印持ち、印保有者ホルダー、あるいは、ただ印。
 それは一種の変身能力である。獣の印と呼ばれる黒い刺青のような印を身体の一部分に持ち、その部位を異形へと変化させる能力を持つ者たち。
 人間たちによって集められ、研究されて。そうして沢山の印持ちが死んできた。
 研究の必要なしと判断され、人間社会に出てきた印持ちが多くなった今も、人間と印持ち、この二つの種族の間には大きな溝がある。
「人間の言い分は、こう。印持ちホルダーは個人で強大な力を持ちすぎる。たった一人で、一瞬で、多くの人間を葬ることができる。炎の鱗を持つ炎獣サラマンダ、地を裂く剛力を持つ巨獣ベヘモス、これらは確かに殺傷能力に優れ、人間にとっては危険なものです。
 そしてホルダーの中には、自分の力を制御できないものもいます。九尾ナインテール事件は分かりますか?」
「十二歳の少女の印持ちが毒ガスを撒き散らしたという奴だろう。少女自身は無傷で助かったが、三十人以上の人間が命を落とした。印持ちが本格的に管理されるようになったのは、あの事件がきっかけだ。国にとってはいい口実だったはずだな」
「そう、けれど――ホルダーにも言い分がある。印持ちは見た目にはなんら人間と変わらない。知能で劣るわけでもない。人と少し違うだけなのに、この仕打ちは何なのか――
 ただ、近年出生率が増えてきたとは言え、全人口の一パーセントにも満たない。……そしてその半分は研究所の中で生まれ、子どものうちに死んでいく。
 印持ちの主張が認められるのはどれほど先でしょうね」
 溜息混じりに彼は言う。
「……あと何年、何十年、何世紀。いずれにせよ、人間とホルダーの関係は、これからずっとぎくしゃくしているんでしょう。私は……これを何とかしたいと思っている。少なくとも、ホルダーが人間に管理される、この状況だけは」
「それで、俺が必要だと言うのか?」
 少年の問いに、彼は少しだけ唇の端を笑みの形に歪め、もったいぶるように緩慢な動作で頷いた。
「あなたの亡くなったお友達も、きっとそれを望んでいるでしょう――そう思いませんか? そのひとも研究所の中で生まれ、死んでいった。彼の無念を、晴らしたいと思いませんか?」
「……俺は、よく解らない。死んだと言うのはどういうことなのか。解らないし」
 目を細め、少年は彼を睨みつけてくる。
「あんたのことが信用できるかも、まだ解らない」
「考えて下さって構いませんよ。貴方は、何がしたいのか? 何をすべきなのか――考えれば解るはずです」
 彼はそう締めくくり、後は黙して少年を見る。少年はその目を見返して。
 ――そして、少年は決断した。




1.巨獣ベヘモス




 白い病室は夕日によって橙色に染め上がり、巨獣ベヘモスはわずかに眉をひそめた。やや長めの茶の髪に青い目の、二十歳前後の青年である。
 与えられた個室には先ほどまで見舞い客が訪れていたが、面会時間を過ぎ、それもなくなった。
 彼は今病室に一人、一つしかないベッドの上に細身の身体を横たえている。着ている灰青のパジャマのその左肩から先の袖は、だらりと垂れ下がって揺れていた。パジャマの下の左腕は、二の腕の半ばからは存在せず、縫い合わせた後の傷には包帯が巻いてあるはずだ。巨獣はそこに触れるか触れないかの距離まで指を伸ばし、――触れようとして、やめた。
 ちらりと視線を移すと、ベッドサイドに設置された棚には本や新聞その他見舞いの果物などが山積している。寝転んだまま、その一つ――新聞を手にとって、巨獣は見出しを見た。写真には、どこかで印持ちホルダーの過激派がまたテロを起こしたとかで、合成だかCGだか実写だか区別のつかない爆発の瞬間が捉えられていた。
 不満げに鼻を鳴らし、紙質の悪い新聞を筒状に丸め、ぽん、と軽く左肩を叩く。
「いッ……て。」
 走った酷い痛みに顔をしかめ、何となく彼は不機嫌になり、新聞紙を八つ折りに畳み直してフリスビーの要領で放った。
 新聞紙は床に落ち、くるくると回りながら床を滑ると、病室と廊下を繋ぐドアに音ともいえない音を立てて当たる。
