彼らは、自分たちのことを魔術師と自称した。
 これが公称となるまで時間はかからなかった。
 だが彼らは、その『力』と引き換えに、大切な『何か』を失っていった。




魔術師




 人ごみ、と言うのはどこにでもできる。
 ――例えば、有名人を見るためにできるものや、ただ単に人がたくさんいるからできるもの。
 そして、ここにある人ごみは――実に、今ここでできている事件を見物する為にできた人ごみだった。
「――退がって下さいッ! 危ないですから、退がって――」
 テープを乗り越えて入ってこようとする、物見高い人間や子供を押さえながら、若い警官が必死に叫ぶ。大変なことだ、と心中彼に同情しつつ、結局自分の状況も彼とはあまり変わらないではないか、とうんざりする。人々のざわめきが、ひどくわずらわしく感じられて、彼女は眉をひそめた。
 ――いっそ、拳銃を撃ってしまおうか。空に向けて一発でも撃てば、このざわついた者たちも多少は静かになるだろう。
(いえ、いけないわ――)
 思いついた考えに、ぞっとして首をふる。
 自分は、違う。そんな野蛮な人間ではないはずだ。常識皆無な、そう例えば――『あの』変人男とは――
「――って、あの男!
 ねえッ! あの二人はまだ来ないわけっ?!」
 大声で問いかけると、大声で返事が返ってきた。
「はいっ?!
 警部、あの二人って、エドガー少佐とカンヴァーさ――」
「あぁもうッ! 間違えないでッ!」
 耐えられない、といった感じで彼女は首を振る。
ひとくくりに縛った赤い髪が、さわりと揺れた。いわゆる、ポニーテール、という奴だ。
「いいっ?!」
 ともあれ――彼女は問いに答えた若い警官をきっ! と睨みつけると、大声でまくし立て始めた。
「あいつは『元』少佐よッ! 間違えないでッ!
 そう、昔はどうだったか知らないけど、今はただのおっさんで……」
「とにかく、まだこないと思いますよッ!
 ――というか、あの方々はつい先ほど仕事をひとつ片付けただけだと聞きますし……」
「あぁそうっ! あいつは相変わらず行動が迅速じゃないわっ! 一言で言えば鈍臭いッ!」
「……人のことを好き勝手言ってくれるじゃねぇか……」
 彼女は突如聞こえた、その声に、一瞬身をすくませて――


