父ちゃんに、びーだま、というものを買ってもらった。
 宝石みたいだね。そういったら、まだまだあまいな――といわれた。
 ちっちっち。あまいのは父ちゃんである。
 あたしはあくまで『宝石みたい』といったのであって、宝石と『これ』の違いなど心得ている。
 ただ、あんまりにも綺麗だから。
 あんまりにも、綺麗だったから……




びーだま。




 ……『びーだま』を通して、空を見る。
 青い空はもっと青かった。
 ……びーだまを通して見る世界は、とてもとても不思議で。


 そしてあいつに会った。


 青い目。金色の髪。死んだような目つき――よーするに、つまんなそうな顔ってこと――をしていた。
「見ない顔ね」
 あたしが目からびーだまをはずして言うと、そいつはゆっくりとこっちを向いて、
「誰?」
 といった。
「人にモノをたずねるときは、先に自分から言う方がじょーしきでしょ?」
「……じゃぁ、いい」
 そいつはあたしのことばがいかにもカンにさわったように、つまらなそうな顔をいっそうぶすっとさせてそっぽを向いた。
「あ。かわいくなーい」
「かわいくなくていいさ。
 ――お前、どこの子だよ。親御さんが心配してるだろ」
「だいじょうぶよ。このへんであたしに手ェ出す奴はいないから。おとなも。子供もね」
「……ふーん」
「あんたこそどこの子よ」
「人にモノを尋ねるときは、まず自分から、だろ?」
「う゛……」
 じゃあいい。そういうのをぐっとこらえて、あたしはふん、と鼻で笑った。
「あたしはいーのよ」
「……お前可愛くないな」
「みんなかわいいわねってほめてくれるわよ」
「……そう」
 うわ。本格的にかわいくない。
 ま、男に可愛いとかいうことばはにあわないだろーけどさ。
 あたしはくるりと手の中でびーだまをまわした。コロンとした感覚が手の中にある。お守りみたいで、安心できる。
 しばしふたりとも黙ったまま、時が経つ。
「――」
 一瞬口が動いた。
「え?」
「俺」
「――いや、そうじゃなくってさ。」
「聞こえなかったんならいい」
「なんていったのよッ!」
「いいだろ! 帰れよ」
「いーえっ! ここで引き下がったら、インバース家の名がすたるのよ!」
 あたしはびし! とそいつのことを指さした。
「どこでそーいう言葉覚えてくるんだお前……?」
 そいつは呆れたように呟いて――
「――どこの名がすたるって?」
 ぎく。
 ……ぎぎぃぃいっ、とあたしは首だけ動かして振り返った。
「と、とぉちゃん……」
 にやりととーちゃんは笑った。
「すまねぇな坊主。こいつ友だちがいなくてな。よその奴を見ては話しかけちまうのよ」
 きょとん、とした顔でそいつは立っていた。
 ……友だちがいない、というのは余計である。
 作れないだけだ。家のシキタリで。
 かーちゃんやとーちゃん、ねーちゃんだって別にいいって言ってる。でも許さない。あたしは友だちを作っちゃいけないのだ。
 ときがくるまで。
 ……その『とき』というのがいつなのかは解らないが。
「じゃあな――ほら。いくぞ」
「……うん」
 あたしは頷いて――
「おい」
 そいつが突然声を出したから、あたしととーちゃんはびっくりして振りかえった。
「俺が友だちになってやる」
「……!」
「今日から俺が友だちだ。
 俺もうすぐ故郷に帰るけど。でも。
 友だちだぞ。忘れんなよ」
「――うん。」
 あたしは頷いた。
 ぐしぐしと目をぬぐって、笑う。
 そして。


 あたしとそいつは同時に言った。




『また!』




「――きろ、起きろ! おい! あんた! 起きろ!」
 誰かが呼んでる。
 ――あぁ。
 あたしは起き上がった。
 ……どうやら馬車に揺られてるうちに眠ってしまったようである。
「ほら、ついたぞ」
 言って、馬車のおっちゃんは前を見た。
「あれがサイラーグだ」


 ……ガウリイ。


 ぎゅっと、あたしは拳を握り締めた。
 ここに今、ガウリイがいる。
 ――待ってろ。
 今助けにいく。
 あたしは今まで見ていた夢の残滓を、首を振って追い払い、あたしは道の先に映る町を見つめた。




 ――死霊都市サイラーグ。
 ガウリイのいる町へ。




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