 そのドアが、軽い音と共に開いた。巨獣は訝しげな顔で起き上がる。――回診か、そう思ったが、現れたのは医師でも看護婦でもなかった。
 黒っぽい赤毛と、黒い目。
 左腕に浮かぶ、炎がのたうったような黒い印を持った、長身の男。
「お前……」
「お久しぶりです」
 こちらの言葉を遮り、男は気弱そうな笑みを浮かべて言う。その笑みすらも消え入るように弱々しく、それが巨獣を苛立たせる。
 だが。
「お前……どうして」
 彼は目を見開き、首を横に振った。
 ……今さら何故。
 言葉を飲み込んで、巨獣は眉間に皺を寄せる。
「――どうしてお前が此処に来るんだ? 炎獣サラマンダ……」
 言われその男は、印持ち炎獣サラマンダは、無言でぺこりと頭を下げた。




 炎獣はコーヒーを注文した。
 支払いにもたもたしている炎獣に苛立って、巨獣は代わりにカウンターに小銭を叩きつける。炎獣は聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、有難うございますと呟いた。
 それを無視して、彼自身はカフェラテを頼む。
 一階、入院患者や見舞い客用の食堂は、市内最大の病院らしく、食堂も人でごった返していた。病人、怪我人、……もちろん健康な人間もいるにはいるのだが、やはり病人、それも老人が目立つ。
 巨獣はそれを横目に見ながらカウンター席についた。
「二年ぶり、か、実に――」
「……あれから、あんなに経ちますか」
 コーヒーに砂糖を入れながら、炎獣は曖昧に笑みを作った。カップをかき回すスプーンから手を離し、胸の前で拳を作る。
 その仕草に、巨獣は眉をひそめ、
「……もう、大丈夫なのか」
「傷ですか? そりゃ、二年も経てば治りますよ」
「いや、そうじゃない、そうじゃなくて……」
 否定し、先を続けられずに口を押さえる。……果たして、聞いていいものか。
 巨獣は顔をしかめ、誤魔化すようにカフェラテを一口飲み下した。
「二年は、立ち直る時間には十分すぎますよ」
 こちらの思考を察したのか、炎獣はそう言ってカップに口をつけた。苦かったのか、少し顔をしかめ、またスティックシュガーを二本ぐらい使う。
「貴方の方こそ如何なんです?」
「……知り合いがいなくなるのは、あれが初めてというわけじゃなかったよ」
 印持ちにとって「死ぬ」と言うことは身近なものだった。人間とどのくらい、どれ程違うのか。研究所においては人として扱われることはあまり無かったし、それを不思議とも思わなかった。自分の印の力を制御できずに死んでしまうもの、またはその力に殺されるものもいた。
 ――そう頻繁に死者が出ていたわけではない。だが、それにしてもいくつかの研究所に大人数押し込められているのだから、知り合いが死ぬ確率は高かった。死なないにしても、別れてから一度も会っていない者もいる。それは死んだのと同じようなものだと巨獣は考えている。
 二年前に死んだ巨獣の友人は、特に仲が良かった――親友だった。だからショックだったのは確かだ。だが、落ち込んでばかりもいられない。それはありきたりな結論だが、間違っているとは思わなかった。
「俺だってそうですよ。ただ五年ずっと一緒にいるのが当たり前で、傍にいるのが当たり前で……それだけです。二年経てば、流石に吹っ切れる」
「そうか」
「それより」
 炎獣は言いながら、また砂糖を注ぎ込む。……いい加減気持ち悪くなってきたので巨獣は視線を逸らした。
 そのコーヒーを平然と飲み下しながら、炎獣はこちらを見てにこりと笑う。
「それよりも、貴方が意外に元気そうで安心しました」
「何が元気そうだよ。これが見えないのか?」
 巨獣ベヘモスは相変わらず不機嫌そうに、今は露出している自分の左肩を指して見せた。ベージュのノンスリーブから覗く二の腕は半ばから無く、厚く包帯が巻いてある。右腕には炎獣と同じように黒い刺青のような印が浮かび上がっているが、モチーフは違った。
 炎獣サラマンダは苦笑し、
