ゆっくりとあたしは起き上がった。
 ……何も聞こえない。何も見えない。それでもあたしは立ち上がる。
 そして歩き出す。
 現実への道を。




ナ ミ ダ




「リナ! リナ=インバース!
 どうして……起きて! 起きてよッ! リナッ!」
 応えない。応えることはない。未だ肌に残るぬくもりは、既に朽ち行くものからの最後の足掻きのように、だんだんと消えてゆく。
 どうしようもない。
 何もできない。
 『復活リザレクション』ですら、死んだものをよみがえらせることはできない。
 泣くことしかできない。それも無意味なこと。
 ただ躯を抱きしめるだけ。それも意味のない行為。
「何でッ! どうして!」
 外傷はない。死は病によるものだった。感染性はない。しかし死に至る病。どうしようもない病。
 黒い髪の少女が、嗚咽を上げながら、ただ躯の名を呼んでいた。




 ……あたしは死んだの?
   ――そう。死んだの。もう何もできないの。


 あたしの問いに、静かに声が応えてきた。誰の声かも解らない。
 解らない。何もなく。全てがあり。完全な静寂。そして世界にあるあらゆる音がそこにきこえ。手に触れるものは何もなく。同時にあたしは手に届くところに全てのものがあった。
 ……あたしはさらに呟く。

 ……あたしはまだ死ぬつもりなんかさらさらない。
   ――でもそれが運命。貴方は帰らなくてはならない。ほら。

 見てごらん。

 この世の終わり。深淵が。ぱっくりと口をあけ、今まさに、あたしを包み込もうとしていた。
 それは大きな化け物のように。無機質な『何か』のように。こちらに向かって呼びかけている。
 そんな……
 あたしは死ぬの!?
 まだおいしいものだってたくさん食べたい。
 色々な場所にいって世界を知りたい。
 たくさんのものをみて学びたい。
 ……そして。
 ガウ……




『認めないッ!』




 叫びが。意識が。はじけ。消え。 あた……しは……無にな……ど……




 …………




 ……女の子が立ってた。
 小さい小さいといわれて育ったようなあたしより、身長はさらに小さい。女の子。十にも齢は届かぬだろう。
 あたしはその子に歩み寄り、近づいて、離れずに、かがみこんだ。
 ねぇ。

 「涙を見せて。
  あたしを呼んだのはあなた?」

 女の子は顔を上げた。
 黄金きんの目があたしを見つめる。髪の毛と同じ。キンイロの。

 ――ここには何もなかった。

 女の子は言って視線を映した。あたしもつられる。無が。ただ。無が。そこにはあった。

 「そう。怖いの?」

 そう問うた瞬間、全てが、あたしの目の前に現れた。美しいもの。醜いもの。全てひっくるめて。この子のもの。

 ――怖くはない。寂しくもない。同時にすべてがあったから。

 女の子は言い放った。元の位置に戻した視線はしかしあたしを見てはいない。少女が見ているのは遠く遠い過去。過ぎ去った過ぎることのない過去。

 「そう。それはあなたが作った」

 あたしの問いに女の子は顔をゆがめた。泣いている。怒っている。負の感情。彼女の側面。

 ――寂しくて寂しくてたまらなかった。変わることのない自分変わることのない世界。あたしの世界。だから。
   あたしは全てを作ったの。


 表情は得意げなものに変わり、すぐに憂いに変わる。嬉しさは瞬間のものでしかないのに。悲しみは、空しさは、虚しきは永遠。

 「でも足りなかった?」

 ――寂しさは収まりきらず。
   あんたを呼んだ。





 闇が光に変わりまた闇に堕ちる。その両方を統べ司り。この上何が足りないというの?




 ……何をやっても虚しいこと。
   『願いが叶わないこと』――その望みが叶えられない。





 だからってあたしから全てを奪わないで。
 あたしからあたしを取らないで!




 ……そうね。
  ごめんなさい。我儘で……
   あなたは私を呼べたから、ついつい――甘えてしまうの……
    本当に。ごめんなさい……





 ――!!!




 あたしは目を見開いた。
 混沌が。
 ――『全て』が去ってゆく。
 あたしをおいて。




 ……ッ!
 がばっ!
「っ〜〜!! リナ!」
「あめ――アメリア?!」
 あたしは抱きついてきた少女を見つめて、それからきょろきょろと辺りを見回した。
 セイルーン……?
 そっか、病気になって倒れて、ココに運ばれてきたんだっけ……
 けどあたしは死んでない。
「あたし……呼ばれたの」
「呼ばれた?」
「……あたし、呼ばれたのよ」
「誰に?」
「呼ばれたの――いえ。
 もういいわ」
 あたしは笑んで、ベッドから起き上がった。
「行こう。アメリア。
 ガウリイたちのとこにさ」
「――えぇ」




 ごめん。
 けどあたしはまだそっちに行く気はない。
 まだ、ちっぽけな人間のままで、いたいから……




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