……あれ?
 お腹が――痛い。


 ……それは、いきなりのことだった。




対等な存在




「リナッ! 腹が痛いってホントかッ?! ついにガウリイとの子が出来たのかッ?!」
「ねぇ、おめでたッ!? おめでたッ!?」
「ちょっと待てッ! 俺はまだそんなことした覚え……」
爆裂陣メガ・ブランド

 ちゅどぉぉぉぉぉおんっ!

 部屋に入ってくるなりたわけたことをほざきまくったヴィリス、フェイト、ガウリイの金髪三人組を、思わずあたしは攻撃呪文で吹っ飛ばす。
 ったく……
「ふざけたこと言ったんじゃないわよ、あんたらはッ……」
「あ、顔赤い」
「……フェイト。後で覚えときなさい」
 金髪赤目、義姉とほとんど同じような容姿を持った少年、フェイト=フェイト――略してエフエフは、あたしの言葉に少し顔を青ざめさせた。
「んで――結局のところどうなんだ? 腹が痛いんだろ?」
 その義理の姉、ヴィリシルア=フェイト……とゆーか、ヴィリスのセリフに、あたしはがしがしと頭をかく。
「それがねー……あたしもよく解んないのよ。痛いのは確かなんだけど、なんつーか、その……」
「『そーいった』痛みじゃない、と?」
「そう! そうなのよ――」
 あたしは頭を抱えかけ、思いとどまって、それでも頭痛を感じたように言う。
 はっきり言って起き上がれないほど痛い。
 ……いや、まぁ、大声で叫んでいたりするが、それすらもつらいというのが本音である――だが、あたしには女性がこういう痛みを感じるときの状態になるための――その――行為には、身に覚えがない。『あの日』の痛みでないことも確かである。
 数年前に腹に傷を負った記憶はあるが、四年ほど前の話。その傷も回復呪文で完治したし、今頃痛くなるはずもない――
 ならば。何故か。
「リナ――大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。もしかしたら、食べすぎかなんかかも知れないしね?」
 心配そうに言うあたしの『自称保護者』ガウリイに、あたしは笑いながら言ってウインクを一つ。
「……本当に、大丈夫、なんだな?」
「だぁいじょうぶよ。大丈夫。すぐに良くなるわ。きっと」
「きっと?」
「んーん。絶対」
 あたしの言葉に、ようやくガウリイは安心したような笑みを見せ――
「……そこ。こっそり去ろうとしない」
 ジト目で言ったあたしに、ヴィリスとフェイトはぴたりっ、と足を止め、視線を向けると、なにやら照れたような顔で、
「いやぁ。だっていい雰囲気っぽかったから――」
「僕も――」
 この二人は……姉弟そろって……
 ……はぁぁぁぁぁぁぁあ……
 まぁ、いいか……
 あたしは大きくため息をつき、苦笑した。




 だが。あたしの『絶対』は嘘だった。
 痛みはすぐに全身に広がり、喋るのもままならないほどになった。
 原因は不明。街の魔法医も首を傾げるばかり――
 この異常な事態は、全くもってあたしには腹立たしかった。




