「……家出させてイタダキます」
 言ってコロコロとよく姿を変える珍しい魔族――彼の部下は、懐から一つのカードのようなモノを取り出し、そう言った。
「――は?」
 彼は眉をひそめ、部下が手に持った物をまじまじと見つめ……
「ちょっと待てっ! それは任務用に……」
「ンなこたァどぉでもイインですッ! とにかく、僕は家出しますからネッ!」
「家出とかそーいう問題かぁぁぁぁっ!」
 彼が――覇王がそういって止める前に、部下はその場から消えうせた。




自主休暇満喫中




「……で? どうするおつもりですか?」
「う……ううむ……」
 半眼で言ってきたもう一人の部下――彼の部下は全部で四人いた――に、彼はうなることしか出来なかった。
 銀の髪、深い緑の瞳は、先ほど『家出した』部下がまとっていた神官服と同じ色か。見た目の年齢は四十代。群青のマントなどの服装からして、いかにも『軍人』というイメージがある。それが彼――覇王ダイナストグラウシェラーだった。
 話しかけてきた者は、黒い髪に黒い瞳の少女である。覇王と同じような軍服になされた刺繍は、彼ですら読めぬ。何か意味があるはずなのだが。
 覇王将軍ジェネラルシェーラ。それが彼女の名だった。
「認めるのは非常に腹立たしいのですけれどね。はっきり言ってわが軍の仕事の六十パーセント強をグロゥがこなしてくれてたんですよ。
 そのあいつがいなくなったら、はっきり言ってたいへんなことになるんですけど?」
「……そうだな……」
「そうだなじゃないでしょ!? 今のところはわたくしとブラドゥでなんとかやっていますけれどね。これからとなるとかなりキッツいですよ。覇王様も体験してみますか? デスクワーク」
「……いや、いい」
 一気に攻め立てるように行って来たシェーラに、覇王はため息混じりにそう答えた。
「なら……どうするんですか?
「……どうしよう」
 はぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ……
 不甲斐ない自身に――主人に――二体ふたりは、同時にため息をついた。
 そもそも、コトの始まりは、かなりくだらないことである。
 永遠とわに近い時を生きる、彼ら魔族としては。




「覇王様ッ!」
「……何だ?」
 常にない覇王神官グロゥの剣幕にたじろぎながら、覇王は問い返す。
 それにグロゥは目に涙すら浮かべながら、
「何だじゃないですヨッ!
 燃やしたでショッ! 僕の納豆ッ!」
「あぁ、アレか……」
 覇王は何を思い出したか、げんなりとした様子で言った。
 いつどこで見つけたのか知らないが、『納豆』とかいう人間の食物をグロゥは好んでいた。
 ――が。
 はっきり言って、この納豆はくさい。発酵させて――要するに腐らせて造るモノなだけに、においがかなり強烈なんである。ところによってはこれがたまらなく好きという存在ものもいるだろうが――グロゥのように――しかし、覇王はかなり苦手としていた。
「せっかく買いだめしといたのニッ! どーしてあんな暴挙をッ!?」
「暴挙っ……て……」
 つぅっと頬に一筋汗をたらして、覇王は呟く。
「あれはだな、軍の中でも死ヌルほど評判が悪くて……」
「そぉいう問題じゃないんですヨッ! 僕の納豆ッ!! どうしてくれるんですカッ?!」
「……どうしようもなかろうが」
 げんなりと彼は言った。
 別ににおいが嫌なわけではない。グロゥが好きというのならまぁそれもいいだろう。
 が、結界を張る任のために来たココ――北の極点に納豆がどかどか山積みされてたりなんかすると、やはり流石にクるものがある。
「……そうですカ」
 ふっ、とグロゥはうつむいた。
 なんとなく嫌な予感がして、覇王は眉を寄せる。
「おいグロ……」
「覇王様がそぉ言うンなら! 僕にだって考えがありますッ!」
 言ってグロゥはぴっと懐から――といっても服も体も一部なので、そう見せかけて亜空間から取り出したのだろうが――とにかく懐からカードのようなモノを取り出した。
「……家出させてイタダキます」
「――は?」
 覇王はまじまじと、『それ』を見つめ――
「ちょっと待てっ! それは任務用に……」
「ンなこたァどぉでもイインですッ! とにかく、僕は家出しますからネッ!」
「家出とかそーいう問題かぁぁぁぁっ!」
 彼が――覇王がそういって止める前に、部下はその場から消えうせた。




 ――異界転移用パスポート。
 異界へ旅できるという、かなり便利なものである。
 別にパスポートの形にしなくてもいいのだが、使い勝手がいいのでそういう形にしてあるのだ。
 ……さて。
 北の極点。覇王はとことん憂鬱だった。
 結局シェーラに押し切られ、デスクワークである。
 五人の腹心といえば、存在そのものの大きさが根本的に違うといえ、『あのお方』に次いで二番目に強い『赤眼の魔王ルビーアイ』シャブラニグドゥの直属のお偉いさん方である。彼らが本気を出せば、いかに強い人間といえども一瞬で無に帰すだろう。
 その覇王が……
 ぶちぶちと、地道に、デスクワークをやっているんである。
 これ以上可笑しいことがあるであろうか。
 海王ディープ・シー辺りが見たら徹底的に笑い転げ、後日には魔族中の語り草になっているだろう。
 ……はぁぁぁ……
「覇王様。手が止まっていらっしゃいます」
 自身も驚異的スピードで書類を片付けながら、シェーラは己が主に叱責した。
 ……どうしてこんな。
「理不尽だ……」
「ならグロゥを探して謝ってきて下さい。即」
「………そんなことしたら私が滅びる」
「なら手を休めずにさっさとやって下さい。さぁ。早く」
 ……あああああああ。
 覇王は思わず頭を抱えた。