 銃声が、三度起こった。


 彼女の手にはいつの間にか一丁の拳銃。
 声の主――男の胸に正確に三発、銃弾が叩き込まれていた。鮮やか過ぎる手際である。気配を頼りにして撃ったのだろう。彼女は対象の方を見てもいない。
 ――今までざわついていた人々も、その人々を押さえて、声を張り上げていた警官も、全てがしーん、とした静寂に包まれる。
 当の彼女は一つ大きな仕事をやり遂げたかのように、実に晴れやかな顔をしていた――実際晴れやかな気分のようだった。額に浮かんだ脂汗をぐいっとぬぐう。
 だが――
 撃たれた金髪青目の男は、何事もなかったかのようにむくりっ、と起き上がった。
 彼女――マリアは、そちらの方を驚愕の目で見つめ、ぎりっ、と歯軋りをすると、
「くっ……
 エド、あんたやっぱり人間じゃなかったのねッ!?
 解ったわ、この警官必須アイテムの手榴弾で粉々に……」
「――アホか。
 防弾チョッキだよ。てめーみてえな危険人物に、何も装備しないで行くと思うのか?
 ――つーか手榴弾は必須アイテムじゃないだろ。普通」
「くっ……用意がいいわね……」 
 どうやら、前者だけ聞いて後者は全く無視したらしい。
 彼女はしばし逡巡するそぶりを見せると、やがてにっこり笑って銃を構えなおした。
「じゃあ眉間ね」
「待て待て待て待て。笑顔で構えるな。ていうか出会い頭に人様に発砲すんじゃないッ!」
 エド――エドガーは、先ほど犯罪者に向けていた余裕の笑みはどこへやら、必死の形相で叫ぶ。
「何でよッ!? こんな美人に殺されるなんて本望でしょう!?」
「自分で美人とかいうんじゃねぇッ!」
 だが、実際マリアは美人だった。ひとくくり――ポニーテールにした赤い髪に、きっと鋭く細められた黒い瞳、白い顔は驚くほど端正で、愛想笑いを浮かべていれば、間違いなく男が群がるだろう。警察の青い制服に、しなやかな肢体を包んでいる。
 彼女はうろたえまくったエドガーを見てふっ、と笑い、取り出した際と同じように、拳銃を手品のようにどこかへしまった。そして腰に手をあて胸を張り、
「はッ! 時間にルーズな馬鹿者に、当然の罰って奴よ……って……
 ――あれ? カンヴァーさんは?」
「奴なら別の仕事を片付けに行ったぞ」
 言葉に、彼女は少々残念そうな表情をした。
「……あら、いないの……ま、いいか……」
 よし、おっさんっ! あれを見るのよッ!」
 彼女の指差した先には、横たわったビルがあった。
 ――確か、数年前に大規模な反乱だかなんだかで倒れたビルだ。確かつい先日、もう安全だろうということで、一般人の見学が許可されていたはずだが――
「あんたの仕事はねぇ、あん中で、人質取って立てこもっちゃってる大馬鹿を、人質傷つけずにボコること。
 ……どう? 簡単でしょう?」
「かんた……できるかぁッ!」
「できないの!?」
 驚いたように言ってくる。無茶を言う女だ。いや、もしかして無理を承知で言っているのだろうか――いや、本気でできると思って言っているのかも知れない。万が一、の確率でだが。
 エドガーはとりあえず、あきれた表情をして首を振った。
「できない。無理。俺の専門は爆破。人質救出なんてめんどくせぇこっちゃないの」
「そこを何とかするのがあんたの仕事でしょッ! 年の功で何とかできないのッ?! あたしより二十も年上の癖に!」
「誰が四十二だッ?! 俺はまだまだ二十五歳……」
「嘘つくなこのおっさんッ! あんたとあたしがほぼタメなんて信じらんないッ! サバ読まないでよッ!」
「サバ読んでなんかいねぇッ!」
「あのー……」
 二人の言い合いは、警官の一人にさえぎられて、ストップした。
 思わぬ第三者の介入に、マリアはきょとんっと目をしばたかせて、
「――なに?」
「お願いですからやめてください、お二人とも。
 野次馬が、痴話喧嘩と勘違いしています」




