――夜
――……なんですか 父上
――新しい家族ができた
――…………また冗談ですか?
――冗談じゃないよ
いいかい 夜 お前 お兄さんになったんだぞ
――…………………
「……っのドスケベ親父ッ! 母上死んだのいいことに人間の女に手ぇなんぞ出しちょるでねぇぇぇぇぇっ!」
と、いうような意味の竜語が、リナたちが泊まっていた宿の一室に響いた。
人間と言う存在は……いや、人間でなくても、ある特定の人間に対して地が出たり、逆に本音がどうしても言えなかったりすることがある。
ヨルムンガルド――カタート山脈における魔王竜の群れで、次に長を務める竜として最有力候補とまで言われていた彼も……どうやらそのタイプのようだった。
――朝である。
ちゅんちゅんっ――というありがちな小鳥のさえずりが聞こえた――今の大声でほとんどが逃げてしまったようだが、根性のある鳥もいたものである。
「…………しまった……」
彼はベッドの上で膝を抱えると、青い顔をして、ぽつりっ、と呟いた。
同じ部屋には、今の大声のせいか、小さくうなりながら目を覚ますフェイトとゼルガディスに、大きな音が鳴ろうと関係ないのか、変わらずに健やかな寝息を立てているガウリイがいた。
獣神官の勧誘状況
聖王都に向かい始めてからはや十日……つまり、ヴィリシルアとフェイト、それになぜかヨルムンガルドさん――夜さんが旅の仲間に加わってからも、十日も経っている。フィルさんに会うのが怖くて、ゆっくり旅をしているのだ。
セイルーンまでは、恐らくあと三日か四日というところだろう。七人という大所帯で旅をするのも、もうすぐ終わりなのだ。
そんなのんびりゆったりとした旅の中で、ちょっとした発見もあった。
それは――
「――夜さんもあんなこと言うのね」
「なんのことだ?」
朝――微妙に視線を逸らしつつの夜さんの言葉に、あたしはにんまりと笑みを浮かべた。
「ほら。今朝大声出してたじゃない。あたし結構竜語は解る方なんだけど」
「…………」
沈黙する夜さん。あたしはぽんぽんっ、と夜さんの方を叩きながら、
「ほら、でも気にしない方がいいですよ。カタートの方で過ごしてたわけだし、訛りもあるでしょうから」
「………………………」
視線を逸らしたまま去っていこうとする彼の袖を、あたしはぐっ! と掴む。もちろん顔ににこやかな笑みは忘れない。
「そ・う・い・え・ば♪ 夜さんのお父さんとお母さんってどういう人なの?」
「……話したくない。考えるだけで頭が痛くなるからな」
沈黙の後、ぽつりっ、と呟く。
意外な発見――
それはつまり。
夜さんはいつも両親の話になるとこの反応だ、ということだった。
彼はあたしの手をさりげなく振りほどこうとしているが、こちとら振りほどかれるようなヘマはしない。
「逃がさないわよ」
「…………なら、リナ=インバースよ。お前の父君と母君はどんな人間なのだ?」
「う゛っ!」
そ……そぉくるかっ!?
あたしは思わず言葉に詰まる。
彼のこと、とっくにあたしの両親については――もちろん姉ちゃんについても――調べがついているのだろうが、それを承知であえて聞いているのだろう。二人とも、あたしごときが説明できるような人種ではないことをッ!
「あっ……あたしのことはいいから夜さん、教えてっ!」
「だから嫌だといっているだろう。お前が説明したら私も喋らんことはないがな」
……くっ! やるな! 夜さんッ!