「誰だ?」
「――僕ですよ。ヴィリシルアさん――
 おや? 珍しくガウリイさんは気がつかなかったみたいですね」
 ヴィリスの誰何の声に答えたのは、獣神官プリーストゼロス――それに気づいたガウリイは、少し呆然とした後、きっ、と目を鋭くし、
「このリナの痛みの原因、まさかお前が――」
「いいえ。違います――本当です。睨まないでください――ええと」
 あたしが全身激痛でほとんど動けないというのに、ゼロスはいつもと変わらずに、部屋の中に静かに佇みながら、
「僕も、ついさっき気づいて急いでやってきたんです。
 これは、この世界のものだけでなく、どの世界の存在ものにも、成すことは出来ない症状ですよ――珍しいというか、運が悪いとしかいいようがありませんね。
 単刀直入に言いますが――リナさんの体の中には混沌が眠っています」
『な……ッ!?』
 あたしとヴィリス、フェイトが、思わず驚愕の声を漏らす。
 そしてガウリイは。
「えーと……すまん。
 それって、大変なのか……?」
「当たり前だろうが」
 ほとんど喋ることのできないあたしに代わって、ヴィリスが彼のボケにツッコんだ。
「混沌が体の中にあるなんざ、一大事もいいとこだ。
 普通の人間なら、体の中に混沌が生まれた時点で吸い込まれ、消滅する――リナがそうならないのは、おそらく――」
「リナさんが混沌を制御する術を持っているからでしょう――制御できなくなるのも、時間の問題ですけれど――」
「――どうにかならないの?」
 フェイトの問いに、彼は静かに首を振った。
 ――横、に。
「残念ながら……」
 その言葉が、あたしには良く聞こえない。
 口の動きばかりが目に入って。
 だが、ただ自然と受け入れられた。
 何故か、静かに。
 そうか――あたし死ぬんだな、と。
 だが。
「ふざけるな!」
 その口調の強さに、その場にいた全員が、一斉に彼の方を見る。
 あたしも、我に返った。
 ――ガウリイ。
 彼は、唇を血が出るほどに噛み締めながら、言葉を選ぶように震えながら口を開いた。
「そんな……そんな馬鹿なことあるはずないだろ!
 何か方法があるはずだ!」
「落ち着けよ。ガウリイ。ンな熱くなってちゃ、見つかる方法も見つからない。
 ――ゴキブリ。何でリナの体ン中にそんなもんがあるのかは、解ってるのか?」
 ヴィリスはガウリイをたしなめて、ゼロスに問うた。ゼロスは『ゴキブリ』というところで少し顔をしかめるが、
「……ええ。まぁ。
 リナさんのお姉さんは、ご存知のとおり『赤の竜神の騎士スィーフィード・ナイト』ですよね。
 姉がそうだとて、リナさんににその影響がくることはあまりないんですが、リナさんには、『神』の属性が少なからずあるんです」
「ふむ――で、それが?」
 話の腰を折られて、ゼロスはさらに顔を不機嫌にゆがめさせる――まぁ、いつもの笑顔のような顔だから、本気で不快に感じているわけでもないのだろうが。
「――リナさんは、神魔融合魔法を覚えていますよね?」
 あたしは、首を縦に動かす動作だけで肯定した。
「神と、魔。相反する同等の二つの力がぶつかったとき、そこには混沌が生まれます。
 それが神魔融合魔法――というわけですが――
 二年前、リナさんは魔血玉デモン・ブラッド――完全なる賢者の石を飲み込みましたね?」
「噛み砕いたら、消えたのよ……っつッ! 飲み込んでは、いないッ……わ……」
 痛みを無理矢理押さえ込み、言ったあたしに頷きかけ、ゼロスは笑みを一瞬消す。
「石の硬度を持つはずの呪符タリスマン――消えるなんて、おかしいと思いませんか?
 このとき、リナさんの中の『神』の属性と魔血玉――魔王様の血玉が、混沌を生み出しました――でも、それだけではリナさんの体を蝕むにはいたりません。
 ――引き金になる事態があったんですよ」
「引き金――?」
「思い当たりませんか?」
 あたしは、かすかに目を見開いた。
 まさ、か――
聖王都セイルーンのあの時か――」
「不完全版重破斬ギガ・スレイブの発動未遂。それに『あの御方』の御降臨……
 これが、リナさんの中に混沌が生まれた原因です」
 ヴィリスの言葉に、彼は淡々と、言い、ガウリイの方を向いて、
「方法。見つかります?」
「……う、うぅぅぅん……」
 珍しく話を聞いていたらしいガウリイは、首を骨が折れる限界点まで傾げて考えている。
「……悪い。話の内容難しすぎてついてけなかった」
「あ。やっぱし」
 思わず呟くフェイト。
 ――あたしも同感だったが。
「んで、対策方法は?」
「ありません」
「……理論上は可能とか、そういうのはあるでしょう?」
「えぇっと……あの御方に直に抗議、とか……」
「それよっ!」
 思わず叫ぶあたし。ゼロスは一瞬呆然とした顔になり、
「む、無茶ですよッ! あの御方が御降臨されただけでも初めてのことなのにッ! ましてや直談判なんて恐れ多――」
「うっさぁぁぁぁぁいッ! あたしがやると言ったらや・る・のッ!
 相手が全ての創造主だろーがなんだろーが構うもんですかッ!
 あたしはまだやることがいっぱいあるんだか……ら……?」
 ぐらり――
 視界が、傾いだ。
「リナッ!」
 ガウリイの声が、どこか遠くで聞こえる。
「おい、大丈夫かッ!?」
「ちょッ……ヤバいんじゃないの!? これッ!」
「ったく……無茶するからですよッ! リナさん、聞こえますか!? リナさんッ!?」

