人々はみんな死んで。その屍をさらしていく。
 ……自分も同じように、死ねるだろうか。
 時々、そんなコトを思うのだ。
 どうでもいいことなのかも知れない。
 ひどくくだらないことでもあるだろう。
 けれど。
 ……不安になるのだ。
 あたしがもし。屍を遺さずに死んだなら。
 もし。あたしの周りにいるひとたちが、屍を遺さずに逝ってしまったら。
 あたしのことを覚えていてくれる人はどれぐらいいるんだろう。
 あたしは彼らのことを、いつまで――いつまで、覚えていられるのだろう……
 時々――そんなコトを。
 そんなコトを思うのだ。




幸せな時間




 姉ちゃんが死んだ。
 覇王ダイナストグラウシェラー――それに、あたしが滅ぼした覇王将軍ジェネラルシェーラをのぞいた二体の神官プリーストと一体の将軍ジェネラルを相手取って。
 ……遺体は――残らなかった。
 将軍ジェネラル一体程度なら、姉ちゃんには敵いもしなかったはずだ。
 姉ちゃんは強かった。凄く強かった。
 力とか実力とかそういうんじゃない。それだけじゃない――心が。
 心が凄く強い人だった――でも。
 覇王ダイナストはまだ生きてる。将軍ジェネラル神官プリーストも一体ずつ、現に揺れている。
 思っても見なかった。姉ちゃんが死ぬなんて。
 思いたくなかった。できるはずがない。いやだった。人を亡くすというのが、どんなに恐ろしいことかッ……
 知るのがイヤだった。ぽっかりと穴が開くような嫌な感じを味わいたくなくて。
 ……誰でも死ぬのに。
 誰でも死ぬのに。あたしは。
 ……どうにかならないかと思っている。
 どうにかしたいと思ってる。
 でも……!
 どうしようもないことはどうしようもない。
 今回のことで――あたしはそれを思い知らされた。
 ……
 姉ちゃん。
 姉ちゃん……



 魔を滅せし者デモン・スレイヤー赤の龍神の騎士スィーフィード・ナイトの名を冠す、二人の姉妹がいた。
 ……彼女たちはどういう生き方を望んでいたのだろう。
 本当は、どんな生き方を?



 ぽたりっ……
 もうそろそろ、出血多量で死んでもいいような感じだった。全身が血に染まっている。だましだましやってきたつもりだったが、足腰にもがたが来ていた。
赤の龍神の騎士スィーフィード・ナイトとて所詮は人か。
 肉体的な死からは逃れられぬな」
「多勢に無勢のくせして……ッ」
 げほっ。
 嘲りの色を濃くして言い放った覇王ダイナストの言葉に言い返した途端、口から盛大に血があふれた。どす黒い。あぁもう駄目なんだなと思った。目の前が揺らぐ……
「……ッ!!!」
 ぐっ、と拳を握り締め、ぼたぼたと流れ落ちる気持ちの悪い血塊を睨みつける。
 右の手に握られた剣は自分の血と魔族の穢れに濡れ、そうして彼女は……
「私は赤の龍神の騎士スィーフィード・ナイトッ! 何人たりとも我を侵すことはできずっ!
 何者も、私を滅せはしない……」
 しかし私は現に死につつある……暗にそのことを相手に悟らせながら、赤の龍神の騎士スィーフィード・ナイトは――ルナ=インバースは不敵に笑い、言い放った。
 そして続ける。
覇王ダイナスト……私を殺して何になると思う?!
 私のようなものはいずれまた現れる! 貴様らがいくら抗おうとも! 輪廻転生の輪を壊せはしない!
 私は……また現れる。今ここで死んでも……それを……」
 忘れるな――!
 剣の切っ先がわずかに震え、ルナの瞳の赤色が揺れる。剣はゆっくりと振り上げられ、切っ先は覇王ダイナストの方に向いた。
 覇王は笑っていた。
「それでいい……時間稼ぎだ。わかるか? 赤の龍神の騎士。
 ……時間稼ぎだ。
 そして――これで貴様とて人であることが証明された――
 貴様がまた現れようと――また滅ぼすだけだ」
 『それ』が笑みの中ににじませているのは、怒りか、恐怖か、あせりか。
 ルナの笑いと覇王の笑いには差があった。彼女は――
 ただ、微笑むだけだった。
「それでも……あんたらに私を滅ぼせはしない。
 ……この、世界も」

