第9話・「急げ!百鬼魔界へ」
 


 見事、20部分の印刷に成功した我々。
 帰路に着くと共に早速侑紀(仮)宅に設備されている脅威のテクノロジーこと、我々の手によ
って製本が開始されたのであった。

 この作業には、さすがの私もちょっと手伝うことになった。
 一枚の紙に2ページ分が印刷されているので、それを綺麗に真ん中から折り、きちんとペー
ジごとにまとめてホッチキスでとめるのである。
 はっきり言って地味な作業だ。
 
 めんどくさい

 この一言である。
 しかし、そこはさすがの猿飛。私は義に厚い男であるので仕方なく手伝うことになってしまった
のである。
 だけど、
 はっきりいって地味な作業だ。
 
 めんどくさい

 しかし、私とて21世紀最期の大物漫画家のアシスタントだ。
 こんなところで挫ける訳にはいかないのでひたすら左手に紙切れを、右手にホッチキスを、
君には愛、僕には勇気をといった感じで只管作業が続く。
 だが、これはチベット仏教僧ですら、苦虫を噛み潰したような顔をする苦行である。
 幾度も幾度もあの漫画を見なければならないのであるぞ、諸君。
 何度も何度もあの漫画が視界の中に飛び込んでくるのである。
 
 
 そりゃあやる気もなくなるさ




 翌日、侑紀(仮)より「てめえが製本した奴、ほとんど間違ってやがったぞ!」と怒りの
お言葉を頂いたのでありましたとさ。



 








 さて、既に我々のリーサルウエポンは完成したわけなのだが、皆様肝心なことをお忘れには
なっていないだろうか?

 
 そう、私達はこの漫画を売るのである。
 売らなければいけないのである。

 いい加減しつこいのでやめるが、

  要は我々が紙屑をコピー本だと偽って様々な不特定多数の人間に売り捌き、さらにその時
購入した客達を媒介としてそいつらにそれをコピーさせてさらにそれを売り捌かせさらに・・・・と
いった感じで鼠算的に収入を得る・・・・その最終目的のためにまずは我々が直接即売会に赴
かなければならないのである。

 とりあえずこれについては以前行った調査の結果からコミックライブのおでかけライブという
のに出店することが決定していた。
 今となっては何故このイベントへの参加を決めたのかは不明だが、おそらくは大きすぎず小
さすぎずといった規模であり、さらには彼の漫画がターゲットとしている(と本人は言っていた)
人々が数多く参加していたからなのではないかと思われる。
 とりあえずこの辺のことに関しては私は一切かかわらずに、全てを侑紀(仮)に任せたために
私が書けることは余りにも少なく、そして彼もまたこの頃のことなどとうに忘れてしまっているの
でこれ以上書く事は、特に無い。

 だが、サークルカットの作成には私も立ち会った。相変わらず素晴らしい画力を駆使したもの
であった。さらに、この際にサークル名も「えいみえいみん」に決定された。命名理由は長くなる
上に、他人様に説明しても面白くもなんとも無いので省くが、思えばこれは悲劇への最後のス
イッチであったのだ・・・













  やがて、主催者側より侑紀(仮)のもとに連絡が届いた。
   サークルチケットたん

 地方のイベントであるので落選などということはありえないのであるが、
 しかし、奇妙な文章が連絡用紙の中で赤い文字で自己主張していた。


 「サークルカットは鉛筆ではなく、ボールペン等を用いて描いてください」


 急いで同梱のパンフレットを・・・
    パンフレットたん。書き文字については後ほど説明。
  
  

   開いてみてみると


  遅かった。
  余りにも遅かった。
  というよりも、元の絵からしてどうしようもなかった。

  多分、主催者様はこれをクソ真面目にパンフレットに載せる作業をしている自分の存在に
ついて、色々と哲学してしまったのではないだろうか。



  
  作者の理想どおり、ヤオイサークルのなかに囲まれ、それはひっそりと存在していた。


  それは、僕らの青春の象徴。

  背負っていかなければならなかった砂の十字架。








  しかもスキャンしたら裏が透けてやんの。
   一応、左側には「来たれ若人!」、右側には「ゴクウ×三ゾウ有ます」と書いてある。
  
 
  似てる似てないとかの問題では無い。もしかしたら画力の問題ですらないかもしれない。 
  
  とりあえず・・・
  
  「行くの、やめるか。」
 
  それだけが我々の脳裏によぎった共通の言語であった。
  我々には既にやる気など、とうに無い。むしろ、マイナス。
  
  
  おそらく、我々がこんな感慨を抱いているのとほぼ同時に他のサークルの方々もまた、この
カットを御覧になり戦慄を覚えている頃であろう。

 イベント当日、我々はどのような目で見られるのであろうか。
 おそらく、同じ参加者として見られないであろう。それどころか、我々もよく地下鉄で見かける
しきりに自分の頭に打撃を与えている方や何の意味があるのかひたすらスライディングをされ
ている方を見るような、否、見ないようにしているかのような扱いがなされるのではないだ
ろうか。
 
