているのだろう。
僕はぼんやりと彼に掴まれた手を見た。痛い。かなり強く握られている。多分、跡が残るだろう。
だが、何故、マスタングはそんなに、何を怒っているのだろう。
「……くっ」
突然、今まで黙っていたキンブリーが声を漏らした。
マスタングが険しい顔のままキンブリーに目を向け、僕もそれに釣られるようにキンブリーの方を見る。肩を震わせ、さもおかしそうに、キンブリーは笑っていた。
「――何だ、紅蓮の」
「くく、ふふふ……いや、失礼」
マスタングに問われ、キンブリーは笑いながら――口を押さえ、笑いを堪える仕草をした。大袈裟に肩をすくめると、掌に刻まれた太陽と月の錬成陣が見える。
「無駄ですよ、焔の。彼は貴方の言っていることなんか解らない」
「何?」
「考えがまるで食い違ってるんですよ。水精は――いや、これはいいでしょう。
兎角、少佐は貴方とは違う」
キンブリーの言葉に、マスタングは僕を
強い目で睨み付けてきた。僕はキンブリーの言葉を考えながら、マスタングの目を見返す。――彼の言っていることが僕に解らない一方で、彼にも、僕の言う意味が解らなかったのか。
「……あの、僕は」
「君は軍人には向いていないな」
ふと、マスタングは眼差しを緩めて、僕の腕を振り払うように手を離した。片膝を突いて屈み込み、落ちた水晶を拾い上げて、僕に手渡す。
「だが、兵士には向いている。
……出撃は二時からだ。それまでに、その細工のデザインでも考えておくがいい」
「はい、あの」
頷いてから、先程マスタングが何に怒っていたのかを問おうとしたが、その前に彼は踵を返していた。そのまま、走るように早足で向こうに行ってしまう。
わけも解らずキンブリーを見ると、彼はやはり、思ったよりも僕の近くに――目の前にいた。鼻面をぶつける程に顔を近づけてきて、キンブリーはにこりと笑う。
「……貴方は面白い人だ」
「え?」
唐突に言われて、僕は咄嗟に答えられない。キンブリーは笑みを浮かべたまま、僕の胸を押して僕から離れた。
「少佐、完成、楽しみにしていますね」
キンブリーは言って、僕の返事を待たずにマスタングの後を追って行ってしまった。
僕は一人残されて、砂漠の熱砂に温められた水晶を手の中で転がし、釈然としないまま頭を掻いた。
……出撃は、二時から。
「術法増幅器?」
「って、グランの爺は言っていたけどね」
――爺って程でもないだろう。この人は、いつもながら何でこんなに口が悪いのか。
そんなことを思いながら、僕は手渡された指輪をまじまじと見つめた。石が取り付けられている。紅い石だ。紅玉、とは違う、水晶に不純物が混じっているのでもない。硫化水銀に似ている気もするが、微妙に違う。
見たことのない石だった。
「マルコーが持ってきたと言っていたけど」
言いながら、彼女は同じ石のついたペンダントを首にかける。国家錬金術師のロック・レガー少佐。血砂の錬金術師。穏やかでない名前。
「私たちの力を何倍にも拡大するって話だ。それが本当かどうかはわからないが、一部の国家錬金術師に配られてるってのは事実のようだ」
「……はあ」
僕はまじまじと石を見つめた。確かに、妙な感じを受ける石だ。
美しい、が、魅入られれば破滅する。甘い匂いがするわけではない。しかし、見ているだけで酩酊するような。気のせいでしかないのだけれど、そんな気分を催す石だった。
「――傾国の美女って奴かな」
「何?」
僕の独り言を聞き咎め、レガーは顔を歪め笑うような怒ったような表情を作る。彼女は黒い手袋を両手に嵌めたところだった。掌のところに、白く練成陣が描かれている。
「この石ころが美女ね。面白い表現をするな」
「鉱石を扱う仕事をしているので」
適当に答え、僕は軍靴と靴下を一度に脱ぎ、その場に屈み込んだ。
「うん?」
レガーが怪訝な顔をするのに苦笑して、僕は左足の人差し指に指輪を嵌めた。僕の練成方法を考えれば、これが一番いいのだ。
「……ああ、そっか、あんた靴の裏に練成陣描いてるんだもんな!
