……人並みに野心はあるほうだと思う。
野心がなければ評議長などやっていない――まぁ、自分はどちらかといえば、研究のほうが好きではある……とある知り合いが聞けば、迷わず嘘だというだろうが……
――さて。
その『人並みの野心』しかない、『研究が好きな』男が、どうしてこんなところで、こんなことをやっているのだろう。
誰か説明できるだろうか?
――魔道士協会、アリド・シティ支部評議長、ハーリア=フェリアは、セイルーン王国、王都セイルーン・シティ。その城の窓の一つから。
ため息混じりにぼんやりと空を見上げたのだった。
聖王都での超過勤務
(……軟禁――いや。
監禁だよなぁ、コレって……)
彼はさらさらとペンを走らせながら、頭の片隅でそんなコトを考えた。幸か不幸か、二つのことを同時に考えるという特技を最近身につけたらしい。現実逃避の賜物か? そう思うと、気分が無性に暗くなってくるのだが……
……まぁ、それはおいておくとしよう。
ふとペンを走らせる手を止め、彼はもう一度ため息をつく。
茶色の髪と瞳。女性のような顔立ち、そういえば彼自身はかなり怒るだろう。声は低い方なのだが、それでも女性と間違われることは多々あった。それがハーリア=フェリアの大体の外観である。
……さて。
聖王都――と名を聞けば、赤ん坊でも知っているだろう程有名な大国だろう。もっとも、あの金髪の剣士は覚えていないかも知れないが……それは例外として。
セイルーンは、最近、何かと最近トラブルの多い国だ――サイラーグには、流石に勝らないだろうが……それもさておき。
その王国の首都、セイルーン・シティで、ついこの前も奇妙な連続失踪事件があった。
夢鬼――そういう名の魔物を魔族が操り、人間の黒魔力――とやらを集め、覇王に与えていたという。
そのごたごたの後始末を、彼は押し付けられたのだ――
押し付けたという自覚は、多分『彼女』にはないだろうが。
……アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン。セイルーンの第二王女。
本来なら、お目通りかなうこともまれなのだろうが――何故か知り合いである。友人、といっても差し支えないだろうか。友情とか何とか言っていたし。
……それは、ともかくとして。
憂鬱だった。
事件の事後処理なんぞはとっくに終わっているはずなのに、この状態は全く終わらない。アメリア姫の代わりでもさせているのだろうか――いや。
アメリア姫は出奔が多いという。そんな彼女が、こんな身体を壊すほどの量の仕事をこなしているだろうか? それは自分の偏見なのかもしれないが……
いずれにしても、いつまでもこれでは勘弁してほしい。帰ったら副評議長にどやされる。
はぁ……
ため息をつきながら、彼は計算用紙にペンを走らせる……面倒くさい。
「どうして夏だっつーのに来年の予算編成させるかなぁ……」
善は急げ、とは言うが、急ぎすぎるのも問題である。先十年分の仕事を自分にやらせてしまうつもりなのか?
「……ていうか……死ぬし。そんなことしたら。」
なんとはなしに声に出して呟くと、彼はもう一度、大きくため息をついた。
(だるい……)
机につっぷして、大きくため息をつく。
「もーやだ……」
呟いたその瞬間。
「終わりました?」
びっくぅっ!
声を聞いたとたん、大きく身を震わせる。ほとんど条件反射といってもいいすばやさで、ハーリアは扉の方を振り向き、びすぅっ! と扉を開けて現れた女性を指差すと、
「出たな化け物!」
指差されたのは、ハーリアより少し濃い茶髪に青い瞳の女性だった。容姿は美人であるのだが、特筆するほどではない。彼女はにこにこと微笑んだまま、
「……その様子ではまだ終わっていないようで……冗談言ってないで早くやって下さいね」
「人のことを監禁して長時間労働させてるやつが化け物じゃなくてなんだっていうんだッ! 労働組合に訴えてやるッ!」
「分けのわかんないセリフを言わないで下さいませんか? 世界観はファンタジーなんですし……」
「いやそっちこそわけわかんないしッ!」
……ぜーっ、ぜーっ……
妙な会話で一方的に疲れ、肩で大きく息をつく。
「……ミス・フラウン――こっちとしては、さっさとココから出してほしいんだけど?