 それならばまだいいかもしれない。もしかしたら、散々漫画を侮辱してきた我々に対していよ
いよ天罰が下るかもしれない。
 上のサークルカット群をもう一度御覧になっていただきたい。
 我々のサークルの隣に物騒な文字が並んでいるのがお見えになるだろう。これを見て我々
はガタガタと部屋の隅で震えていた。・・・・「殺られるカモしれない」、と。
 
  



     
     しかし、時の流れとは非情なものだ。

   あっという間に20世紀が過ぎ、新たな世紀が訪れた。

 ゲームならとうに各ヒロインとの間に重要なイベントが起こっているはずなのだが、それも、な
かった。つまり、バッドルート。
                   

      
   イベント開催日である2月25日が近付きつつあった・・・
   
   
      我々は困惑していた。もはや、時間は無い。


  「侑紀(仮)!!何か打つ手は無いのか!?」
  「一つだけ方法がある・・・他の参加者達は皆、画力を持ち、技術を駆使し、様々なツールを
使い分けている、それを持ってしてクダランやおいを素晴らしいものだと客どもに感じこませて
いる・・・しかし、それは同時に彼ら自身も「やまなし、おちなし、いみなし」の作家になる危険を
避けることは出来ないんだ・・」
  「そうか彼らは自分の作家としての地位を守るために、何らかの対策を用意している-----
--!?」
  「そう・・・その対策こそが・・・独自の才能なんだ!!」
  
  「そうか、あらかじめ独自の才能を持っていおけば、たとえヤオイ作家に落ち着いたとしても
独特の作風を守り抜いていける・・・だとすると、その独自の才能を手に入れることができれば
人類は助かる・・・・

  「しかし、2月25日に間に合うんでしょうか・・・・?」
  「ここで色々考えていても何の解決も見出せない・・・・今は・・・・行動を起こすべきだ。
 いいか。おまえ達、最後まで諦めず全力をつくしてくれ。これが我々のラストリサーチ
だ!!

  


   そして----2月24日
 
  決死のリサーチにも拘らず、我々は独自の才能を手に入れることは出来ずにいた・・・
 「・・・・・・・・くそ・・・・ワクチンが手に入んないんじゃ・・・・どうしようもないじゃないか・・・・」
 「・・・・・・・・・・・」
 「・・・・もう少し時間があれば・・・・」
 「・・・・こんな形で・・・・イベントを迎えることになるなんて・・・・オレたちのこの半年は・・・・一
体何だったんだ・・・・」
  

  カチャ

 「お・・大澤くん!!」

 「どうやら・・・うまくいかなかったようだな・・・・」
 「・・・・・・・・」
 「私は学級長を務めていた頃からおまえたちが一生懸命努力を重ねてきた姿をずっと見てき
た・・・・たとえ結果がどうあれ・・・・おまえ達は、よくやった!!
 「う・・・・う・・・・」
 「それだけは言っておきたくてな・・・・」


 「・・・・・・・・・・」


 


 「いつもと同じだな・・・・」
 「ああ・・・・」
 「まるで新世紀とは思えないおだやかな・・・・平和な光景ですね・・・・」
 「ここにいる人たちは何も知らないんでしょうね・・・・明日何が起きるかなんて・・・・
 
 そんな我々の視界に、どこかの親子の姿が入ってきた・・・

 「ねェお母さん!!」
 「ん-----?」
 「あしたね、そこのホールに、コスプレイヤーが集まるんだって!!電車でオタが言って
た!!」
 「ふーん・・・・コスプレイヤーが集まるとどうなるのかしらね・・・・」
 「ん・・・・と、ん・・とね・・・・きっと、いいことがあるんだよ!エヘッ
 
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・!

 「それじゃ明日は一緒にオタク見ようか!!」
 「うん!!」


  
 「・・・・・・・・」
  スッ
 「侑紀(仮)・・・・」
 「調査(リサーチ)を・・・・続けよう!!たとえ結果が分かっていようとも俺達は調査(闘う)する
ことを放棄してはならないんだ・・・・最後の最後までやりとげる-----それが俺たちに課せられ
た使命だ!!」
 「・・・・・・ニヤッ 待ってたぜ!!その言葉を!!
 
 我々は、歩き出した・・・まだ見ぬ未来のために・・・・・・・・
 
 
           
     そして、ゆっくりとだが確実に時計の針は時を刻む。


               我々は------- 
            運命の日を迎えた----------
 




             〈モドル〉    〈続く〉