そこに嵌めるのが一番都合がいいってわけだ!」
笑いながらレガーは大声を出した。声が笑いで震えている。
僕は曖昧な笑みを浮かべながら靴下を履いた。確かに少し間抜けな図かも知れないが、爆笑される程だとは思わない。ちょっと心外だった。
「でも、この石って、本当に一体何なんでしょうね」
その少しの腹立ちを紛れさせるために、僕は口を開いた。
だが、本当に術法増幅器、なんて聞いたことがない。一つだけ、あるにはあるが、それはそう簡単にお目にかかれるものではない。
錬金術師の一生をかけても見ることはできないような物質だ。
「――賢者の石」
「まさか!」
僕の考えをなぞったようなレガーの言葉に、僕は思わず大声を上げた。
賢者の石は、一説には血のような紅い石とされる。まさにこの石はその表現にぴったりだ。
だが、本当にそんな、……まさか。
「……言ってみただけだよ。そんなものが、こんなところにあるわけないだろ」
にやりとレガーは笑って、紅い石をつまんで見せた。そのまま恋人にするそれのように、軽く石にキスを落とす。
その仕草が何となく嫌で、僕は視線を彼女から逸らした。
そこで、がくん、と、車体全体が大きく揺れた。石にでも乗り上げたのか。それにしたって、結構大きな揺れだ。
野営地から離れてまだ十数分と言ったところだ。レガーと僕の派遣場所は方向が同じだから、僕らは同じ車に乗っていた。マスタングとキンブリーは、それぞれ別方向だ。二人が同じ車に乗らなくてよかった。人事ながら、ほっとする。
「死体かな」
髪に手櫛を入れながら、ポツリとレガーが言った。コンテナの後ろから顔を出し、外を見る。
「……まさか」
「よしんばあってもイシュヴァールの死体だ、気にするこたないさ」
冷たく言って、彼女はくるりとこちらを振り返った。紅い目が笑みに細められ、口の端が吊り上る。馬鹿にしたような笑みだ。お前は軍人だろうと目が言っている。だが、軍人だって、死体を踏みつけにして楽しいはずがない。
もう一度、がたん、と車が揺れる。
死体ならこんな感触じゃないだろう。もっと嫌な、やわらかい感触のはずで、だから彼女は、……きっと、僕をからかっているだけだ。
「――私はここで降りるぜ。早くこれの効果を試してみたいからな」
彼女は言って、こちらを向いたまま――あろうことか、走行中の車から飛び降りた。僕はぎょっとして顔を出すが、彼女は大分後方で着地し、既に走り出している。錬金術師とか軍人だとかそう言う問題じゃなく、彼女はどこか異常だ。キンブリーは爆弾狂で自分の趣味に忠実だが、彼女は錬金術に関係なく戦闘狂、そう自分で言って憚らない。キンブリーとレガーが違うのは、レガーが刃止めが利く人で、キンブリーはブレーキなどないところだ。どちらが軍人に向いているのか、それは僕には判断のしようもないが。
僕は髪を掻き回し、奥の方へ戻った。足の裏に痛みを感じて、足元を見る。――そう言えば、まだ靴を履いていなかった。石を踏みつけてしまったのだ。僕は慌てて座り込み、指輪の位置を直して靴を拾い上げた。
――君は平気なのかと聞いているんだ――
――よしんばあってもイシュヴァールの死体――
「ああ」
そうか。
彼はそう言うことを言いたかったのか。
「……平気。
平気かなぁ……」
僕はため息をついて、靴を履き始めた。
その日の戦闘について、僕はあまり語りたくない。
目を閉じ耳を塞いで、自分の行いを消してしまいたいとさえ思った。人殺しを恐ろしいと思ったのは、それが初めてではない。人を殺せてしまう自分を厭だと思ったのは、それが初めてではない。
だが、その日、僕は死んでしまいたい、とさえ思った。無意識に自分の首に手をかけて力を込めて。自分がしていることを自覚した瞬間、どっと全身から汗が噴き出した。膝が笑って立てなくなった。
――何てことを。
僕は何てことをしてしまったのかと、思った。今までだって人を殺してきた、今まで僕が殺したイシュヴァール人は、その日殺した数よりも遥かに多かったはずだ。
だが、こんな――
これは人間がやっていいことではない。
