柔らかな風が吹き、春の兆しが感じられるお昼下がり。

 もぐもぐもぐもぐもぐもぐ……

 あたしは――正確には、あたしとガウリイの二人は、食堂の中、同じテーブルに座って――少々遅めの、ひるごはんを食べていた。

 もぐもぐもぐもぐもぐもぐ……

 二人の間に会話はない。死ぬか生きるかデッド・オア・アライヴ――己の皿の上の料理を死守しつつ、いかに多くの料理ごはんを口に出来るのか……?
 あたしたちの間にある共通した考え、本能に従った生存術サバイバル。それは『イキモノ』と言う、存在そのものの主張であったかもしれない。
 ただひたすら黙々と食ってるだけじゃねーか、というツッコミはもちろん不可である。
 ゆえに。

「あのぅ……」

 『それ』に水を差すものは、殺気だった二人の、計四つの目で睨みつけられても仕方がないのだろうか、と思ってみたり。
「ひぃいッ!?」
 あ。
 ごくごっくん。
 ふと我に返って口の中のものを飲み下せば、テーブルに着いたあたしの目線より少し下のところに、蒼白の顔をした十代後半のにいちゃんが、身を固まらせて尻餅をついていた。
 オレンジ・ジュースを一口飲んで、まじまじと観察する。
 けっこー身なりのいい美形。長い黒髪を後ろで束ね、紫がかった赤い瞳が印象的で、どこぞの気の弱そうなおぼっちゃん、とゆーのがぱっと見の感想である。偉そうな雰囲気はないが。
「――あんた、何」
 びっくぅっ!!
 問えば、露骨に顔が引きつり身が跳ねて、数十センチは後ろに逃げただろうか。
 尻餅をついたままなので、かなり間抜け。かつ人目を引く。
「いやっ! あのっ! すいませんすいません何がお気に障ったかは知りませんけどほんっとーにすみません謝りますから命だけは本当に勘弁して下さいっ!」
「ちょっと」
「許していただけませんかそうですよね本当に失礼なことをしてしまってお食事中に声をかけるなんて殺されても仕方かがありませんね解りました僕も覚悟をキめますのでまずは遺書を書いて」
「てい。」

 がすっ!

 ちょっと音が派手だったよーな気もしたが、まー問題ないだろう。
 みぞおちに蹴りを入れられて気絶したにいちゃんをそのままに、あたしはごはんを再開した。
 周囲の人が目を点にしてこちらを見ているのは、このにいちゃんの先程の無駄すぎるマシンガントークのせいということにしておく。

 もぐもぐもぐもぐもぐもぐ……

 さっきよりも、やたらと静かになった食堂に、あたしとガウリイの食べる音だけが聞こえていた。


 ……てかガウリイ、ちったぁ何か反応しろよおまいは……




どうでもいいこと。




「ちょっと。あんた。起きなさいよいーかげん」
 日は沈みかけて、あたりは夕日の朱色に染まっている。
 食事を終わったのち、ずるずるとガウリイがあたしの借りている部屋にひっぱってきて壁にもたれかけさせると、あたしは兄ちゃんの肩を揺さぶりながらそうそう言った。
 自分で当て身をしといてなんだが、こう長い時間起きないと、ヤバいところに入ったのではないかと心配になってくる。
「うっ……うーん……」
「お。起きた起きた。」
 ガウリイが兄ちゃんの顔を覗き込んで呟けば、びくっ! とこれまた面白いぐらいにひきつるにいちゃんの顔。
 ……本当に面白いかもしんない。いや。マジで。
「えと……え?」
 動揺した顔できょときょととあたりを見回す。状況が理解できないようで、しばし視線をさまよわせた後、それがあたしに来たところで動きが止まり……
「ッ……ぅひぃぃぃぃいっ!?」
 奇声を上げてずさずさと逃げ惑う。
 まずいっ! さっきと全く同じパターンにッ!
「ガウリイッ!」
「りょーかいっ」
 あたしの声に頷いて、彼はすたすたと無造作ににいちゃんに近よると、いともかんたんに捕獲した。
「っ! っー!」
 ぶんぶんと首を振りながら逃れようとしているが、もはや声も出ないよーである。何をそんなに怯えているのかは知らないが……
 ……本当に知らないから。
 あたしがさっき当て身食らわせたせいなんだろうなぁ、とかは、カケラも思っちゃいやしないから。

 ……………………

 ――嘘です。ごめんなさい。
 ともあれ、あたしはコホンと一つ咳払い、あきれたようにため息をつき、
「あのね、あたしあんたに危害加えるつもり、ないから。わかる?」
「…………………」
 あたしの言葉に、ふと黙るにいちゃん。
「説得力ないぞ、お前……」
「やかましい。」
 言うガウリイをジト目でねめつけ黙らせて、あたしは再度にいちゃんを見た。
「で、何か用だったワケ? 何か質問しかけてたでしょ」
「あッ――えぇハイッ! そぉなんですッ!」
 こくこくと頷きつつ、立ち上がるにいちゃん。
「実は僕、あなたたちに依頼をしたいのですが……」
「それって――あたしたちが魔道士と――剣士だって、理解してのこと?」
 あたしが確認するように聞けば、にいちゃんはまた頷く。
 ……確認した理由は言うまでもない。旅の者だからつって金に困ってるだろーと、わりとトンデモな依頼を持ってくる輩は多いのである。
 例えば、そろそろ畑のキャベツに虫がわいてくる季節ねぇ害虫駆除してくれないかしら、とか。
 例えば、しつこい前の男に嫌がらせしてくれませんか、とか。
 例えば、…………と、挙げていけばきりのないことないこと。
 当たり障りは無いかもしれないが別に魔道士や剣士に頼んだところで別にあんまし意味が無いモノとか。
 おいおいアンタそれってどうよな依頼とか、様々ではあるのだが、それら全てに共通して言えることは『メンドクサイ』かつ『ぜってぇ受けたくねぇ』シロモノなことである。
 そんな深刻な問題か? とか思ったそこの君、一度春先の町の中、人の多いところを旅姿でふらふらとさまよってみるといい。知らない人から声をかけられ倒すことは請け合いである。無論、ついていってはいけない。
 ……閑話休題ともあれ
「それで――何の依頼なワケ?」
「えぇ――実は。
 ほら、そろそろキャベツに虫がわいてくる時期でしょ? ですから害虫駆除を……」




 ………………………………………………………………………………こっ。




「ここまで引っ張っといて結局それかぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」




 めしょっ。




 あたしの誠心誠意まごころを込めた飛び膝蹴りは、名前も知らぬにいちゃんの顔面に、見事にへちあたったのだった。




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