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 恋愛はより好きになった方が負けとよく聞くけどその通りだと思う。駆け引きができなきゃ恋愛は長くはもたないらしい。まったくその通りだよ。俺もついこの間学習したよ。相手の気を引こうと思ったら嘘の一つや二つ平気で当たり前につけなきゃダメだね。
 嘘をつくことで相手の気持ちが知れるんだ。罪悪感さえ感じなければこんな面白いことはないよ。望みを叶えたければ躊躇うな、幸せになりたければ我侭になれ、誰だったかがそんなことを言ってたっけ。

 

 

                           駆  け  引  き

 

 


 あ。手塚部長発見。なんか隣にやけに馴れ馴れしい態度の女の姿もあるけど、誰それ。随分会話弾んでるみたいじゃん。へー、律儀に答えてるじゃん。ふーん、普通に会話、できんだ。
 「越前、さぼってないで真面目に掃除しろよ。おい越前、無視すんなってよ。あ、ちょっ、越前、どこ行くんだよっ」
 うるさい。掃除なんて俺一人抜けたところでさした支障は起きないだろ、こっちは今それどころじゃないんだよ。
 「あれ、越前クン?」
 「えっ、もう掃除終わったの?」
 「あ、じゃあゴミ捨てに行かなきゃ」
 「これ」
 「え? え?」
 「よろしく」
 「えっ、ちょっと、越前クンっ……」
 途中で出会ったあの女子達は多分同じグループだと思う。まさかほうきを引き摺ったまま追い掛けるわけにはいかないからね。それにしても部長、どこへ行く気なんだろ? あっちは確か……体育館しかないはずだけど……。
 え? ホントに体育館の中に入っちゃったよ。なんの用があるっていうんだろ?
 「越前くん、なに、してるの?」
 「……不二先輩」
 「そんなとこから中を覗いてなにを見てるのかな?」
 「つけてきたんスか?」
 「うん、ちょっとね」
 なにが『ちょっと』なんだか。
 「睨まないでよ」
 「気配全然しなかったっスよ」
 「キミ、夢中になってたみたいだから気付かなかっただけなんじゃない?」
 「どこあたりからつけてきたんスか?」
 「ほうきを預けて渡り廊下を渡ったあとくらいかな? キミが手塚に熱い視線を送ってるのを偶然見かけてね、あまりに真剣な目だったんでつい、あとを追ってきちゃった」
 アレ、見られてたんだ。けどだからってつけてくることはないのに……って言ってもこの人には通じないか。
 「楽しもうって腹っスね」
 「あれ? わかる?」
 女子がいたら歓声でも上がりそうな笑顔だけど、このヒトがこういう顔する時は注意が必要だ。まず目は離さない方がいい。勝手に出ていかれてペラペラ喋られても困るし、隣でごちゃごちゃ言われんのも迷惑。どうせ不安をあおるようなことしか言わないのだから。そして、なにより一番困るのは部長に気付かれるようなことをされることだ。
 「どうせ追い返そうとしても、ムリなんスよね」
 「うん」
 「……邪魔だけはしないでくださいね」
 「努力はするつもりだよ。越前くん、溜息ついてる場合じゃないんじゃないの? あの二人のことが気になってここまでつけて来たんでしょ? だったらこんな小窓から覗いてないで中に入った方がいいんじゃないの? ここからだとよく見えないでしょう」
 「それはそうっスけど、入ったら見つかっちゃうじゃないですか」
 「大丈夫。あっちの裏手に用具室の入口があるじゃない、あそこから入ればいい。あそこ、昼間はカギがあいてること多いんだよね。それに午前中僕ら体育でここ使っててカギが掛かってないのは一応確認済みだから」
 ……楽しそうな不二先輩に逆らえるはずもなく……裏手にまわって青い色をした鉄製の扉のノブを回す先輩のあとに続いて中へと侵入を果たす。
 窓もあり、日も差し、用具室といっても明るい。舞台裏手にあたるためか広さも充分あり、平均台、跳び箱以外の用具は反対側の用具室に仕舞われているために雑然とした印象もまったくなく、ホコリ臭ささえなければ昼寝をする場所として利用したいくらいだ。
 「越前」