「元気そう、と言ったのは、傷の具合じゃなくて、貴方の様子ですよ。
 あのテロ事件、生き残ったのは貴方だけなんでしょう? その中に貴方の知り合いがいなかったとは言え、落ち込んでるとも思いますよ。
 でも実際会ってみれば、貴方は傷の痛みよりも事件のショックよりも、暇の方を何とかしたいようだった」
 言葉に、巨獣は曖昧に笑った。
「……此れでも結構、ショックだったんだ。
 お前が言った通り僕以外はみんな死んでしまったわけだし……前からの知り合いって訳じゃなかったが、さっきまで話してた人もいたんだ。それに、ちょっと前までは犯人扱いされてたしな」
「それは……」
「変な気遣いはするな。気色悪い。
 それにさっきのと一緒さ。時間が経てばそれなりに立ち直る」
 口ごもる炎獣を鼻で笑うと、彼は目を細めた。
 ――二週間前、軍の施設が破壊された。
 施設は残らず全て壊され、死体も何も残らなかったと言う。
 巨獣はその日、雑誌の取材に――軍に入った印持ちにインタビューをしに――行って、破壊に巻き込まれて左腕を失った。そういうことになっている。多分炎獣もそう聞いているのだろう。
 しかし巨獣は一度目の破壊それ自体に巻き込まれたわけではない。
 確かに自分の目の前で建物が崩壊していくのは見た。だが、その破壊の効果の及ぶ場所にはいなかった。感じたのは、左腕に感じた酷い痛み。あの破壊に腕を壊されたわけではなかった。あれに巻き込まれたのなら、彼だって跡形も無く消し飛んでいたはずだ。
 彼を傷つけたのは、もっと別の……
 と。
 そこで巨獣は、炎獣がこちらを怪訝な顔で見ているのに気づく。
 ……そんなに長い時間、考え込んでいただろうか。
 彼はとりあえず咳払いをして誤魔化して、
「――それで? 今さら僕の前に現れて、一体お前は何を嗅ぎ回ってるんだ。
 僕が怪我をしたから心配になって、ってわけじゃないだろう?」
 炎獣は苦笑して、カウンター席の上、即興で壁に取り付けられた感じの棚に置かれた、十二インチぐらいのテレビに目を向けた。
 つられて上を見上げる。
 小さなテレビ画面に映っているのは、長く黒い髪に、猫を思わせる鋭い眼をした男だった。
 確か印持ちを人間が管理しているという現状を、特に強く批判している人間の一人――楡月にれつきだ。
 今は先に起こったテロ事件――巨獣が巻き込まれたものとはまた別のもの――についてコメントをしているところだった。毒舌と辛辣なジョークに富んだ嫌味な話し方をする男だが、それほど鼻につかないのは顔がいいせいだろうか。
 巨獣も、皮肉った言い回しと年齢の割に肝の据わった態度が気に入っていた。
「――俺と言うよりは、俺の雇い主が、ですね」
 テレビに目を向けたまま言う炎獣に、巨獣は目を瞬き、
「雇い主……って、もしかして……」
「えぇ。楡月です」
 それから、少し意外そうな顔になる。
「――驚きませんね?」
「いや、少し、意外すぎて……」
 巨獣は呟いて口を覆った。この冴えない男と若き政治家が、どういう経緯で繋がるのか。彼は上目遣いに炎獣を睨み、
「どういうことだ?」
「二年前、彼の妹さんにご不幸が」
「何?」
 妹がいるということ自体初耳だった。
 炎獣は肩をすくめてみせ、一つため息をつく。
「……これ以上の話は此処ではちょっと」
 言い、砂糖入りのコーヒーなのか砂糖の壁の中にコーヒーを注いだのか解らないような飲み物を飲み干して席を立つ。
「今日の午後九時、駅前で待ち合わせを――いいですか?」
「僕は入院中だ」
 炎獣は言葉にきょとんとした。
「あ……あぁ、そういえばそうでしたね。あまりにも普通に話してらっしゃるから、つい」
「つい、じゃないだろうが。
 まぁいい。此処で離せないんなら病室で話をすればいいだろう」
「……いえ、それも少し」
 炎獣はいきなり歯切れが悪くなる。考えるように眉を寄せるが、何も思いつかなかったらしく、唸りながら空のカップに口をつけた。空だということに気づいてから口を離し、苦笑いをして、
