テニスのページへ戻る







 ファッションビルの宣伝を謳った看板を背に、背もたれに凭れ掛かり鳳は缶コーヒーを口にする。その隣では日吉がプルも引かずに先程からずっと缶を大事そうに握り締めている。恐らく、寒さで凍えてきそうなその指先に暖を与えてやっているのだろう。
 「ねえ、あと何分くらいだろうね」
 すぐ近くの自販機の真上に飾られる電光時刻版へと、目を遣る。あと少しで下りの電車は入ってくるらしい。ホームの上は、まだ十時半にもならないと言うのに人の姿が少ない。最近は飲み会とかも減っているらしいとニュースでサラリーマンが零しているのだが、やはりそうなのか。
 「日吉、そろそろ俺たちも並ぼうか。人、そんなに居ないけど一応立ってようよ」
 声を掛けてから立ち上がると、
 「……鳳」
 声が掛けられ、
 「やる」
 立ち上がった日吉から、その手に今まで握り締めていたコーンスープの缶を手渡たされる。
 「どうして? 飲まないの?」
 「別に飲むつもりがあって買ったもんじゃねえし。お前、前にこれ飲んでたことあったろ。だからやるよ。ああ、それとこれもか」
 改札を通る前に貸してやった手袋をしていることにはたと気付いたらしく、それを外そうとするのを見て咄嗟に、
 「いいよ。まだしてなよ。手、冷たくてずっとこれを握ってたんだろ?」
 制したものの露出してた甲があまりにも冷たいのを図らずも知り、
 「あ、ほら、まだ冷たいじゃん。ねえ、しもやけとかって出来たりする? あれって痛いんだってね。そう言えばたまに指先にテーピングしてるときってあるよね。あれってもしかして保護してたの?」
 日吉は、そう言って自分の指を触る鳳のその手をじっと見つめている。そうやって見つめる先にある鳳の指に、もしかしたら想いなんてものを馳せているのやもしれない。
 大きくて無骨な鳳のその手が時折驚くほど優しい動きを見せることは、彼はその身をもって知っているはずである。冬場でも手が冷たくなることがあまりない鳳の手が自分に触れると、その触れた箇所はまるで体温を取り戻すかのようにほんわりとする時があるから不思議だと、SEXの最中に零されたことがあるのを鳳は忘れていない。はっきりと口にされたわけではないが、鳳の手がこうして触れてくることは嫌いではないのだろう。むしろ、心地好くなるのであれば好きであるはずなのだ。
 「ねえ日吉」
 もっと、もっと熱い温もりが欲しいと、急に欲張りなことを言い出す心の声を聞き、鳳は少々きつめのちからでもってその指先を握り締める。
 気付けば、いつの間にやら全身で彼の躯を求めているではないか。血が沸々と煮えたぎり、肉は小刻みに震え細胞などはざわつき、そして触れている皮膚はぞくぞくと痺れを発してざわめいている。
 「ねえ」
 その冷たい躯をあっためてあげるよなんて言ったら日吉はどんな顔をするであろう。やはり不愉快な顔だろうか。寝言は寝てから言えって睨まれたりするんだろうか。でもそうは言っても彼のことだから、耳たぶなんかはきっとまた紅くさせるに違いない。
 「さっきからなんだよ」
 「うん。あのさ、したいんだけど……」
 「なにが」
 「やだな。決まってるじゃないか」
 「だからなんだよ。はっきり言えよ」
 「うちに泊まりにおいでって誘ってんだよ。これでわかるだろ?」
 案の定、顔色がさっと変わった。目つきも予想の通り険しいものである。
 「いきなりなんだお前は」
 「そりゃ多分こうやって触ってたからじゃない?」
 「だったらはなせ」
 つれなくも振り払われてしまった。残念。
 「でももう遅いよ。俺、すっかりその気んなっちゃった」
 「だったらトイレへ駆け込め」
 「えっ。そんなトコでいいの?」
 言うと、忌々しげな舌打ちが返って来る。
 「誰が付き合うと言った。自分一人で処理して来いって言ったんだ」
 「それじゃダメなんだよ。俺は日吉としたいの。出したいんじゃなくて日吉と、ヤ・り・た・い・の。わかった?」
 「おいっ……! したいだのヤりだいなのとそんな言葉を連発すんなっ……!」
 「あれ? 珍しい」
 「なにがだよっ!」
 「いつもは先に耳が赤くなるのに今日は顔がもう赤いよ。ほら、こんな真っ赤だ」
 触れた頬は冷たくて、髪までもが冷え切っている。
 「気安く触るな」
 「いいじゃないか。俺だけだろ、こうやって容易くお前に触れる人間は。ほら、これも貸してやるよ」
 解いたマフラーを首に掛けてやると、
 「ばっ……いいっ……!」
 見る間に更に赤く染まって逃げ出そうとするので、
 「ダメだよ。そうやって寒そうなカッコ見せるから抱き締めて温めてあげたくなるんだよ。ほら、巻いてあげるからじっとしてて」
 一部分の心情を吐露してあげると、そんなに抱き締められるのがイヤだったのか、途端におとなしくされるがままになる。
 巻き終えたマフラーのしっぽを後ろに流すやさっと隣に並び、彼との距離を縮める為に無防備になっていたその手を再び握った。
 「日吉、俺はあったいよ。ほら、ね?」
 素早くコートのポケットの中へと仕舞い込んで、それから中でもう一度しっかりと握った。