 手招きする先輩に近寄ると『上』と舞台へと続く階段を示された。その先で見たものは緞帳と同じ生地のカーテン。それが邪魔をしてて舞台の上を覗うことはできないけど声がしているのは聞こえた。
 部長の声だ。女の声も一緒に聞こえる。
 「生徒会の打ち合わせっぽいね」
 だとしてもなんで二人きりなわけ? 役員はほかにもいるじゃない。そいつらはどこいったわけよ?
 「来週、確か総会があったよね。その打ち合わせかな?」
 「ふーん」
 二人きりで? 
 「うーん、ここからじゃ音、拾いづらいね」
 何段か上がって舞台上の様子を覗おうとしてるけど、このヒトも純粋に興味を持っているんだろうか。それともやっぱり俺をけしかけようとしてるんだろうか。なんか、判りづらい。
 「越前くん」
 「なんスか」
 「なにぼけっとしてるのさ。そこじゃ音、聞こえづらいでしょ、のぼっておいで」
 「あんま上まで行くと見つかるっスよ?」
 「大丈夫。手塚達、舞台のちょうど真ん中辺りにいるみたいだよ? 話の方もまだ続いてるみたいだし今のところは安全みたいだよ。ほら、こっちへおいで」
 「でも、そこへ行っても舞台の上を見ることはできないっスよね。確かに声は拾いやすいのかもしれないけど様子まではわかんないんスよね」
 「そうだね」
 「声だけ聞けても落ち着けないと思うんで遠慮するっス」
 「可愛いこと言うじゃない。でもそこよりはマシだよ、おいで」
 「ちょっ、いいってば、離してくださいって」
 不二先輩は強引だった。腕を掴むと引っ張って、最初に先輩がいたところまで俺を連れてのぼると『なんのためにここまで追いかけてきたのさ、気になったからなんだろ、ここで二人の会話よく聞いてるといいよ。でないとキミ、あとで後悔するよ?』薄く笑いながら容赦なく言い放った。
 間違ったことを言っているとは思わない。だけど思い遣りがない。凄んでどうするんですか。それに大きなお世話だ。勝手にヒトのあとくっついて来てなにでしゃばってんだよ。あと、後悔するって勝手に決め付けないでよ。
 「こっちを睨んでる場合じゃないでしょう」
 「不二先輩が不安になるようなことさらっと言ってくれたからですよ」
 「だったら尚更今注目すべき対象物はあっちでしょう。ほら、あと三段くらい上がって。そしたらもしかしたら見られるかもよ?」
 「そんな上まで行ったらばれるっスよ」
 「大丈夫。何の為のカーテンだと思ってるの、身を隠すんだよ、ほら、行くよ」
 ちょっ、あんた強引過ぎっ。ていうかまずいって、ばれるって! ちょっ、先輩、やめましょって、ねえって!
 「しっ」
 先輩の手がにゅっと伸びてきていきなり口が塞がれた。び、びっくりさせないでよ、もうっ。
 「ここからはもう少しトーン落そう。あ、ほら、こっちへ寄ってごらん、どう? 見れるでしょう?」
 ほんとだ。部長だ。
 「ふーん、やっぱり総会の段取りを打ち合わせてるみたいだね。彼女たしか……進行役に就いてたと思うよ? 生徒に向けての放送は手塚がすることになってるから、間違いなくあれは打ち合わせ中だね」
 「先輩、よく知ってますね?」
 「うん、まあね」
 「だったらもっと前に教えてくれてもよかったのに。なにもここまでのぼってこなくてもここに忍び込む前にあの女のヒトの正体と部長の役目は言えたはずっスよ?」
 「ほんとにねえ、僕としたことがうっかりしてたよ」
 俺で、暇を潰しましたね?
 「そんなに苦々しく顔を顰めないの。可愛くなくなってるよ? ほんとにうっかりしてたんだって。でもおかげでこんな近くまで寄れたんだからラッキーってなものでしょ?」
 「べつに可愛さをうりにしてるわけじゃないんで不細工でもかまわないっス。でもま、たしかにラッキーっす。それに真相が知れたわけだからすっきりはしたっスね。アリガトウゴザイマス」
 「ふふ、気持ちがこもってないように聞こえたけど、キミが自主的に感謝の言葉を述べるなんてこんな珍しいことはないから一応受け取っておくよ、どういたしまして」
 身を隠すためだから仕方のないカッコウなんだけど、厚くて少しホコリ臭いカーテンでくるりと姿を隠して顔だけを覗かせた先輩は、その容姿のせいなんだろうけど『いたずら好きな見習い魔女』という印象を受ける。実際このヒトが自主的に動くときはたいていろくでもないことを考えていたりする。このヒトの言動って爆弾と同じなんだよね。