 ―― 一方。
「お姉サン。コレ下サイ」
「はいはい、いくつ?」
「一つデ。お願いしまス」
「あぃよ。あんた日本語上手いねぇ」
「ドーモ」
 硬貨と引き換えにイカ焼きを受け取りながら、彼はにっこりと微笑んだ。
 水色の髪に黄緑色の瞳。現実には考えられぬ容姿だが。染めているか何かしているのだろう。顔立ちは日本人ではなかった。おおかたこの祭りを観光しに来た外国人だろう。国籍はいまいちつかめないが。
「にぎやかですネ」
「そりゃ年に一度のお祭りだからね……あんた、どこの人?」
「生まれは精神世界面アストラル・サイドだケド、今はカタートってところに住んでまス」
「カタート? 聞いたことないね……」
 首をかしげる女性に、彼は黙ってにっこりと笑った。
 聞き覚えもないのも当然だろう。彼は別の世界の存在ものである。
 まぁ、それを彼女が知る由もなかった。
 ともあれ、今日はお祭りだ。
 実にめでたいことではないか……




「何ですって!?」
 流れるような美しい黒い髪と、黒い瞳。ほっそりとした体つきはしかしやせすぎてはいない。そこにあるのはただ『美女』という名を冠した芸術だった。
 そんな彼女が、何ゆえご立腹かというと――
「覇王! どういうことですっ!? お宅の覇王神官プリーストが家出したと聞いたんですけれど!」
「……あぁ、海王。ちょうどよかった。肩揉んでくれないか……?」
「ンなこと言ってる場合じゃないでしょう!」  自分の肩をとんとんと叩きつつ言ってくる覇 王どうりょうに怒鳴りつけ、海王は目を細くした。
「せっかく仕事を代わりにやってもらおうと思ってましたのに! 私のサボりの綿密なぷろじぇくとをどうしてくれるんですか!?」
「…………」
 自爆する程勝手なことを真顔で言ってく海王に、覇王は一瞬ぽかんとした表情になり……次になるほど、といった表情になった。

 あいつ、納豆にかこつけて逃げやがったな……

 そもそもグロゥも魔族である。個人的嗜好物を燃やされたことぐらいであそこまで徹底的に怒るはずもないのだ。まぁ、多少は怒っているだろうが……
 ……ともあれ、それならば納得できる。海王からも逃げることができ、自分の好物を燃やした覇王じょうしにも仕返しができて、自分は異世界でのんびりとくつろげる。まさに一石三鳥というわけだ。
(もしかしてはめられたのか、私は……)
 もしかしなくても、きっちりばっちりそうだろう。
 彼の今のこの状況が全てを物語っている。帰ってきたら覚えてろ。
「聞いてるんですか覇王?!」
「そうですよ! だいたいグロゥが出てったのも覇王様の所為なんですよ?!」
「何ですって!?」
「ちょっと待てぃッ!?」
 ここぞとばかりにいらんことを言ってくるシェーラに、覇王は叫んだ。
「いいえ待ちません! 大体どうしていつも覇王様がふんぞり返って私たちが仕事しなくちゃならないんです!? 不公平ですよ!」
 何気に魔族の上下関係を根幹から揺るがす発言をしてくる。
「おい……」
 流石に目を点にして呟くが、海王もシェーラのアブなすぎる発言に気づいてはいないようだった。
「そうよっ! 大体あの子はゼロスの次に仕事を押し付けやすかったのに!?」
 いつもンなことしてたんかい。
 心の中のツッコミは口には出さない。
 が、精神世界面アストラル・サイドを通じている彼女には、何かがつながったのか……
「この期に及んでまだ言い訳?! 許せませんねッ!」
「そうですっ! 断固許せませんッ!」
 叫ぶ海王。シェーラが拳を握り締めてまで主張してくる。
 ……ああ、なんかもう……
 海王は頭を抱えた。
 と。
「何? 何かにぎやかだね〜」
 そこに覇王の残る部下二体ふたり――覇王神官プリーストディノと覇王将軍ジェネラルノーストがやってきた。
「……祭りか?」
 覇王が何か言いかける前に、ふと考えたノーストが呟いた。
「お祭り? じゃあ僕も混ざるッ!」
「やめんかぁぁぁぁぁっ!」
 絶叫する覇王を尻目に、その場は自爆するほど混乱の様相を呈していた――




「あぁ、楽しそうね。あの子達」
 下界を笑いながら見つめつつ、彼女は言った。
「私もそのうち降りてみたいわね。
 ……まだもうちょっと退屈だけど。
 もうすぐしたら、面白いことが起こりそうだしね――」
 彼女は――全てを――混沌すらも生み出せし存在は、面白そうにそういって身を翻した。
 タコ殴りに発展しそうな覇王叱責大会を背中にしながら……




 ……その金色の魔王ロード・オブ・ナイトメアすらも驚かせ、『対等』と言わせることとなる、リナ=インバースという人間が『そこ』に姿を現すのは――
 まだもうちょっと先になるけれど。




 何はともあれ、今日はお祭り。
 実に、めでたい話ではないか――?




 さぁ言い訳大会の始まりだ!
 ああああっ! 申し訳ありませんっ! タコ殴りできてませんッ!
 叱責大会まではこぎつけたんですが、その先が書けませんでした……いつか書きます(爆)
 白河様、とりあえず、2000ヒットおめでとうございます&ありがとうございました!




TOP