……人々が宇宙そらへ舞い上がる術を失い、天空そらに浮かぶ大陸でしか生きられなくなってから、既に数世紀が過ぎていた――




魔術師




 爆発音が辺りに轟いた。
 複数の悲鳴。焼け焦げた臭い。ほとんど廃墟になっていた建物は、完全に破壊される。
「……馬鹿な……」
 火傷を負った男が、煙の中からよろよろと歩み出てきた。どうやら、襲撃を全く予想できなかったらしい――その言葉に。
「何が?」
 鼻で笑うような、見下したような声が応えた。
 くすんだ金髪に、藍色に近い青い瞳の男だ。
 顔立ちはハンサムといってもいいが、相手を馬鹿にした、見下したような目つきと表情、さらにあごにはやした髭が、それを台無しにしている。見たところ、年齢は三十代前後、といったところだろう。
 ――男はさらに呻き、至る所に火傷を負った体が限界に来たのか、がくりと膝をついた。
「何故……何故この大陸に『魔術師』が……ッ!」
「魔術師ってのはどこにだっているもんなんだよ。テロリスト」
 説明するように、ゆっくりと、彼は言う。嘲りがたっぷりとこもっていた。
「あんたらに死んでもらう。
 市外破壊で、死亡人数は十八名……だったな。あんたの命で償うにはちょっと多すぎるか?
 手際はなかなか見事だったけど、頭がいいとはいえなかったな。
 爆弾ってのはな、取り扱いに注意しないと――足がつくんだよ」
「くッ……おぉおおおおおっ!」
「それじゃ、残念だけどさよならだ」
 銃声。
 屈辱と、絶望と、苦痛と。それらに引きゆがんだ男の額に照準ポイントして引き金をひき、そのショックで仰向けに倒れた男を見下ろすと、彼はふっ、と笑う。
「二十世紀のポンコツ。こんなもんで命を落とすなんて、考えもしなかったろ? 悪ィが、それも人生って奴だ。
 まぁ――弾は入ってないけどな」
 ――そう。今のは空砲だった。
 銃と、引き金が引かれたという事実と、空砲の馬鹿でかい音により、撃たれた、と錯覚させたのだ。情けない話だが、実戦経験も乏しい人間はほとんどがそうだろう。弱いものをいたぶって、自分の『正義』だとか『主張』だとかを通そうとする人間でも、それは変わりない。それに――
 戦い慣れしている人間に、一対一で敵う素人はまずいない。そういうことだった。
「――楽しそうだな」
 と。
 感情の乏しい、と言うよりは、そういったものが完全に欠如したような声が彼の耳に届く。
 声の主は――黒い髪、冷めた表情の浮かばない黒い瞳の男だった。
 この顔に、笑顔だとか、怒りだとか、人間じみた感情が浮かんだことを、長年相棒をやっている彼ですら見たことがない――浮かべられない、というのが本当の所なのだが。
 彼が、先ほど男が言った『魔術師』という存在だった。
「あら、楽しそうに見えるかい? 俺が」
 男とは対照的に、へらへらと笑いながら彼は言う。
 それに男は即答した。
「見える」
「心外だねぇ」
「嘘をつけ」
 相棒は言って、倒れた男たちを見下ろした。
 ……どれも三十前後、相棒にしてみれば十年弱は年上だが、世間からしてみればまだまだ未来のある方だろう――今の平均寿命は六十前後なので、半分はいっていることになるが。
「……派手だな」
 それが感想のようである。
「派手……ね――」
 確かにそうだろう。ほとんどゴースト・タウンと化している町とはいえ、元は民家だった場所を吹っ飛ばすなど、派手といわれてもしようがない。
「ま、とにかくこれでお仕事は終わりだ。やっと家に帰れるぜ」
「報告書の作成」
「ぐはぁっ」
 相棒の一言に、彼は思わず額を押さえて、呻いた。
「……忘れていた、などと言うのではあるまいな。エド」
「ふっ。忘れたい事実ってのは誰にでもあるもんだ。そういうのに限って忘れちまったりして後で怒られるんだが」
「人間が住んでいなかったとはいえ、建造物損壊だぞ」
「はっはっは。
 細かい過去を気にしていてはいい男になれんぜ。カンちゃん♪」
 空笑いの後、よくわからない屁理屈を言う彼――エドガーに、相棒は少しだが、眉を寄せた。
「カンちゃん言うな。私の名はカンヴァーだ」
「おやおやごめんよ。カンちゃん」
 ――
 音ならぬ音が響き、『何か』が、へらへら笑を浮かべたままのエドガーの右の耳をかすめ、後ろの壁に直径十センチの穴が開く。
「――嫌だったんならそう言えよ。カンヴァー」
「お前が戯けたことを言うのが悪い」
 真顔になって言うエドガーに、相棒――カンヴァーは表情を全く変えずに返した。
 今のが、『魔術』――現在十億と言われている人口の、ごくごく少数の者が操る能力だった。
 彼らを総じて『魔術師』といい、二十世紀で言う『超能力者』のような存在として扱われていた。
 『超能力者』と違うのは、彼らの能力がスプーン曲げやらなにやらの、現実には全然役に立ちそうにない能力ではなく――『武器』としての能力を持っているということ。
 そして、彼らはそれらの力を大切な『何か』と引き換えにして得ていることだった。
「さて、そろそろ行こうか。エド?」
「……ちっ。これってやっぱり弁償金請求されんのかなぁ……」
 今は誰も立ち入らないゴースト・タウン。
 気絶した犯罪者たちをそこへほったらかしにして、彼らはその場を後にした。




 人類が西暦を使わなくなってから、どのくらいの時が過ぎたのか。
 ともあれ、人類は『温暖化による海面上昇』という形で、かつて踏みしめていた大地を失っていた。





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