……何じゃこりゃあ。
 感想は――
 まぁとりあえず、そんなものだった。




手紙




「うー……む」
 白い封筒をひらひらと表裏見ながら、彼女はふと首を傾げた。
 灰蒼のインクで書かれた宛名は、間違いなく自分宛であり――今現在家に一緒に住んでいる弟と異母兄に宛てたものでは決してない。
 それはまぁ――いいのだが。
 彼女は困っていた。それもかなり。
「……なぁ、どうすべきだと思う?」
 と。
 封筒を揺らしながら、彼女は傍らの友人に問いかける。
 全国的にチェーン店を数多く持つ、行きつけの、有名な喫茶店である。コーヒーの香りが漂う店内は、しかし時間帯の問題なのか否かは知らないが、あまり客はいなかった。
「ンなこと知らないわよ」
 そう友人がそっけなく応じる。栗色の髪に赤い瞳の、少女――女性だ。童顔と身長があいまって、年齢を低く見られることをひどく気にしている……それはともかく。
「そこを何とか頼むよ――友だちだろ?」
「トモダチだろーが何だろーが、あんたがもらった手紙でしょ。第三者のあたしからは何とも……いちち」
 セリフの途中で不意に頬を押さえる。彼女はふぅとため息をつき、
「そうは言ってもなぁ……
 ――で、リナは? そっちは虫歯か?」
「まーね」
 頬を押さえながら憮然とした表情で友人――リナは言った。先ほどから珍しく甘いものを控えていると思ったら、そういうことだったらしい。
「定期的に歯医者に行ったほうがいいって、ハーリアが言ってたろうが。
 どうしてそんなになるまでほっとくんだよ」
 ため息交じりに呟きながら、アイスコーヒーをすする――ちなみにハーリア、というのは彼女らの知り合いの名前だった。
 彼女――ヴィリシルア=フェイトは、金の髪に赤い瞳の女性である。
 リナと合わせてみると少々目立つ上、窓際の席に座っているので、通行人たち時折ちらちらと彼女たちの方を見ていった――当の二人は全く気にもしていない様子だったが。
「だぁって、痛いじゃない。
 ……ていうか、他人に自分の口の中をいじくりまわされるのって、何かすっごく耐え難いものがない?」
「同意を求められてもな……
 そもそも、私は虫歯になったことがないから解らん」
「……この健康優良児ッ! 甘い物好きのクセにッ!」
「関係ないと思うんだがな……」
 確かに――虫歯の原因に砂糖はひどく関わってくるのだが。
「――しっかしホントにどうしようか? どうすればいいと思う?」
「だーから。あたしに言われたって解んないってば。
 気に入らないなら差出人に正式にお断りを入れるなり、捨てるなり、燃やすなり!
 何だってしようがあるでしょーが」
「うーん……そうなんだけどなぁ……」
 ……勿体無いじゃないか。なんとなく。
 凄く綺麗な字で書かれているし。
 リナの呆れたような物言いにため息をついて、彼女はまた宛名を見た。
「差出人が解らんから、断りようもないし」
「……いたずらじゃないの? それって」
「いやだって……字、綺麗じゃん。すげぇ丁寧だし――
 そんなコトはないと思うんだけどなぁ……」
 何よ、それ――とまた呆れたように言って、リナはまた頬を押さえる――どうやら相当に痛いらしい。
「そっちこそ、歯医者行ったらどうなんだよ。本格的に。
 ハーリアのところって、確か日曜日きょうもやってたろ」
「……ヤだ。痛いもん」
「何ガキみたいなコト言ってんだよ。行かなかったら余計痛いだろうが。
 ほら、よく言うだろう? 行くは一時の痛み、行かぬは一生の苦痛」
「……言わないわよ」
 ジト目でリナは呟くと、無糖のコーヒーを飲んだ。いつもは、こちらがげんなりとするような量を入れているのだが――と見ていると、
「にがひ……」
 案の定、涙すらためた目で呟く。
「だから、行けって。歯医者」
「……あんたこそその手紙、どーにかしなさいよ……」
 はぁぁぁぁぁぁぁ……
 二人は同時にため息をつき……顔を見合わせて、やはり同時に、苦笑いをしたのだった。