 うるさい……

 あたしはそう呟こうとして、失敗した。
 ものすごい速さで意識が遠のいていく。
 そして――




 あたしはぱちりと目を開いた。
 そこはまさに何もなくて―― 一筋の光もなく、また一筋の闇もない
 何もない。空間は、同時に何もかもが揃っているかのようにごちゃごちゃで。
 何も聞こえないこの空間は、全ての音が聞こえるかのようにやかましかった。
 ここは……
「あたしは――死んだの?」
「まぁ、一時的にという点ではそうかもしれないわね。
 肉体の方にはまだ息はあるから、あんたの世界では死んだようには見えないでしょうけれど」
 涼やかな声がした。
 それは美声、という形容詞が俗になってしまうほど美しい。何とゆーか……あたしでも聞きほれるような声だった。
「あんた――誰?」
 あたしは振り返るが、そこにはやはり何もいない。
「姿があったほうがいいかしら――そーね。その方が話しやすいか――」
 ふわり――
 金の風が吹いたかと思った。
 一瞬のうちに、そこには美女が立っていた。
 まさか――まさかッ!?
 あたしは呆然とし、それから混乱した。
「まさか、そんな――」
 あたしの呟きに、彼女はにっこりと微笑んで見せた。
「そう。あんたの思ってるとおりよ。
 あたしは金色の魔王ロード・オブ・ナイトメア――あんたたちのお母さん、ってところかしらね」
「……っ……」
 あたしは思わず息を呑み――にんまりと、笑う。
「そう――そうね。
 それなら話が早いわ」
「面白い反応をするもんね――初めてだわ」
 珍しそうな表情は、嬉しそうでもあった。
 『彼女』には上がいない。対等もいない。下にしかその存在はない。
 彼女が対等にと願っても、その大きすぎる力は、対等と呼べるようなものではない――だからこそ。
「面白い――あたしが?」
「ま、そんなところね。あたしはそんな複雑には考えたくないけれど」
 あたしの思考を読んだのか、彼女は言ってウインクを一つ。
 あたしも思わず笑みを漏らした。
 世の中には創造主について考える奴がごまんといるだろう。
 そういう奴らが、彼女が創造主だと知ったら、どういう顔をすることか。
「ねえ。あんたは何で死にたくないの?」
「死にたくないからよ」
 あたしは即答した。彼女はぽかん、とした表情で、
「死にたくない理由は、死にたくないから? ――まるで言葉遊びねぇ」
 彼女の言葉に、あたしはふっと微笑んで、
「理由なんてのは後付けよ。
 存在ってのは生きたいから生きているんでしょう?
 魔族すらも、ね。
 だから。
 あたしが死にたくない理由は、死にたくないから。
 悪いかしら?」
 あたしは彼女の深く底の見えない、闇よりもなお暗き瞳を見つめながら、きっぱりと言い放った。
「悪かぁないわよ。
 ただ少々、変わってるだけね」
 嬉しそうに言う。あたしは肩をすくめて、
「んで、あたしの体は戻るわけ?」
「戻るわよ。あたしを誰だと思ってるわけ?」
 自信たっぷりに言い放った。
 彼女はそれから、すたすたとあたしの方へ歩み寄り、あたしの両肩に手を置くと、
「――あんたみたいな人間は、あんたが最初で最後かもしれないわね。
 でも、たとえ、よ。
 輪廻転生の輪にのり、いくらあんたの魂が変質したとしても。
 これだけは覚えておいて。
 あんたはあたしと『対等』よ」
 その言葉を聞いた瞬間、また意識がぐらついた。
 何もないその空間は、黄金の光に包まれていくようで――