 「缶なんか握るより俺の手を握ってよ。そしたらこうやって握り返してあげられるんだから。ね?」


 赤いまま俯いたきりとなった彼と繋いだ手にぎゅっとちからを籠めても、彼は舌打ちはするものの解こうとはしない。

 諦めたか。

 満足気に鳳が口の端を上げたその時、タイミング良くホームにも音が流れた。

 「……おい、電車が入ってくる。はなせよ……」
 「ん? 大丈夫。乗り込む時になったらはなしてあげるよ。でもこの時間だったら車両もすいてそうだし。平気かもよ」
 「冗談じゃねえ……! この手はなさなかったら蹴りくれてやるからな」
 「あはは。でも加減くらいはしてくれよ」
 「鳳っ……!」
 「じゃあ、このまま俺んち来るって約束しようよ」
 「お前もしつこいな。行かねっつったろ……」
 「でも俺まだ日吉と居たいし」
 「……もう十分居ただろ……朝に待ち合わせしてこんな時間まで一緒に居たじゃねえか……」
 「うん。だからかな。離し難くもある。本当は、一本送りたい気持ちなんだけど」
 「……」
 「日吉と居ると俺もあったまる。日吉の温もりは俺にはちょうどいい。俺にはマフラーも手袋もいらない。日吉が居てくれたらそれでいい」
 「…………」
 「ひ〜よ。黙ってないでなんとか言おうよ。ん?」
 「……るせぇ……お前は少し黙ってろ……」
 「いいけど……でもそしたら日吉も真剣に考えてよ。ね?」
 「だから黙ってろって言ってる……! 横でごちゃごちゃ言われてたら気が散って考えられねんだよ……!」
 「そっか。ごめんな」
 マフラーの下に隠れたダッフルコートの襟元を掴んで、強情さが残る横顔を見せる彼のそのラインを静かに見守りながら、鳳は気長に待つことにする。
 「……ちっ。……くそっ……なんで同じように外に居てお前は冷たくならねんだよ……」
 まるで不公平だと言わんばかりのその口調には、鳳もつい笑ってしまう。
 「日吉……」
 「なに笑ってんだよっ……」
 「や。だってお前も離し難いと思ってるってみたいだからさ」
 「ばっ……! 誰がそんなこと言ったよ!」
 「え、だってそういう風に聞こえたよ?」
 「勝手に解釈すんじゃねえ……! おい鳳っ……! いつまでもにへらにへらしてんな! むかつくんだよ……!」
 「ごめんごめん。あ、電車入って来た。日吉、前に出過ぎ。下がった方がいいよ」

 ポケットの中の手を引いて、揃って一歩下がり終えるや耳元に口を寄せ、電車が来てしまう前にとそっと囁く。

 「俺の部屋、ヒーター掛かってるよ。セットして来たんだ」

 俺もあったかいし、日吉にとってはいい事尽くめなトコだよ?

 真っ赤な耳たぶが舐められないのを少々残念に思いながら手にちからを籠め、この場で構わずに抱き締めたいのを堪えて答えを待つ。
 少々意固地なところがあるから素直に頷くことは望めないだろうけれど、連れて帰りたくばこの手を最後まで離さなければいいだけのこと。押しに弱い彼のこと、手を引けばきっと従うはずだ。

 今だにまだこうして手を繋いでいるこの姿勢が、多分、答えなのだろう。










END
(04.03.18)

 


 

ホームはどこのホームでもいい。遊んだ帰りってことで。でもなんとなく有島の頭の中では笹塚あたりが浮かんでいるっぽい。京王線ね。甲州街道沿いに結構遊べる場所あったから。ちと思い出しながら書いてたから、雰囲気は多分ソコのそれだ。

九時過ぎるとぐーんと人が減るんだな。終電間際になるとまた増えてくる。

カップルがいちゃつくのもよく目撃したよ。

勝手にやってれというカンジだったから、きっと男の子二人がくっついてても誰も何も言わんでしょう。多分ね。

あ。笹塚もいいけど、明大前でもいいや。

ま、どっちでもいいか。ホームの上でいちゃつく鳳若ならどこだっていいさ。

 

おまけっす。

 

「……っう……あ、ああ……!」
腰を突き上げる度にシーツが蹴飛ばされて、スプリングが軋む度にベージュのストライプシーツも乱れていった。
ふっ、ふっ、ふ、と零れてくる自分の息遣いを拾いながら、ずんずんと腰を打ち付けるそのさなか、深く貫かれたその痛みを一生忘れなければいいと、ふとそんなことを思ってしまった。
記憶が薄れても躯が覚えていればそう簡単に自分のことを忘れたりはしないだろうと、そう思うからか。
「あ……! あ、……う、……ああっ!」
呻きと喘ぎの入り混じった声で啼かれる度、愛しさも募っていくようだ。
「……鳳っ……! 鳳……! ……あ……イヤっ、だ……」
鳳の手首をほとんど無意識な状態で掴んだまま、虚ろに視線を天井に投げるのだが視点は定められないらしく、もうずっとふらふらと彷徨わせている。
「……っ……ん、……」
「もう限界? イきたい?」
その囁きに、息を殺したあと一転して眼差しがきつくなる。
「はいはい。……聞かなくてもわかってるだろって言いたいんだよね。うん、わかってはいるんだけどね……言ってくれてもいいんじゃないの?」
「ああっ……! んっ……! て、てめっ……いきな……り……なんだよっ……あ、っあ……んんっ……!」
上へ上へとずり上がっていく躯の肩を押さえつけ、ずんずんと腰を突き上げていく。
「っ、……お、とりっ……!」
「ん、……イくかもっ……俺ももうダメ……」
「っあ……あ……っ……!」
射精したその瞬間、ぶるりと鳳の躯は震えた。直後、うなじがぞわぞわと寒気だってくる。悪寒にも似た気持ちの悪さだ。
ふうっと息をつくと、ぽたりと汗が日吉の首筋の上に落ちたが、それが滲むのを見て鳳はまたヤりたくなるのだった。


 

結局こうなった模様。

テニスのページへ戻る