……空に手をかざして。
 ああ、ほら。


 ――虹が。


 虹が見えるよ――




 …キンイロ ニジ コンジキ。
     ココにいること。世界が綺麗だとわかるのは素晴らしい。




「ガウリイ、見て、虹――」
「おー、ホントだな」
 滞在しているとある小さな宿で、あたしとガウリイは虹を見た。
 青空に綺麗に綺麗に映える、それは……本当に。




 ホントに綺麗で。




 ……正直言って、感動した。
 それをガウリイと一緒に見れること。
 あたしがここにいる。そういう証。
 ――あたしは多分、長生きできない生き方をしてる。それは自覚しているけど。
 今あたしがここにいて。ガウリイと――
 ここで虹を見ているってぇのは。
 誰にも変えることのできない事実……なんだよね?











「あ、虹――」
 綺麗だなぁ。
 染め抜いたような青い空。雲は一つとしてない。そしてそこに、大きな大きな虹がかかっていた。
 彼女はふと、ペンを走らせる手を止め、城の窓から身を乗り出してそれを見つめた。
 ……ゼルガディスさんも、見ているんだろうか。










 この虹を、今この瞬間に。




 ――わたしとおんなじ虹を――












「虹――か――」
 乾いた大地。砂だらけの漠とした地。そこにも。
 その虹はかかっていた。
「……こんなところで、見られるとはな」
 嬉しそうに彼は目を細める。雨など降らなかったのに――
 照りつける太陽とは対照的に、虹はそこにあった。
 ……アメリアも、見ているんだろうか。









 この虹を、今この瞬間に。




 ――俺と同じ虹を――














「ほら、ヴァル、見て。虹よ。アレが虹」
 育て親である女性に抱えられて、黄緑色の髪に金の瞳をした、ヴァルと呼ばれた少年は、きょとん、とした表情で空を見上げた。
「にじ」
「そう。貴方は初めて見るでしょう?
 綺麗ね?」
「うん。きれい」
 頷いて、ヴァルはもう一度空を見る。
 真っ青な空にかかっている虹。生まれてはじめて見るそれは。とても綺麗だった。
「いつできたの? これからもずっとある?」
「いいえ、コレは多分、もうちょっとは残っているだろうけれど、すぐ消えてしまうわね」
「なんで?」
「――なんでかしら?」
 女性は首を傾げた。ただ当たり前のことだと思っていたことを質問されたからだろう。
 しばし考えた後、女性はにっこりと微笑んだ。
「それじゃ、一緒に調べてみましょう? もしかしたらずっと残しておける方法が見つかるかもしれないわよ?」
「うん。そうする」
 彼もまた笑った。
 窓を閉めて、本を探しに行った女性をちらりと見た後、ヴァルはもう一度、窓の向こうの虹を見た。
「……にじ、かぁ……」
 綺麗だから、これからもずっと残せたら素敵なのに。






「おや、虹ですね」
 黒い髪に黒い瞳、顔に人懐こい笑顔を浮かべた黒い神官――である。見た目上は。
 ゼロス――そういう名の魔族は、空に浮かぶ七色の光をぼんやりと見上げた。
「……雨も降らなかったのに、どうしてこんな……」
 言いかけ、首を傾げる。
 感じた覚えのある気配――力の『臭い』がしたからだ。
 懐かしく、優しく――そして恐ろしい。
 それは――
「ああ、そうか――」
 ゼロスは瞳を閉じて、その気配だけを思った。




 何もなく、全てがあるその空間で、彼女はにっこりと微笑んだ。
 後ろで部下がため息をついている。
「エル様。困りますよ――管理が大変なんですよ? そういうの。
 わざわざ自分の仕事増やしてどうするんですか。全くもう……」
「いいじゃないのこれくらい――許容範囲よ♪」
 楽しげに微笑んで、指揮者のように右手を振る。
「すぐ消えるものよ。全世界一度に見える虹――素敵だと思わない?
 子供たちへ、私からのプレゼント――仕事の一つや二つ、増えたっていいわよ」
「ということは、事後処理はエル様がやってくれると?」
「あんたがやんのよ。決まってんじゃない」
 はぁぁぁぁぁぁぁぁ……
 彼女のそんなセリフに、部下は大きくため息をついた。
 そんな部下の様子に。
 彼女は、満足げに笑った。








 ほら。空に手をかざしてごらん?
 綺麗な虹が――








 虹が、見えるから――




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