「――」
 目を開けると、そこにガウリイがいた。
「リナ――」
「……ガウリイ……あんた、なんて顔してんのよ……」
 あたしは苦笑しながら言う。
 その顔は、泣きそうで。子どものようで。
「リナ――大丈夫――なのか?」
 言われて、ゆっくりと起き上がった。
 体の痛みは失せている。
 ――あれは、夢じゃなかったわけか――
「ええ、きっちり。大丈夫よ。
 体の痛みも消えたし♪」
「そうか、よかったぁーッ……」
『はいッ!?』
 素直に喜ぶ彼と。
 素直に驚く三人。
 どちらがまともかは――まぁ、言うまでもないだろう。
「なななななななななっ!
 どぉしてッ!? どぉしていきなり治るんですかっ!?」
 特に混乱しているのは、ゼロスだった。他の二人は『まぁ、リナだからな……』とか呟いて納得している。
 ……後でぶっ飛ばす。
 ともあれあたしはとりあえず、ゼロスのほうを向き、
「なによ。治ってほしくなかったわけ?」
「いや、それはリナさんは魔族にとっては邪魔ですから治ったほうがよくな……げふごほん。
 それはともかくッ!
 どぉして治るんですかッ?!」
「……何かあんたの本性が垣間見えたような気がするわ。
 えーっとねぇ。
 何か、『金色の魔王ロード・オブ・ナイトメア』と話してきて、混沌取り除いてもらっちゃった♪ てへv」
 ぐらり。
「あ。傾いた。」
「うーん。確かに俄かには信じられないかもなー」
「そうなのか?」
 フェイト、ヴィリス、ガウリイが、順順に呟き――
「……って、ガウリイさんはともかく、何でお二人まで冷静でいるんですかあッ!」
『え。』
 二人は同時に声を出し、顔を見合わせて、
「やだなぁ。現実逃避してるに決まってるじゃないか」
「そうそう。そんなことも解らないなんて、やっぱり魔族にゃなりたくないね」
「ああああああああああああああ。」
 二人のセリフに、思わずゼロスは頭を抱えた。
 ……うーみゅ。平常心を保ってるかと思ったら、やっぱり保ってなかったか……
「まぁ、そんなことはともかく――」
 あたしはベッドから立ち上がり、
「治ったからにはごはんよごはんッ!」
「おぅッ!」
 あたしの言葉に、元気よく答えるガウリイ。
「うーん。私たちも食事にするか?」
「そだねー。よく考えたら僕らまだ朝ごはん食べてないしねー」
「ああああああああああああああ。」
 ひたすら現実逃避する二人と、ひたすら頭を抱えるゼロス。




 ――まぁ、とりあえず。
 めでたし、めでたし。なのだろうか。
 あたしは頭を抱えるゼロスをちらりと見て……ふと、金色の魔王のあのセリフを思い出していた。




「――あんたみたいな人間は、あんたが最初で最後かもしれないわね。
 でも、たとえ、よ。
 輪廻転生の輪にのり、いくらあんたの魂が変質したとしても。
 これだけは覚えておいて。
 あんたはあたしと『対等』よ」




 『対等』か……
 ……なにやら、ものすごいことになったもんだ。




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