「もう三人目だよ。
炎獣」
遠くの声に聞こえた。
が、実際は、ほとんど耳元で囁かれたものだったのだろう。茶の髪が目の前で揺れている。視線をわずかにずらせば、こちらを見つめてくる蒼い目があった。
「……」
俺は応えない。
冷たい無機質な病室。俺はベッドの上で身を起こして俯いている。ベッドの端に手と膝をつく青年は、吐息がかかるほどに近くで俺を見上げながら、
「ショックで口が聞けない、なんて――小さい女の子じゃないんだよ?
恥ずかしいと思わないのかい。大の大人が」
「……」
「何も話したくないってこと?」
青年の口調はだんだんと荒くなってくる。
「……君の所為なんだぞ!
炎獣!」
こちらの襟首を掴み、額をぶつけて、青年はそのまま呻くように短く叫んだ。
「みんな君が殺したんだ!
三人も! その前のたくさんの人々も!
君があの化物を逃がして!」
「……違、う」
声が漏れた。漏れたのだ。それほど、意識して出した言葉ではなかった――聞いて、青年は不快そうに顔をしかめる。俺の言葉の内容か、それとも声を発した、それ自体に対してか。
「違う? 何が? 君が殺したんじゃないって言うわけ?」
軽蔑するように言ってくる青年を見つめ返し、俺は口を開いて声を絞り出す。
「違う。あのひとは、――」
額に感じる鈍い痛みを抑えて、俺はぼそぼそと呟いた。驚いたように、青年が後ろに下がる。
「
炎獣?」
「あのひとは、化物なんかじゃない……」
「…………」
今度は青年が黙る番だった。
彼はベッドから立ち上がり、首を横に振る。
「あのひとなんて、いいもんじゃないだろう?」
そこで会話を切り――踵を返す。もうこれ以上俺と話すつもりはないようだった。
ドアに向かう青年を視界の端で見ながら、俺はそのままベッドに倒れる。視界が動き、白い天井が広がった。青年もいなくなる。
「――
炎獣」
ドアノブをひねる音とほとんど同時に、青年の声が聞こえた。
「君がそうやって逃げていても、あのひとを止めることはできないよ」
答えずに俺は目を閉じた。
ドアが開き、閉まる――病室は酷く静かになった。俺は両の手で顔を覆う。
……それでも俺には何も出来ない。そんな資格は無いのだから。
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