 『愛してます。付き合って下さい。』
 手紙――恋文は、そんなくだりで始まっていた。








「……うー……む……」
「何うなってんのさ」
 別の日。
 茶色の髪と、目。一見して女性のような顔をした青年である――とこういうと、彼はひどくいやな顔をするだろうか。
 ハーリア=フェリア――歯科医としてリナとの話に登場してきた人物。それが彼である。
 彼女は――ヴィリシルアは、あぁ、と頷いて、ひらひらと白い便箋をちらつかせて見せ、
「こういう場合って、普通は『好きです』じゃないかと思ってさぁ……」
「え? 何?、ラブレター? 誰からもらったのさ」
「……それが解らんから悩んでるんだろーが……」
 ため息をついた。最近ため息をついてばかりのような気もする……それもこれも全てこの手紙をもらったからで――問題なのは自分がそれをまんざら嫌でもないということだ! もう少し深刻に悩むべきなのか……あまり解らないのだが。
「――と、そうだ」
 ふと思いつき、ハーリアの方を振り返る。見れば、彼は紅茶を淹れているところだった。こちらを見て、きょとんとした顔をする。
「――何?」
「あー……そう、リナの奴。
 お前のとこの歯医者に来たか?」
「いや――全然、来てないけど。
 ――虫歯なの? 彼女」
「あぁ、そうなんだけどな……
 歯医者には、かかりたくないんだと、痛いから」
 それを聞いて彼は、何ともいえない微笑を浮かべた。
「へぇ。それじゃ、今度僕からも来るように言っておくよ」
「そうしてくれると助かるよ……毎日痛い痛いって煩いからな」
 肩をすくめて、便箋を封筒に収める。他人が書いた自分の名を首をかしげながら見ていると、後ろからハーリアが覗き込んだ。
「……男性の筆致だね。これは」
「解るのか?」
「ま、ね。学生の頃は僕もわりともらいましたし」
 笑いながら言うハーリアに、ふむ、とヴィリシルアは頷いて、
「男からか?」
「……健康な歯を根こそぎ抜かれたい?」
「職権濫用反対。」
 険悪な声音で言うハーリアに呟いて返す。
 ――何にしても、謎の恋文は男性からのものだと解ったわけだ。
 と。
 そこで彼女はふと気づき、紅茶の入ったカップを二つテーブルに置くところだったハーリアを睨む。
「……おい、何で私が――女から恋文もらわにゃならんのだ……?」
「おあいこにしといて。君だって僕に性別に関してひどく失礼な発言をしたわけだし」
「……なんのこっちゃ……」
「にしても、達筆だねー。何かヴィリスへの愛情がむんむん溢れてるなーこれはー」
「話変えるな。しかも口調白々しいぞ。しかもなんだ。むんむんて」
「いやまぁ、ねぇ?」
 ごまかすように笑って――いや恐らく、もとい確実に、実際ごまかしているのだが――とにかく笑って、紅茶を一口飲み下し、ふと彼は首を傾げた。
「……でも、この字、どっかで……」
「何!? 本当かッ!?」
「慌てない慌てない……すぐ思い出すから。
 ……誰だったかなぁ……知ってるような気がするんだけど」
 しばし、沈黙が落ちる。
 いらいらとヴィリシルアが紅茶を口に運び、ハーリアの紅茶がすっかり冷めて、ようやくハーリアは顔を上げた。
「ごめん。やっぱり思い出せない」
 ……がくんっ。
 一気に彼女は肩を落とすと、しばし口をパクパクさせて、
「あー……
 思い出せないんなら初めから期待させるなよ――
 くっそなんかすっごく気持ち悪いっ!」
「ごめんごめん、ちょっと待ってってば」
 苦笑を浮かべながらハーリアは頬杖をつき、記憶を探って視線をさまよわせる。
「確か――僕が学生だった頃に見たと思うんだよねぇ。同級生かも知れないし、ちょっと調べてみるよ。
 多分すぐ解ると思うし――また来なよ」
「そうする。有難な」
「お構いなく。どうせ明日は休みだから。暇だったし」
 言う彼に頷いて、幾度目かのため息をつきながら彼女は立ち上がると、封筒を持ってふらふらと出て行った。




「ぅーん、重症かも」
 ばたん、と扉の閉まる音がしてからしばし、笑いながらハーリアは言うと、やれやれと新しい紅茶を淹れて、
「大体、何で男からもらった手紙を、男の僕のところに持ってくるんだろうね」
 言いながら、それを飲み下す。もしかしたら男性として見ていないのかも知れない。しょうがないといえばしょうがないが……
「ついにヴィリスも男持ちかー……まだ決まったわけじゃないけどさ」
 独り言を言いながら、また一口飲み込む。
 潔癖なまでに片付けられている部屋は、別に彼が綺麗好きなわけではなく、ただ単にものをぽいぽいと捨ててしまうからである――それはともかく。
 彼は熱いままの紅茶を全て飲みきってしまうと――眉を寄せて首を傾げた。
「……でもホント、どこで見たんだったかな、あの字……?」