迎えの車に乗り込んで、野営地までがたがたと揺られながら、僕は目を閉じて頭を抱えていた。
野営地に帰ってきたのは、日が沈みかけたころだった。テントの中に入ると、やあ、帰ってきたな、とレガーが陽気な声をかけてきた。黒いアンダーの胸元で紅い石が揺れている。
レガー、マスタング、キンブリー。マルコーとグランを除いて、国家錬金術師がみんな揃っていた。マスタングはいつもの仏頂面をさらに陰気にさせて、キンブリーは笑みを浮かべている。多分、みな石を支給された者たちだと、僕は思った。笑みを浮かべて陽気なレガーとキンブリー、そして、薄暗い表情のマスタング。僕はそのどちらでもない中途半端な顔で、テントの中に入った。
レガーに近づくと、血の匂いがした。
マスタングやキンブリーからは、彼らの銘に相応しく焔や、火薬の匂いがした。レガーもまた、その銘に相応しい。血砂。彼女はそう言う殺し方を好む。遠距離から強大な力を行使するキンブリーやマスタングとは違い、彼女は相手に肉薄し、その肉を裂きその骨を砕きその血を被る。そう言うのが好きなのだ。彼女は。
剣やナイフで殺すより、銃で殺す方がいいと言った女性軍人がいる。マスタングの部下だが――レガーは、その正反対と言っていい。せっかく死ぬんだ。自分が何故死んだのか解らないまま殺してやるより、圧倒的な力を見せ付けられて絶望しながら死んでいくより、自分が今から死ぬかも知れない恐怖と、相手を殺して生き延びられるかもしれない一縷の望みを抱かせて、殺してやった方がいい――彼女は、そう言うスタンスを取っている。
「どうだったよ、! 凄かったろう、その石」
座ったままこっちを向き、レガーは突っ立っている僕を見上げて笑みを浮かべた。紅い唇の端が笑みに歪められている。血を吸ったような赤だ。彼女はそのまま、胸に手を当て、石を掴んで低く笑った。笑みに歪んだ顔が、堪らなく淫靡で――僕は身を震わせる。この人も、怖い。自分もだ。僕は誰かに縋るようにテントの中を見回した。
「……この石は、何なんですか」
ぴたり、とレガーの笑い声が止まる。
キンブリーがくすくすと笑い声を漏らした。……その首に、レガーと同じように赤い石のついたペンダントが掛けられている。――昂揚している。見ただけでそれが解った。
「――赤きティンクトゥラ」
キンブリーの声はわずかに上ずっていた。石をつまみ上げ、歌うように彼は言う。
「天上の石、哲学者の石、大マギステリウム、ウニヴェルサル、
第五実体、フェルメントゥム、大エリクシル、つまりは――」
「……賢者の石だ……と?」
「術法増幅器など聞いたこともない。……賢者の石を除いてはな」
言ったのはマスタングである。
白い手袋の上から、赤い石のついた指輪を嵌めていた。暗い、表情だ。
マスタングの術は元々強力だ。広範囲の攻撃も可能で、条件さえ合っていれば人ひとり消し炭にするなど容易い。彼の焔は全てを飲み込み焼き尽くしたのだろう。
そして彼はそれを、ずっと見ていた。
僕は落ち着かず、左足の爪先でとんとん、と何度も地面を叩いた。
僕は……僕もだ。僕は、何と言うことを。人間ができることではない。こんなことをできる人間がいるものか。だが……
だったら僕は、何だと言うのか。
「……僕は……」
「聞きましたよ。人間を石英化なんてことも、できるんですね」
キンブリーは笑っていた。――何で笑えるんだ。貴方だって石の力を見たはずだ。人を沢山殺したはずだ。
「……あんなことに、なるなんて……」
錬金術の原則は等価交換とされる。質量保存の法則、属性への依存……、焔の錬金術師がその練成に火花を必要とするように、焔からは焔しか作り出せない。同時に、鉱物は鉱物からしか作り出せない。
人間を水晶化するなんてできない。人間には珪素は多く含まれていない。不純物も多い。なのに、あっさりそれができてしまった。
「――あんなことに、ねえ」
レガーがちょっとつまらなそうな顔をした。彼女は僕に自分と同じ素質を認めてでもいたのだろうか。僕が殺人を、戦争を――この虐殺を楽しんでいると?