 ――

 音もなく赤の龍神の騎士は世界から消滅した。それは完全な消滅ではなく。一時的な消滅であったが……
 ……彼女の死は一度目の神魔戦争の引き金となる。
 当時の人々が彼女の死をどう思ったのだろうか? それは――解らない。
 戦争のきっかけとなった赤の龍神の騎士スィーフィード・ナイトは――その後まだ、この世に戻っていない。


「死んだ」
 乾いた声で呟いたのは誰だったか。
 誰だったのだろうか。
 わかりたくもない。事実を認めることは、確実にその場にいる全員の頭と心が拒否していた。
 ガウリイ、父ちゃん、母ちゃん――、あたし。
 ……どーしてだろう。
 どうしてだろうなぁ……
 あたしはただ拳を握り締めて――
「リナ!」
 ガウリイが制止の声をかける一瞬前に。

 がんッッ!

 ……思いっきり、壁にそれを叩きつけていた。
 ぼたぼたと、血が垂れる。
 けど、痛みを感じなかった。
 感じる余裕もなくて……
「ぁ……」
 あたしは乾いた声を上げていた。
「ぁぁぁぁぁぁぁあぁぁっ!」
 悔し――かった。
「ッ……ぅあぁぁあっ……」
 悔しくて悔しくてしょうがなかった。そして哀しかった。どうして――
 あたしは人を殺めたことがあった。あたしはたくさんの魔を屠ってきた。その人々にも、魔にも……こうやって悲しむものがいたのだろうか。
 ……あたしは自分がやってきたことに後悔なんかしていない。けれど……
 それでも、あたしは……罪を持っている。
 罪があたしから姉ちゃんを奪っていったような気がした。でなければ。
 死ぬはずがないのだ! 赤の龍神の騎士スィーフィード・ナイトが……姉ちゃんがッ!
「あぁぁぁぁッ! うっ……うあぁぁぁッ!」
 がんっ! がんっ!
 何度も何度も壁を殴りつける。血が飛沫になって散った。そして……
「リナ」
「……」  ガウリイがあたしを後ろから抱きしめていた。
「……」  あたしは黙って頬から流れるモノを、血に濡れた手でぬぐった。
「……お前が悲しんで……凄く、悲しんでるのは解る。どうしようもないってことも。
 俺は見てきたから。そういう奴を」
「……」
「でもお前は大丈夫だって思ってる。言っただろ? 俺はお前なら大丈夫だって」
「大丈夫よッ!」
 がんっ!
 もう一度、壁を叩きつける。血がしぶいて赤い……
「……大丈夫。無謀なこととか、したりしない。でも、……」


 今は。駄目なんだ。
「駄目なのよッ! どうしようもない……」
 今だけだ。今だけ――


 鐘が鳴り響く。遺体のない葬式に。
 涙のように。
 ……泣き声のように。
 鐘が。



 ……人々は赤の龍神の騎士スィーフィード・ナイトの死に恐怖した。
 魔の強大さに。そして――
 …………神魔戦争が始まる。




 遅れて申し訳ありません。ていうかわけが解らなくて申し訳ありません。そして暗くて血塗れで申し訳ありません(汗)
 お気に召さねば突き返してください、ぱんだ♪様……(涙)
 前後関係ワケわかりませんし……迷いまくった挙句こんなもんでした(涙)
 そして思ったんです。
 ……どこら辺が幸せな時間? と……
 申し訳ありませんでしたッ!(汗)




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