「……何とか抜け出せませんか?」
「よし、やってみる」
「……」
「何だその顔は。言い出したのはお前だろう」
「いや、そうですけど……何と言うか……」
 ぶつぶつと呟く炎獣を見て、巨獣は半ばから無い左腕を押さえ、
「お前、あのテロについて調べているんだろう」
「……」
 何故それを、と言う表情をする。
「何となくは解る」
 そもそも、それ以外に来る理由が見当たらない。
 巨獣は呆れてため息をつくと、
「何でお前がそんな探偵紛いのことをしているかは知らないが、あの事件について調べてるんなら僕のところに来るのは自然だ。
 だが事情を聞くだけなら、僕にそういう事情は話さなくてもいいだろう? なのにお前はわざわざ場所を移動して、人目まで気にしている。
 ……何か、あるのか?」
 炎獣は巨獣を見つめ返し、しかしすぐに俯くと、胸に手を当て拳を作る。
 ……またその仕草か。
「詳しいことはまた後に」
「此処では話せないか」
 答えず炎獣は一礼し、踵を返す。
「――ではまた」
「あぁ、また後で」
 炎獣は視線をこちらにくれて、弱々しげに微笑むと、今度こそ背を向け、歩き出した。




 夜風が冷たい。
 彼は息を吐き出し、石畳を歩いていく。はっきり言って傷に沁みるがどうしようもない。
 午後八時半。
 病室の窓から抜け出して、そのまま歩いてきたはいいのだが、やはり寒い。さすがに上着は着ているけれども、寒いものは寒かった。
 病院からまだ数百メートルと言うところだろう。立ち並ぶ建物は事務所やアパートや町工場――
 巨獣は白いため息をついた。
 ……自分はこんなところで、いったい何をやっているのだろうか。
 自問しても答えは出ない。炎獣に会うまでは、状況もはっきりしない。……少し早まったかも知れないが、このまま何も聞き出せないのも腹が立つ。
 ……一体、あの男は何を考えているのか……
 と。
「……何だ?」
 悪寒がした。
 冬の寒さとはまた違う、背筋に走る怖気だ。
 巨獣は辺りを見回し、怪訝な顔をして。
「――ッ!?」
 突然顔を強張らせ、迷わずその場を飛びのいた。
 音も無く。
 石畳が弾き上げられた。地面に亀裂が走り、風が叩きつける。煽られ、わずかにバランスを崩しながらも、彼は何とか着地した。
 爆発ではない。
 破壊だ。
巨獣ベヘモス……!」
 苦い声で言って、巨獣は宙に飛んだ石畳が跡形もなく消えるのを見つめた。……自分を呼ぶ名ではない。
 これは巨獣ベヘモスの力だ。巨獣と言う能力だ。
 風が治まり、破壊が止んだ。抉れた地面、破壊され尽くした空間。――二週間前のテロ事件と同じ。
 二週間前は左腕だった。今は避けていなければ死んでいた。
 ……しかし自分はまだ生きている。
 なら、まだ攻撃は来る。
 身体が総毛立ち、そして――
 突然、目の前で炎が弾けた。
「――!?」
 熱風に息を詰まらせ、意思と反して閉じる目を無理矢理にこじ開けて。
 ……目が合った。
「何ッ!?」
 炎の中揺れる影、その紅い目と視線を交わし、彼は思わず声を上げた。そいつはくるりと背を向けて、地面を踏みしめ強く踏み込み炎を振り切り空を舞う。
 遠く遠く跳んで――それは二階建ての企業事務所にふわりと落ちると、そのまま屋根の上を飛び伝いながら去っていった。
 炎が散じ冷たさが戻り、彼は走った痛みに左肩を押さえると、呆然としてへたり込む。
「――無事ですね?」
 声はすぐ近くから聞こえた。……背後。
 顔を上げ、そのまま上を見上げる。
 気弱そうな黒い目と視線を合わせ、彼は顔をしかめた。
 ――炎獣サラマンダ
「お前、僕を囮に使ったな」
「……何の話です?」
「とぼけるな」
 巨獣は立ち上がり、炎獣を睨む。
 炎獣の左腕は人のそれではなく、赤い鱗に覆われた、鋭い爪を持った火蜥蜴サラマンダの腕と化していた。……今自分を襲ったのと同じ、また、自分の右腕にあるものと同じ、印持ちの姿。
「でなけりゃ、こんなタイミングよく助けに入れるものか。待ち合わせはどうしたんだ?
