異世界漫遊記




 世界を飛び出してみたいと思ったことはないだろうか。
 『世界』の定義はこの場合なんでもいい。いや、世界――
 世界とは何だろう?
 あたしは昔、魔道士協会で、あたしたちの世界は賢者の石でできた杖に突き立った無数の大陸の一つだと習った。
 数年前、世界は混沌の海から出でたものだと知った。そこより生まれたものだと。そしてそれは、金色の魔王ロード・オブ・ナイトメアが作り出した、生み出したものだと。
 だが、果たして本当にそうだろうか?
 果たして、本当にそれだけなのだろうか?
 それは違うと思う。
 世界とは全てのものの母が作り出したものよりも、もっと多く、もっとたくさんあるのだ。
 たとえば、国だって世界の一つだろう。家族、職場、教会の中だって立派な世界なのだ。
 誰も彼もが自分の世界を持っている。むろん、あたしも。
 そして、その世界をもっと成長させたいとも、壊してしまいたいと思ったことすらある。
 ……さて、どうしてあたしがこんな話をしているのかというと、だ――
 あたしが、あたしの世界とは別の場所に飛んでしまったので、混乱しているから――である。
 ………
 いや、人間誰しも突発的なトラブルにあったときは慌てるものではないだろうか? かなり混乱するだろーし、どうしていいか解らなくなってしまうことだろう。
 ゆえに、あたしがこんなわけのわからんことを述べたからといって、誰も責めることはできないはずだ。
 うん! そう! そうである! そぉいうことにしておこう! むしろしておくよーにっ!
 …………
 あたしはそこまで怒涛のように考えると、いきなり疲れてがくっ、と膝を突いた。
 森である。森。
 あたしは森に立っている。いや、膝を突いている。
 ガウリイはいない。あたしはひとりぼっちだ。
 ……さて、どーしてあたしがこんなところにいるかというと……




 原因は、みんなあの性悪魔族――ゼロスのせいなのだ――




「リナさんは、旅行に行ってみたいですか?」
「ほぇ? はひいってふのほあうはぁ」
 ――何言ってるのよあんたは、といいたかったのである。念のため。
 うーむ、やはり口の中に食べ物を入れたまま喋るのはよくない。
 とにかく――あたしは言いながら声の主をジト目でにらみつけた。
 いきなり何を聞くのだ。こいつは。
 あたしとガウリイがいつもどおりに朝食を食べているときに、ゼロスはいつもどおりいきなし現れ、話しかけてきた。
 魔王の二つ目の欠片を倒してから数年、あたしとガウリイは元のように旅を続けていた。
 ……元のよーに……
 いやちょっと違うかもしれない。
 違うのは――あたしとガウリイが、夫婦になったということだろうか。
 夫婦らしいことは特に(まだ)何もしていないが、ともあれ、あたしとガウリイは結婚したのである。
 あたしの故郷ゼフィーリアでの、それなりに華やかな結婚式であった。
 ……と、人事のように語ってはいるが、アメリアはちょっと怒ってたなぁ、あたしたちだけ先に結婚しちゃった上に、ゼルはまだ人間に戻れてないもんね……
 ま、そんなコトはおいといて、ゼロスはにっこりと笑って、
「旅行に行ってみたいですか? って聞いたんです」
『旅行ー……?』
 思わずハモって聞き返すあたしとガウリイ。っていうか……
「ガウリイ! あんた話聞いてたの?」
「んぁ? ああ、今ちょうどピーマンを食おうか食うまいか考えてたんだ」
「は? あんたピーマン嫌いじゃなかったっけ?」
「そうだけど、ほら、やっぱり好き嫌いは体に悪いってばーちゃんによく言われてたし、だから、食った方がいいのかなって」
 テレながら言うガウリイに、あたしはさらに驚愕した。
「あ、あんたンな昔のこと覚えてる脳みそあったわけ……!?」
「あのなぁ、俺だってそれくらい……」
「あのー……」
 ……はっ。
 あたしとガウリイは同時にとまった。
 ……しまった、話がずれてた……
「ごめんごめん、忘れてたわ。
 それで、旅行の話だったわね。
 ――でも、旅行って、何でまた?」
 旅行、というのなら、あたしとガウリイは日々旅行しているようなもんである。
 アレだけ念願だったイルマートにはもう三回も言ったし、ルヴィナガルド――数年前、あたしの尽力もあって共和国になった国でワイザーのおっちゃんとお茶だってした。
 ともあれ、そんなあたしたちにどうして今さら旅行なんぞをすすめるのだろう。この男(?)は。
「いいですから、どこに行きたいかだけでも、教えて下さいよ」
「そーね……
 あたしは山に行きたいわねー。夏って山菜がけっこぉおいしいのよね♪」
「俺は海だな。新鮮な魚が……」
 あたしはそのガウリイの言葉に、呆れたようにため息をついた。
「あのねぇ……海なんて、この前も行ったじゃないの」
「山だって行ったぞ」
「そーだけど……」
「リナさんが山で、ガウリイさんが海、ですか……」
 あたしの言葉を遮って、ゼロスが呟き、にやけた笑みをいっそう深くした。
「これは上手く分かれてくれましたねぇ」
「? どーいうことよ?」
 眉をひそめて問うあたしに、
「こういうことですよ」
 ゼロスはぴんっ、と人差し指を立てた。


 ……え……!?