ていうか家に帰せ」
「嫌です。
……というよりはコレは私の意思がどうこうというわけではなく、フィリオネル王からの命令ですので、そんなお願いは受け付けられませんわ」
「なんだかあなたが言うとものすごく信用できないんだけど……」
「そんなこといっても無駄ですので、とにかくがんばって下さいね」
ばたん。 ハーリアの視線の先で、無情にもドアはぱたりと閉められた。
「………」
彼はどこか引きつりまくった笑いを浮かべながら、扉をねめつける。
「――そっちがそぉいうつもりなら、こっちにだって考えがあるんだよね……」
その呟きを受けた扉は、当然何も語らなかった。
……夜の月が目にしみる。
ハーリアはかすかに笑いながら、口の中で小さく呪文を唱えた。
それなりにいい部屋である。いや、『それなり』でもないか――無駄に豪華ではないが、質素でもない。ハーリアは閑散とした部屋をちらりと見ると、鍵のかけられた扉に向き直った。
「――
開錠」
かちり――手ごたえ。
「魔道士を監禁するのはとても難しい事なんだよね――」
小さな声で呟きながら、細心の注意を払って扉を開く。
「……前回は窓から逃げようとして失敗したから――」
どうやら前にもこのようなことはあったらしい。
ともあれ、気配を極力感じさせぬようにしながら歩いていく。いやに用心しているようだが……
と。
「――ふふふふふふふふふ……」
「う゛っ?!」
どこからともなく笑い声が響く!
「……って、一体ドコから……」
流石に汗しつつ辺りを見回すと、ぽんっ、と肩に手を置かれた。
「逃げ出そうなんて甘い考えは捨てた方がいいですよ」
「っっっ!!」
身をすくませて恐る恐る振り返ると、そこにはやはり――というべきか、フラウンがたっていた。
「に……人間? 本当に人間?」
かなりうろたえつつ言うハーリアに、彼女はにっこりと微笑んで、
「知りたいですか?」
「……いやあまり」
「ならさっさとお部屋にお戻りくださいね」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
にこやかに言い放たれ、思わず彼は頭を抱えたのだった……
……さて。
「アリドに帰りたい……」
流石に涙目である。
先程の部屋、既に朝方。朝食を済ませ、また机に向かう。古びた机には、白い紙の束と、ペンがおいてあった。
――書類の山が憎い。
「あー、インク切れかかってるよ……」
インク壺を手にとってため息をつく。ペン先の方にもガタがきているようだった。
「気に入ってたのにこのペン先……」
どんな気に入り方だ……と自分で自分にツッコんでから、もう一度ため息。
本気で帰りたい。
ハーリアは三度ため息をついて、ペン先を変えようと鞄を漁りに振り返り――
と。
「ハーリア評議長」
「は?」
いつの間にか、背後にフラウンが立っていた。
「……心臓に悪いね。ミス・フラウン。貴方は……」
「気を悪くしたのなら謝りますけど」
「……何かめちゃめちゃ誠意を感じられないからいいよ」
ハーリアはため息をついた。まぁ、彼女のような性格でもなければ、あの姫の侍女などやっていられないだろうが……
「そうですか」
フラウンは相変わらず微笑んだまま頷いた。こういうところに、誰かの影を感じるような気がする……誰に似ているのか。
「ところで」
横を素通りし、鞄の中をひっくり返しているハーリアに、フラウンは静かに呼びかける。
「――はい?」
「本はお好き?」
「……えぇ、まぁ」
大好きである。
――彼も、数年前に逝った彼の両親も、いや、アリドという町ができた頃から、彼の先祖はその町にいた。アリド・シティが書の町として有名になったのがいつなのかはわからないが、幼い頃から色々な本に親しんできた彼である。本が嫌いというのも妙な話だった。
が、なんとなくそれを言うのはこの女性に弱みをさらしてしまうような気がする。
「……それがどうか?」
用心深く、問いかける。彼女はやはり笑いながら、
「セイルーン城の図書室――興味ありません?」
「図書室? そんなの案内されなかっ――」
「あるんですよ。この城に」
――いわれ、ハーリアはきょとん、とした顔になった。
「あと数日、仕事をこなしていただければ、そこから気に入ったのを数冊、持っていかれてもかまいませんよ。
――どうします?」
「どうしますって……そりゃ」
言いかけ、沈黙する。
しばし考えた後、彼は肩をすくめた。
「それじゃ――」
……と、まぁ。
これが。
リナ=インバースたちが聖王都にまたやってくる、数日前のことである。
アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン第二王女の侍女、フラウン。
どうやら、人をコントロールする術を、きっちりよく知っているようであった。
言い訳大会。その2
……ごごごごごごごめんなさいっ! まことに申し訳ありませぬっ!
書いている途中でテンパりはじめ、混乱しつつ中途半端に全編オリキャラで繰り広げてしまいました(汗)
ていうか前回前々回のキリ番もほとんどそうでしたね(汗々) すいません〜……
……何にせよ、相互リンク&サイト開設、まことに有難うございました&おめでとうございました♪
TOP