そんな馬鹿な。僕は、そんな人間ではない。僕がここにいるのは、僕が軍人だからだ。僕は望んで人殺しをやっているのではない。軍属になるのを望まなかったとは――言えないけれど。
「……なあ、そう言えば石はどうしたんだ? まだ足に付けてるの?」
「足?」
レガーの言葉に、マスタングが、変な声を上げた。顔をしかめ、僕の顔をまじまじと見つめる。昼のあの時よりも、信じられない、と言う顔で。
「ちょっと待て水精の、君はそんな――足の指に嵌めているのか?」
「え?」
僕はきょとんとする。僕の錬成陣の位置はマスタングも知っているだろうに。何をそんなに動揺しているのだろうか。
「……そうですけど、何か、いけませんでしたか?」
「へっ」
キンブリーが噴き出した。
そのままで、腹を抱えて爆笑する。マスタングは憮然とした顔で僕の顔を見ていた。僕は何が何だか分からずに、ただ間抜けな顔をして突っ立っている――そう言えば、そろそろ座らせてくれてもいいころだと思う。雰囲気がそんな感じではないので、今まで座れずにいたのだが。
「そ、それで」
と、声を震わせながらキンブリーがこちらを見た。
「デザインは決まったんですか? 少佐」
唐突だったので、一瞬何のことか解らなかった。
が、すぐに合点して、僕は頷いてみせる。昼の水晶細工の話だろう。今日、気を紛らせるために車の中で考えていたのだが。
「何の話だ?」
あの時一人だけ場に居合わせていなかったレガーが、眉を寄せて聞いてきた。水晶細工だそうだ、と、マスタングが突き放したような口調で言う。昼間のことを、まだ怒っているのだろうか。怒っていて当然なのかも知れない。僕だって、――車がイシュヴァールを踏みつけたのではないかと言って笑ったレガーに、嫌悪を覚えずにはいられなかった。
「人間にしようと思っています。だから、誰かにモデルになってもらいたくて……」
三人が三人変な顔をした。
……僕の発言は何だか、さっきから人の気分を逆なでしたり人の不意を突いたりしかしていない。
そんな変なことを言っているつもりはないのだけれど。
「軍人を彫るんですか?」
「はい、せっかく戦場なので、戦場でしか見れないものをと思って」
キンブリーの問いに、僕は頷く。
「せっかく、ね」
意味ありげに呟いて、レガーは僕のことを見た。――僕はやっぱり彼女も苦手だ。
「私はごめんだからな」
真っ先に声を上げたのはマスタングだった。
「人間を水精にして殺すような奴のモデルなんかできるか」
もっともだった。
「私もパス、そう言うのはじれったくて厭だね」
次にレガーがそう言って、両手で罰点を作る。彼女らしい台詞と言えようか。
僕は残る一人――キンブリーに目を向けた。マスタングとレガーの視線も、自然にそっちに移る。キンブリーは腕を組んで、
「私は別に構いませんよ」
「えっ?」
思わず、僕は変な声を上げてしまった。キンブリーは首を傾げて、不思議そうに笑みを浮かべて見せる。
「あ――有難う、キンブリー」
「完成したら見せろよ」
レガーが軽い声をかける。彼は笑って、肩をすくめて見せた。マスタングは相変わらず顔をしかめたままだったが。
思えば……
思えば、それが始まりだったように思う。僕がこんなことを言わなければ、そしてキンブリーが、それを承諾しなければ。
今となっては、言っても仕方がないことなのだけれども。
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長くなったので一度切ります。
水晶細工じゃなくて彫刻じゃないのかと言う突っ込みは気にしない。
アームストロング少佐がいないのは、軍令に背いてさっさと中央に帰されたから、と言うことになってます。