 わざわざ僕を尾けて、ご苦労様だったな!」
「……」
 迷うように視線を泳がせて、炎獣は胸の前で拳を作った。
「――どうします?」
 巨獣に――いや。
 その背後に向かって問いかける。
「別にいいんじゃないですか。彼はどちらにしても、私たちに力を貸してくれるでしょう?」
 唐突に、背後から声が聞こえた――聞き覚えのある声。
 それだけ認識して、次いで頭が真っ白になる。
「……は?」
 口を開き、どうにかそれだけ口にした。
 炎獣は少し困ったような顔で、口を開く。
「お月さん、しかし、此処では……」
「構いませんよ。それに、事情を聞かないままでは貴方も気持ち悪いでしょう?」
 ねえ、と同意を求めてきた声に、巨獣はやっと硬直を解かれ、振り向いた。
 黒い髪、笑みの篭った鋭い黒い目が、こちらをじっと見上げている。身長は自分と同じ程度だろうか。テレビや新聞などで見る顔と同じ顔だが、それよりももう少し若く見える……下手をすれば、十代程にも。
「あんた……」
 巨獣の言葉を手で遮り、男は笑んだまま口を開く。
「――楡月と申します。以後お見知りおきを。
 炎獣から、聞いていませんでしたか?」
「確かに聞いてたけど、しかし……」
 いきなり現れるとは思っていなかった。
 楡月は巨獣の横を抜け、炎獣の隣に並ぶと、こちらを振り向いた。浮かべていた笑みは消え、無表情にこちらを見ている。
 巨獣は一度大きく息を吸って吐いた。気持ちを落ち着け、楡月を見る。
「……それで、説明はしてくれるんだろうな?」
「ここでできる説明はあまり詳しいものではありませんが、それでもいいとおっしゃるなら」
「あぁ、別にそれで構わない」
 楡月は頷いて、指を二本立ててみせる。
「私たちが貴方に説明できるのは、大きく二つ。
 まず、先程貴方を襲った印持ち。
 単刀直入に言うと、あれは印喰マーク・イーターです」
「――」
 息を呑み、巨獣は炎獣を見た。炎獣は俯いて、こちらと視線を合わせようとはしない。巨獣は楡月に目を戻し、
「それは、炎獣の――」
「いいえ。いかな化物マーク・イーターであろうと、灰にされれば蘇ってくることは出来ない」
 ちらりと炎獣に視線をやりながら楡月は言う。言い方に引っかかりを覚えて巨獣は眉を寄せるが、楡月は構わずに続けた。
「あれは印喰マーク・イーターT型、〇一ゼロイチ――〇〇ダブル・オーと同型の初期タイプ。つまり印持ちを喰べなければ生きられないと言う制約を負っています。
 〇〇ダブル・オーの弟、と言ってもいいでしょうね」
「――それで、それがどうして僕を襲う?」
「二週間前、印持ちによるテロが起こりました」
 問いに答えず、楡月は言った。石畳を抉り地面を露出させる深い亀裂に目を向ける。
「あれもまた〇一ゼロイチがやったものです。貴方もそれに巻き込まれたのでしょう――けれど、何故か〇一ゼロイチは貴方を殺しはしなかった。
 喰べたのも印の浮かぶ右腕ではなく、左腕――何故だと思います?」
「そんなの僕が知るか」
 言うと、何故か楡月は苦笑した。
印喰マーク・イーターには、それぞれ飼育係、とでも言うべき監視役、話し相手がいました。
 死んだ〇〇ダブル・オーにこの炎獣サラマンダがいたようにね」
「……何が言いたい?」
「つまり」
 楡月は言って炎獣を見る。お前が言うべきだ――そう言う顔だった。
「……」
「どう言うことだ、炎獣――」
 問いながら、思い出す。先程の……そして二週間前の。あの破壊は、力は、巨獣ベヘモスのものだった。
 ……まさか。
 炎獣はため息をつき、巨獣と視線を合わせ、しかしすぐに俯いて逸らした。
「飼育係は、巨獣ベヘモス――貴方のご友人ですよ。恐らく、〇一ゼロイチが使っているのもその力です」
 ――何て。
 何て悪趣味な話だろうか。
 巨獣は炎獣の言葉を聞きながら、乾いた笑い声を上げ、頭を押さえた。




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