 二人は、一も二もなく口論をやめた。




「……行くつもりなんざさらさらないが、一応聞いとくぞ。
 人質と犯人の数と場所、それに要求は?」
 何だかんだと言いながら、結局行くつもりではあるのかも知れない。
 そんなエドガーの言葉に、マリアはしばし考えて、
「人質は五人、犯人は三人、ってとこじゃないかしら――場所はわかんないわ。
 要求は確か――えーと……」
「私たちに以前捕まえられた、自分たちのリーダーの釈放です。
 奴ら、いわゆる小規模な犯罪組織みたいならしいんですが、そのリーダーが色々指示を出していたんでしょうね。
 要するに奴ら、リーダーがいなきゃ何もできないみたいなんです」
「そうそうそれよッ!」
 自信たっぷりに言うマリアに、彼は呆れ顔をした。
「ちゃんと覚えておけよ……警部だろ、一応……で、武器は?」
「レーザーガン。
 ――ま、今のご時世に、あたしやあんたみたいに弾込めなきゃ使えない鉄砲持ってる奴もいないでしょうけど」
「確かにな……けど、結構値が張るんじゃねえか? それ」
 今度はマリアが呆れ顔をする番だった。
「いつの話よ。今ならこっちの銃より安く変えるわ。そうね、あたしがよく行く裏市場では――」
「待て。何で警察のお前が裏市場なぞ行くんだ」
 半眼で言うエドガーに、彼女は得意げに、
「使えるものは有効利用するのが賢い人間でしょう?」
「あほかッ! 取りしまれっ! 警部だろッ!?」
「いいじゃないさ別に! それにあんただって裏市場御用達のくせにっ!」
「俺は一般人だからいいんだよッ! てめーこそただの古いもん好きだろうがッ!
 古いもん好きなら古いもん好きらしく、竹槍持って突っ込んでろッ!」
「はぁッ?! なにざけたこと言ってんのよこの年寄りッ!
 意味ない減らず口たたいてる暇があったら、あの中の犯人でもぱぱぁっと捕まえてきてみたらどうなのッ!?」
「誰が年寄りだッ! 上等じゃねえかッ! てめーの顔見ないで済むんなら、どこへだって行ってやるよッ!」
 売り言葉に買い言葉。
 ――だが無論――この言葉がかなり致命的だった。
 マリアは先ほどの憤怒の表情はどこへやら、にんまりと微笑むと、
「じゃあ行ってらっしゃい。人質救出頑張ってね、エドガー=タングステン『元』少佐♪」
「……っちぃ。解ったよ。マリア警部……」
 エドガーはしばし沈黙していたが、やがて観念するように言い捨てると、がしがしと自分の首筋をかいた――これは彼の癖である。今はここにいない相棒に言わせれば、不潔らしいのだが。
「じゃ、犯人はなるべく殺さないようにしてね」
「なるべく――だな?」
「一人残せれば、上出来ってところかしらね」
 危険な笑みを浮かべて言う彼女に、彼もまた、ふと笑みを浮かべて頷いた。
「なるほど。まぁ、頑張ってみますよ。マリア=マーブル警部♪」
「名字は言うなッ!」
 再度響く銃声と、野次馬たちのざわめきをバックに、エドガーは人ごみのほうへ消えていった。




 横たわったビル――犯人たちに見つからなさそうなルートを選び、割れた窓から潜り込んで、はぁっ、と、一息をつく。
 煙草の臭いがする、と思ったとたんに少し吐き気を催して、彼は顔をしかめた――らしくないとはよく言われるが、自分は煙草が合わない体質らしく、臭いだけで気持ちが悪くなる時すらある……ちょうど今のように。
 それはさておき――彼はすたすたと無造作に歩き出した。
 瓦礫だらけで――もちろん崩れた当時のように死体はさすがにないが、その時張ってあったポスターなどが、横になっていた。天井はかなり高い――元々は通路の突き当たりだった場所が、天井である。壁には横になったドアがあって、そこから覗くと、床がかなり下の方にあり、デスクなどが下の方にあった。
「……映画とかなら」
 こそこそ隠れて歩く、というのは性に合わないのだろう、わざと大きな声で、エドガーは独り言を言った。
「こう――敵とかに見付かって、それをあっさり倒して、見事ボスのところにご案内ってなもんなんだが……ま、そう上手く行くはずが……」
「貴様ッ! どこから入ってきやがったッ!」
 上手く行くはずが――あった。
 二十歳前後だろうか、黒い髪の青年である。普通にそこらを闊歩している若者たちと少しだが、決定的に違うのは――彼がレーザーガンを持っていることだった。青年はこちらが視線を向けたその瞬間、はじけるようにレーザーガンを構え、引き金を――
 だぁんっ!
 銃声が、響く。
 ――突然だが、レーザーガンの特徴にして利点となっているのが、静かだと言うことだった。音と言えば引き金を引くかちり、という音ぐらいで、他にはほとんど音が出ない。消音装置のそれにも勝るだろう――要するに。
 今撃たれたのはエドガーではなく、青年の銃を握っていた手だった。
 レーザーガンががしゃり、と落ち、それより少し前に発射されたレーザーは、彼にかすりもせずに壁にぶち当たった。じゅっ――という焼け焦げた音がして、壁に少しだけ穴があく。
 エドガーは、撃たれた手を押さえてうずくまっている青年に近づいて、レーザーガンを拾い上げた。エネルギーボックスを抜くと、銃はそこいらに放り投げる。
「――聞きたいことがあるんだが、答えてくれるか?」
「何でも言いますッ! 言いますから命だけは――」
「あー解った解った。解ったからちゃっちゃと答える」
 しなくてもいい命乞いをしてくる青年にうんざりしながらも、彼は面倒くさげに言った。
「まず一つ目。お仲間と人質はどこにいる?」
「じゅ、十二階の会議室だッ!」
 ――十二階。恐らく、このビルが立っていた頃のフロアを言っているのだろう。確かここは――五、六階のはずだ。
「めんどくせぇなぁ……ま、しゃあないか……
 じゃ、二つ目だ。一応確認するが――あんたらの数は?」
「俺を入れて五人」
「五人ッ!?」
 エドガーは思わず叫んだ。そのまま青年から目をそらし、首筋をかく。もちろん、この間銃の照準はずらさない。
(五人だと――くっそ、マリアの奴……)
 もちろん、姿を見せぬ犯人の数を特定するのは難しい――というより、三人いると解っただけでも上出来と言うべきだろう。だが、こういう時、毒づくべき相手は警察――あの女警部しか思い浮かばなかった。
「さて――それじゃ」
 エドガーはくるりっと青年の方を向き、にんまりと微笑んだ。
 ――後日談だが、後に病院送りになった青年が語ることには、その笑みは悪魔の笑みに見えたという。
 当て身。
 青年はぐぇっ、と奇妙な悲鳴を小さく上げた後、ずるずると倒れると、そのまま気を失った。
「よしゃ。行きますか」
 用意周到。持ってきたロープで縛ってそこら辺に転がしておくと、彼はすたすたと歩き出した。