 ……さて。
 悶々と数日が過ぎて、いい加減机の奥にでも閉まって忘れてしまおうかと思い始めた頃。
「あのッ!」
「はい?」
 ……事件は唐突に解決することになった。
「えーと……」
 声の大きさに戸惑いながら、ヴィリシルアは首を傾げた。
 ……こいつは――どこかで見たことがあったか?
 水色の髪に黄緑の瞳。染めているのだろうか、黄緑の瞳、というのもひどく作り物じみているような気がするのだが。
 年のころは二十歳ぐらいか? いや、自分よりは年下だろう。十七、八といったところだろうか。
「あの、手紙……読んでくれましたカ……?」
 妙なアクセントをつけた口調で言う少年――青年? に首を傾げて、
「手紙……って……じゃ、あのラブレター書いたの……あんたか!?」
「ラブレター?!」
「……違うの?」
 素っ頓狂な声を出した少年に、問いかけると、彼はぶんぶんと首を横に振った。
「てっ……手紙は出したケド、ラブレターなんて……」
「えーと……」
 ごそごそとポケットを漁り、やがて白い封筒を取り出す。
「家にはコレしか来てないけど、あんたが手紙出したの?」
「……」
 封筒を受け取って、少年は封筒を裏表と見……また首を横に振る。
「いや、コレは僕のじゃないヨ。
 ――それに、僕が書いたのは『ヴィリシルア』じゃなくて『フェイト』なんだケド……」
 嗚呼成る程。先のセリフは、『手紙を――「フェイトは」読んでくれましたか?』と、そういう意味だったわけだ。
「私の弟が、名字も名前もフェイトだが……って、まさか……」
 ヴィリシルアはふと驚いたような顔になり、びしぃっ! と少年を指差して、
「まさかお前いわゆるホモか!? そういう世界か?! うちの弟を巻き込む気か二次元ワールドにッ!」
「違ウッ! しかも何だヨ二次元ワァルドってッ!
 大体! 僕が出したのはラブレターじゃないって言ってるダロ!
 ただの中学の同窓会の知らせダッ!」
「それが……何でラヴレター……これうちの住所書いてないけど、お前が直接ポストに投函したのか?」
 言われてまたまた少年は首を横に振る。
「……いや、僕は住所知らなかったから……
 僕の従兄が知ってるって言うんで、それで渡したんだケド」
「……待て。おい。あんた」
 何か――これ、凄くくだらない話のような気がしてきた。
 ひくひくと口元を痙攣させながら、彼女は封筒から便箋を取り出し、少年に見せてみせる。
「もしかして――この筆跡に覚えねぇ?」
「……ゴメンナサイ。従兄のです……」
 そういうわけだった。




「コーヒーを――こぼしたと?」
「……らしい」
 リナの問いに、沈痛な面持ちでヴィリシルアは頷いた。
 またもや、喫茶店。ただし、以前の店とはまた別の店である。
 ため息をつきながら――これが今日で最後のため息になってくれればいいものだが――彼女はコーヒーをすすり、
「――それで、何か原文がワケ解らなくなったらしくてな。
 グロゥ……あー、元の手紙の差出人に問い合わせればいいものの、何をどうまかり間違ったか恋文を代筆したらしい。
 しかも受取人を間違えて」
「……どんな従兄よ。それは」
「直接会ってないんでわからないが、どんな従兄なんだろうな。それは」
「全くね――」
 笑いながらリナは、今日は砂糖のたっぷり入ったコーヒーをすすり――
「……ひぅっ……」
 ぴた。
 ヴィリシルアの動きが止まった。リナは頬を押さえたまましまった、という表情になる。
「なぁリナ……お前、歯医者行ったか?」
 言われてリナは明後日の方を向き、
「人間って行くなら死んだ方がましって場所が、一つや二つはあるものよ……」
「遠い目するなッ! じゃあ死ねすぐ死ね今すぐ死ねッ!」
「ぶっそーなコト言ってんじゃないわよっ! あんたは殺人狂かッ!」
「そっちこそ人聞きの悪いこと言うなッ! 私の問題は終わったんだから、今度ぁそっちだろっ!」
「だって嫌なんだからしょうがないでしょうっ! 嫌なんだからッ!」
「理屈になってねぇぇぇぇぇぇッ!」




 ところで、こういうオチなのではあるが……




「あー、そうだ。思い出した思い出した。あいつだ」
 ぽんっ、と手を打つと、彼はにこりと笑った。
「……にしても、あいつがヴィリスにラブレターねぇ……
 どうも合わないな……」
 首をかしげながら彼は頬杖をつく。
「――元気かな? ゼロスの奴……」


 ……そういうこと、らしかった。




 えー、というわけで、5000ヒットになっております。
 えーと……何ていうか……
 すみませんでした……!
 何やらよく解らないことになってます。いつものことというツッコミはなしの方向でお願いします(涙)
 一番の問題はスレキャラがリナさんしか出てないこと……? いや、ほかにも大勢です(何) スミマセン(汗)




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