 視界が、ゆがむ――




 ……そしてあたしたちは光に包まれた。




 ……という事である。
 解っていただけただろうか。
 よーするに、ゼロスの大馬鹿野郎のせいで分断されてあたしたちは別々のところに飛ばされたらしいのだ。
 おそらく、あたしは山に、ガウリイは海に。
 ゼロスがどういう意図であたしたちをンな目にあわせるのかどうかは解らないが、とりあえず次にあったらぶん殴る。
 ともあれ、あたしは呪文を唱えた。
 ――まずは、状況確認が先決である。
浮遊レビテーションッ!」
 浮く。確かな手ごたえ。呪文はちゃんと発動するようである。
 ふわりと浮かび、浮かんでいく最中枝やら何やらをかき分けて上昇し――
 木々の上に出る。
 ――
「うわ……」
 あたしは思わず声を上げた。
 山の向こうには灰色の町並みが広がっていた。
 背の高い建物が、所狭しと並び、大気が灰色に染まっている。それはさながら――
 ……灰色の町。
 あたしは一番近い山すその方向を確認すると、術を解除して一気に駆け下りた。




 ……けほっ、こほっ……
 ちょっと気合入れて走りすぎた……
 あたしは咳をつきながら山のふもとに下りる。
 あーっ……
 あたしはそこで思わず座り込んだ。
「何だって、あたしがっ! こんな……ことしなきゃあ……」


 ――なら――やめますか?


 あたしは目を細め、沈黙した。
 胸糞悪い声が聞こえたような気がしたからだ。
 ――馬鹿じゃないの。
 鼻で笑いながら、立ち上がる。
「あたしが諦めたりするわけないじゃない。
 いつだって、全力を尽くすわよ」
 もう一度歩き出す。
 ――この世界を、抜け出さないと。




 灰色の世界。
 ……とても嫌な感じがする。
 よどんだ大気に包まれ、騒音はするし、人々には生気、というものがない。
 歪んでいる世界だ――ココは……
 あるいは、ゼロスはあたしにコレを見せたいのか?


 ……ッぜぇっ……


 あたしは大きく息をついた。
 ああ――海が。
 海が見たいよ。
 ガウリイに、会いたいッ……
 立ち止まって頭を抱え、下を向き、祈るようにぎゅっと目をつぶる。何も聞きたくない。歩きたくない、動きたくない……


 ――  「リナ……?」


 ッ……は……
 あたしは目を開き、顔を開けた。
 ガウリイ。
 ……ッ!
 恥も見えも取っ払い、ガウリイのところに走る。
 一歩一歩ももどかしく、あたしはまもなくしてガウリイの胸に飛び込んだ。
「ガウリイッ……!!」
「リナ――泣いてるのか?」
「――泣いてなんかいないわよ……」
 ただ、空気が目にしみただけ。目が痛いだけだ。大馬鹿者。
 あたしはガウリイに、軽く拳を打ちつけた。
「おや、思ったよりも早く会えましたねぇ」


 ……こういう時に限って聞こえるのが、この声だ。


 あたしはため息をつきながら振り返った。
 ゼロスだ。
「さっさと帰しなさいよ。こんな気味悪い世界、一歩とていたくないんだけど?」
「はぁ、でも僕も命令でしてね、しょうがなかったんですよ。
 リナさんとガウリイさんを分けたのは僕の私情も入ってますけど」
 ……私情?
 あたしは首を傾げた。
 ま、気にしないようにしておこう。いつものコトながらコイツが何考えてるのかわかるということは多分永遠にない。
 ……お役所仕事だっていつものことだし。
「ま、んなこたともかく、さっさと帰……」
 いや、ちょっと待った。
 帰る前に、一つだけ。
「……ゼロス。
 この世界はなんなわけ?」
 灰色の町。灰色の世界。海も山もあるのに。人々には生気がない。
 ……嫌な世界。
「僕らの世界に近く、遠く――そういう世界ですよ。
 僕らの世界は遠くない未来こうなるかもしれないという危険性をはらんでいる。そういうことです」
「こうなるかもしれない……あたしたちの、世界が……?」
「……そうならないために。
 そうさせないためにリナさんにコレを見せたんですよ。きっと」
 にっこりと、ゼロスは微笑んだ。
「さぁ、帰りましょう。僕らの世界に」
「……カッコつけてんじゃないわよッ!」
 あたしはゼロスに蹴りを入れた。と同時に。




 あたしたちを光が包む。




 ……どさッ。
 いっ……
「いたぁぁぁぁぁいッ!」
 硬い地面に思い切り尻餅をついて、あたしは思わず声を上げた。
 ……くそー、わざとだな、ゼロスの奴……
 もう一発殴ってやろうと辺りを見回すが、もういるのはあたしとガウリイだけだった。
 ……それも、町の中の。
 いきなり現れたあたしとガウリイに、周りの視線が集中する。
「あ、あはははははは♪」
 あたしとガウリイは、そろって乾いた笑いを上げて、そのまま全力疾走でその場から去った。
 ――多分これもわざとだ。
 あたしたちに何の恨みがなくとも、絶対面白がってるぞッ! あいつッ!
 今度会ったら絶対泣かすッ!




 ……と、その前に。
 あたしは走りながら、周りを見た。
 緑。きょとんとする人たちの顔。
 ココがあたしたちの世界なんだ。




 ……あたしは目を閉じた。




 ……あの世界が。
 あの灰色が、あたしたちの世界に押し寄せてこないように。
 ……
 いつまでもいつまでも、この世界が幸せでいますように……







 ……魔族がいちゃ、無理か。




 ともあれ、あたしたちが頑張らなくちゃ、いけないのだろう。




 それでは。
 しーゆーっ、あげいん♪




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