 ちなみに。
 ――この青年がマリアの放った三発の銃声を聞いて来たことを、エドガーは知らない。




「遅いな――」
 仲間の一人が呟いた。犯人五人―― 一人はエドガーにのされたので、ここにいるのは四人である。リーダー格と思われるいかにもガラの悪いスキンヘッドの男は、ちっ、と舌打ちして、
「……サツの野郎が入ってきたようだな……」
「お、お前らもこれで終わりだなッ!」
 人質五人のうちの一人――中年の男が、震える声ながらも、後ろ手に縛られたまま立ち上がり、勝ち誇ったように叫んだ。そちらの方をスキンヘッドが睨むと、中年男が突然、苦しみ始める――ちょうど、首を絞められた時のように。
「――がッ……」
 男が白目をむいたところでスキンヘッドが目をそらすと、がくりっ、と男は膝をついた。
「――見せしめに、一人二人殺るか」
 さりげないその言葉に、大きく息をつく男以外の人質が、小さく悲鳴を上げた。若い夫婦に、その子供と思われる赤ん坊、そして老人――赤ん坊は無邪気に笑っていたが。
「そうすればサツの野郎共も、ちったぁおとなしくなるだろうが。え?」
 ――正確には、警官隊を指揮しているのは野郎ではなく女性なのだが、マリアは降伏勧告もしなかったので、スキンヘッドは知るよしもない――犯人たちは、品定めするように人質五人を見回して――