あたしは思わず拳を握り締め……
「――それでは私は朝食を摂る必要がないから二度寝する。お前はあの金髪の青年がが来る前に食べた方がいいのではないか?」
思わず握っていた夜さんの袖を放してしまい、彼はさっさと、逃げるように自分の部屋に戻っていった。
――ガウリイの名前、もしかして覚えていないんだろーか……
そんなはずはないのだが、いつも金髪の青年金髪の青年言われてると、そんな気もしてくる。
あたしは閉まったドアを見つめて、そんなことを考えていた。
ドアを閉め、それに寄りかかって、ヨルムンガルドは思わず脱力した。しゃがみこんでうつむき、ぽつりっ、と呟く。
「疲れる……」
「当然だ。相手はあのリナだからな」
事情を唯一話した
合成獣の青年が口元に笑みを浮かべながら即答してきた。が、目が笑っていないところを見ると、この青年も犠牲者か。
着替え終わって、もう旅姿の青年に、彼は疲れた目を向ける。
「……まさかあれほどまでに口が達者で強引だとは思わなかった」
「リナだからな」
「………………」
当然のようにに言ってくる青年――ゼルガディスを何となく信じられない面持ちで見つめながら、彼は思わず沈黙した。
彼女については、その一言で説明がついてしまうものだろうか。
――何となく、ついてしまうような気がする。
「お前もよくあんな少女と旅をしていられる――まぁ、それを言うならこの男も同じか……」
まだすやすやと寝ているガウリイを見て、ヨルムンガルドは苦笑する。確かこの青年は、あの少女と――もう少女という年齢ではないのかもしれないが――あの少女と、もう六年、共に旅をしていたと思ったが――
「こいつはガウリイだからな」
「……お前の旅の一行はそれでみな納得がいってしまうのか?」
ヨルムンガルドの言葉に、ゼルガディスは口の端に笑みを浮かべた。
「まぁ――そうだな。アメリアも同じようなもんだ。あいつが正義バカなのも、アメリアだから、あいつだから――と言っちまえば、全部説明がついちまうような気がするからな」
言葉に、彼はため息が出るのを感じた。立ち上がって、苦笑する。
「――私の父も、そういう
竜だから、で済ませられればよかったのだがな」
それで済まなかったから、謀殺されたのだが……それだけで済んでいれば、どんなに良かったか。
「まぁ――そこで立ち聞きしているヤツは、そういうヤツだから、で済ませられるかもしれんがな」
「おや、見つかってしまいましたか」
朝なのに部屋が薄暗いのは、カーテンが閉まっているからだが――その部屋の一番闇の濃いところに、黒い神官が立っていた。
先程まではそこに、存在すらしていなかったのに。
それが、彼の素性を物語っていた。
――魔族である。
「ゼロス。お前、まだあの二人を勧誘するつもりなのか?」
呆れたようなゼルガディスの言葉に、神官の魔族――ゼロスはいつもの笑顔で頷いた。
「ええ。ま、なかなか頷いてはくれませんけど――
そうだ、ヨルムンガルドさんとフェイトくんの関係を明かしてしまったらどうでしょう?」
「お前、二人に
密告る気かッ!?」
「チクるだなんて人聞きの悪い――僕はただ、二人にこっそり事実を伝えたいなぁ、と」
「それを密告というんだよ」
半眼で言うゼルガディス――対照的にヨルムンガルドは黙ったままである。
――が、唐突に口を開く。
「魔族というのは人の神経を逆なでするのが得意なようだな」
「無表情で逆なでって言われても……」
困ったように言うゼロス。――と言っても、見せかけだけだろうが。
「そんなことを言われると、私が喋りたくなるぞ。二人に。
よく考えたら黙っている理由などあまりないしな。というか皆無」
「そう言えば……」
ゼルガディスが横で納得しているが、ゼロスはそれどころではない。
「って、そんなこと言ったら、僕が二人を勧誘する方法が少なくなっちゃうじゃないですかッ?!」
「まぁ、あんな父親の体裁保ってやるような真似はしなくてもいいしなぁ……」
「だからぁぁぁぁぁッ!」
「やっぱり今から言ってこよう」
「あああああっ! 待ってくださいいぃぃいぃッ!」
さりげにゼロスの返事を待ってからセリフを言うヨルムンガルドに、ゼルガディスは視線を向ける。
(絶対楽しんでるよな……ゼロスの反応を)
もしかしたら、この魔王竜は、
魔族より――もしかしたらリナよりもタチが悪いのかもしれない。
そんなことを思いながら、ゼルガディスはため息をついた。
「と、言うわけで、私とフェイトは異母兄弟だ」
食う必要もないのになぜか食卓についているヴィリスとフェイトに、これまたなぜかやってきた夜さんが、開口一番そう言った。
ヴィリスは夜さんにジト目を向け、
「何が『と、言うわけで』だよ……って、えぇぇぇぇえぇぇぇえぇえええぇぇぇぇええッ!?」
ごほっ! げふっ!
叫んだ後にうつむきながら盛大に咳き込んで、周りの視線集めまくりつつヴィリスはがばっ! と顔をあげた。
「ちょっと待ったッ! ンな唐突って言うか簡単に言ってどーするッ!?」
「へー。そうなんだー」
「フェイトも簡単に納得しないッ!」
パニくりまくるヴィリスに、何か単純に納得しているフェイト。それに何か知んないけど後ろでうずくまって泣いてるゼロス。
……いや……あたしも驚いてるけど……
そのある意味混乱しまくった場を、どこか満足げな顔で見つつ、夜さんは一つ頷いた。
「うむ。やっぱりもっと早く言っておくべきだったかも知れんな」
「『うむ』って夜さん……ていうか、どーして今までンな大事なこと黙ってたんですか!?」
アメリアのこれまたパニくりまくった叫びに、彼はまた頷くと、
「父の『とりあえず何か大事があるまでは従兄ってことにしとくように』という遺言がだな――」
「うわ。なんか、適当な遺言だなぁ」
「ををっ! ガウリイにしちゃまともな意見ッ!」
あたしのしごくまっとーな驚きに、彼は呆れたような顔になる。
「……お前な」
だって事実でしょーが。
あたしは笑いながら呟こうとして――
――じゃ、ないッ!