 一言余計って言うか大きなお世話って言うかあの巧みな口によくみんな翻弄されるんだけど、このヒトの口から出る言葉が相手にダメージを与えているってこと、このヒトは気づいてやってるのかな。
 相当の数の人間が『不二、頼むから黙っててくれないか』って引きつった顔して弱々しく哀願って言うの?
 ソレしてるとこ見たことあるけどアレ目の当たりにして『言い過ぎたかな』とか思ったりしないのかな。
 あの部長もよく『不二にも困ったものだ』って零してるし、副部長なんて騒ぎにこのヒトが関わってた事実知ると必ず胃の辺りを摩ってるもんね、そういう事実があることこのヒト知ってんのかな。
 「なにかな越前くん、なんかものすごくなにか言いたそうだね」
 「べつに……」
 「そう? 我慢は体に良くないよ?」
 「それに乗せられてぽろっと言った場合の今後の方が精神的にきつそうなんで黙秘させてもらうっス」
 「キミ、やっぱり可愛くないよ」
 「いっスよそれでも」
 「手塚にだけ可愛いと思われていればいいって?」
 え?
 「あ、終わったみたい」
 ちょっとあんた、今さらりとスゴイこと言いませんでした?
 「じゃ、頑張ってきてね」
 えっ!? なっ、ちょっ、…………………………………やられたっ。
 「―――――――――――越前?」
 「っス」
 「そんなとこからどうした?」
 あんたのアトつけてきて今までずっと覗き見してました。なんてね。言えるわけない。やってくれたっスね、恨みますよ不二先輩。
 「越前?」
 「ちょっと通りかかって寄ってみたんスよ」
 まさかあそこで押されて舞台上に突き出されるなんて夢にも思ってなかったよ。あのヒト、やっぱりろくでもないこと考えてたんだな。絶対最初からこうするつもりだったんだ。ホント、やってくれたっスよ先輩。あとで一言くらいなんか言わせてもらうっスからね。
 「お前ひとりか?」
 「え? あ、そっスけど」
 「さぼりに来たのか?」
 「まぁ、そんなとこっスかね。特にこの下の用具室、結構いけるっスよ? 昼寝するのに最適ってカンジするっス」
 「感心せんな」
 「ところで部長」
 メガネをついと押し上げて見下ろす先輩に、そっと、手を伸ばして触れた。
 「おい」
 珍しいこともあるね、俺の意図、読んだよこのヒト。だけど俺の方が瞬発力あるよ。残念だったね。
 「越っ……」
 唇に唇を当ててうるさい口を塞ぐ。黙っててよ。あの女はもういないし、不二先輩はいてもいなくても同じだし、ねえ、この広い体育館には俺とあんたの二人きり、みたいな状況どうして見逃すのさ。
 「…………お前は」
 「無粋なこと言ったらまた塞ぐよ? 次はもっと激しいのいくからね? ちょっと、そこでなんで溜息つくのさ。ここは一発そっちからお返しがくるところじゃないの? ねえ、どうなのさ」
 「……お前はここがどこなのか理解しているか?」
 「舞台の上」
 「そういうところでどうしてこういうことが出来る? 人が入ってきたらどうするつもりだ」
 「こんな時間にこんなとこまで足運んでくる暇人はそんなにいないよ。ねえ、だったらこの下の用具室に行こう?」
 「調子に乗るな」
 痛いっ。なんでここで叩くのさ。
 「ほら、おりるぞ」
 「やだ」
 「そうか。なら俺一人でおりる」
 「ダメっ」

 

 


 だってあのヒトも言ってくれたよ? 頑張れってさ。

 

 

 

 だから、ねえもう一回くらいキスさせてよ。今度は深いやつを。ねえ…………いいでしょ?

 

 

 

 望みを叶えたければ躊躇うな、幸せになりたければ我侭になれ、誰だったかがそんなことを言ってたんだよ部長。だから……ね、協力して?

 

 

 


END
(02.10.29)


 

王子が小悪魔なら不二は? 妖精と言ったら殴られますか?

部長? 彼は王子のダーリン以外の何者でもないっス。

ヤるときゃヤるがかかりの悪いエンジン搭載してるんで、普段はぼけぼけ。

早くふかしてやれよ王子、とにかく頑張れ。

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