 突然、爆音が響いた。

「な、何だッ!?」
 犯人の一人が立ち上がり――その瞬間銃声が響く。右肩を撃ち抜かれ、思わず銃を取り落とし、のた打ち回る――正確な射撃だ。
「ひ、人質だ! 人質を盾に――」
 銃声――二人目。今度は腿だ――続けて銃声が響き、三人目は胸の辺りを撃たれた―― 悲鳴を上げるまもなく、一瞬で絶命する。
 そして、リーダー格の男……スキンヘッドは――壁を睨みつけた。
 派手な音を立てて壁が崩れ、射撃手が姿を現す。金髪に青い目の男――エドガーだ。瞳には驚愕の色。
 だが気を取り直して銃の照準を――
「――ッ!」
 唐突に全身に痛みとも痺れともつかない感覚が走る。悲鳴すら上げられない。
 かしゃんっ――と音を立てて銃が床に落ち、床――壁が目の前に近づいた。
「魔術、師……ッ!?」
 全身がしびれて動かない。舌もろくに回らない――何とか頭だけを動かして、スキンヘッドを見る。
 ――油断した。対魔術師の訓練など、腐るほど受けたというのに、こんなチンピラもどきの小物魔術師にしてやられるとは……
「寿命が延びたな」
 人質に向けて、スキンヘッドは呟いた。
「こいつが代わりに死んでくれるとよ――外の連中にてめぇの首でも見せりゃ、ことが早く運ぶ」
「……泣いて喜ぶやつもいそうだがな」
 エドガーのため息交じりの言葉に、スキンヘッドはかすかに口をゆがめて――

 ……ごんっ。

 鈍い音。
 頭に落ちてきた瓦礫によって、ばったりと倒れた男をまじまじと見ると、エドガーは痺れが薄れてきたのを確認して、思わず上を見上げる。
「無事か?」
 感情のあまりこもっていない声。
 黒い髪の青年が、割れた窓の前に立っていた――相棒……カンヴァーである。
「カンヴァー……どうしてここに――
 あ、ちなみに俺は無事だ」
「お前なんかどうでもいい。そこの禿頭の男だ」
「とくと……? あぁ、このハゲか。いちおー生きてるみたいだけど?」
 エドガーの戸惑いながらのセリフに、カンヴァーは心なし、満足げに頷く。
「そうか――なら、これで私の仕事は完了だ」
「ああ、なるほど――」
 エドガーはようやく合点がいった。
 何の因果か知らないが、この男、カンヴァーが仕事で追っていた魔術師らしい――どうやら小物ではなく、ちゃんとした戦闘訓練をつんだ魔術師のようである。人は見かけによらない。
「――それはともかく、どうしてそこに転がっている?」
「すまん、カンヴァー……ちょっと、肩貸してくれ――」
 エドガーが情けない声で言った。
 カンヴァーは、少し眉を寄せた――表情をあまり動かすことのない――動かすことのできないその表情は、少しあきれているようにも見えたが。




「エド! 怪我したわけ!?」
「いや、動けないだけだ。魔術を使われたらしい」
 先ほど舌戦を繰り広げていた時とは反対に、顔を青くしたマリアの問いに、カンヴァーが冷静に答えた。彼女はほう、と安堵の息をつくと、勝ち誇ったように胸を張った。
「ふん。やっぱりあんたには荷が重かったようね」
「――その俺に行かせたのは、どこのどいつだ……」
 力なくエドガーは言う。足の痺れが全身に来たような感じだ。はっきり言ってかなりキツい。
「負け惜しみは見苦しいわよ、おっさん!」
「誰が、おっさんだ……」
「ええいうるさいわね! ペンでおっさんって書いてあげるわ!」
(声の大きさで言えば、警部の方が五月蝿いような気がするのだが……)
 カンヴァーは思ったが、口には出さなかった。彼女を敵に回すと怖いということは、少し気分を悪くさせたかと思った次の日から一週間ほど、不幸の手紙が十通一度に送り続けられてきたことでも立証済みだ。
(どうでもいいが、私の耳のそばで口げんかするのはやめてほしいものだ―-)
 彼は思ったが、やはり口には出さなかった。
 空は青く晴れ、周りにはマリアの勝ち誇ったような叫びと、エドガーの力ない怒声が響き渡っている。
 カンヴァーは気がつかれないように、ふぅっと小さくため息をついた。




 余談ではあるが。
 エドガーに手を撃たれ、当て身をされて転がされていた哀れな青年は、その後二日ほど放置され、見つかったときは警察に泣きついたという。
 もう悪いことはしないから、ああいう男をのさばらせておかないでくれ――
 彼の願いが真剣に議論され、間もなく却下されたのは――とりあえずは、さらに後日のこととなる。




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