と、とーとつに我に返る。
「違う違う違うって! そもそも後にいるゼロスは何なのよっ! ていうかどーして夜さんは言う気になったのよっ!」
「ゼロスが私とフェイトが異母兄弟だって二人に話す気でいたからな。
――そんな形で喋られるよりは、この場でさっさと喋ってしまった方がいいような気がした」
「なるほど……」
そういう言い方をされれば、納得できるような気もする。
「納得するなよ……そもそもあっさり話せばいいもんでもないだろッ?!」
「いいじゃないか。フェイトは少なくとも納得した」
「――それもそうか」
意外とあっさりと納得するヴィリス。きっと彼女も根は単純なのだろう。
「ううううううう……」
そしてあたしたちの背後では、嘆きまくるゼロスが一人――いや、一匹。
「まぁ、こっそり秘密明かしてドサクサで契約しようなんて、失敗してとーぜんよね」
「しくしくしくしく……」
えぇいっ! 泣くな見苦しいッ!
あたしはゼロスを無言で踏みつけると、夜さんの方を向いた。ふと思いついて、目を見開く。
「異母兄弟――っていうことは夜さんの母親って――」
「三十年程前に死んだ」
「あ……
――ごめんなさい。あたし、何か無神経なこと聞いてたみたいで……」
気まずい面持ちになって呟くあたしに、夜さんはやはり意味なく頷くと、
「いや、かまわない。
――代わりといってはなんだが、お前の両親はどんな人間なのだ?」
夜さんのセリフに、あたしは思わずずっこけそうになり、ゼロスを踏みつける足に力を入れた。うめく声が聞こえるが、どうせ効いていないだろうから無視する。
「ほんっとーに知らなかったわけッ!? あたしの質問回避するためじゃなくて?!」
「ああ。
『ゼフィーリア』の名は私たち魔王竜にとって恐怖の代名詞だからな。
――確か少し前に旅行に行った仲間が、スープにされかけたとか何とか言っていた。私が最後にゼフィーリアに行ったのは六、七年前――つまりお前が注目され始める直前だ」
う゛ッ!?
そ……それってもしや……
そういえば二年前に里帰りした時に珍しい食材を逃がしたとか何とかねーちゃんが言っていたような気も……
……いや……まさか……でも……
………………………………
……いや、あたしは何も聞かなかった。
そういうことにしておこう。
慌てまくりながらもあたしは平静を装って、
「――ま、まぁそんなことより、ゼロス、あんたそろそろ帰ったら? 用なんてないでしょ。もう」
「ありますっ! 大ありです! ヴィリシルアさんとフェイトさんッ! このお二人を仲間に引き入れるまでは、僕は帰りませんッ!
いえ帰れませんッ!」
力強く言うゼロスに、アメリアがぱんっ、と手を打ち合わせると、
「あ、もしかしてゼロスさん、獣王が怖いの?」
「当たり前です当たり前じゃないですか当たり前でしょうッ?! あなた方も一度は獣王様にお叱りを受ければいいんですッ!
それはもう恐ろしいんですから……ッ!」
単なる見せかけのはずの顔を本気で青ざめさせながら、ゼロスは叫んだ。
あたしはそんな彼を見つめながら、にっこりと笑ってみせる。
「ま、ヴィリスたちが嫌だって言ってるんだから、交渉は不成立、そして任務は失敗ッ!
――大人しく怒られるしかないわね」
「あああああああっ! リナさんのいぢわるうぅぅうっ!
こうなったらお二人が『うん』と言ってくれるまでついていくんですからねっ!」
「なんですってぇぇぇぇえッ!?」
あたしの心からの叫び声は、食堂中の人間の注目を集めながら、青く晴れた空に消えていった。
――と、ゆーわけで。
これで旅の仲間は八人となったわけである。
………………………誤解はしないでほしい。あたしだって本心のところは、ゼロスなんぞと旅をしたくない。
あたしたちも無駄だとは解っていながらも脅迫紛いの説得はしたのである。
しかし、どーやらゼロスくん、あたしたちの脅迫より獣王さんのお仕置きの方がよっぽど怖いらしい。
………当然かも知れないが。
まぁ、そんなわけで、あたしたちはそんな魔族のちょっかいを受けながらも、セイルーンを目指すのだった――
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