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 ジローにだけ、跡部は甘い気がする。

 

 

                         隣 の 芝 生

 

 

 「あ。跡部みっけぇー」
 呼び掛けると同時に飛びついたジローはいつものようにそのままおんぶされて部室まで運ばれる。
 「てめぇー、俺は籠じゃねんだぞ」
 「えー。でも景ちゃんいつもちゃんと運んでくれんじゃん。俺の定期便だよん」
 「好きで運んでるわけじゃねえよ。てめぇがどうやっても離れねえから仕方なく連れて来てやってるだけだ。ったく。てめぇくらいだぜ、この俺様を足にすんのはよ」
 「へへ。やっぱ愛があるんだねぇ。嬉Cね」
 「戯言は俺の居ないとこでほざきやがれ。ばかが」
 ばかと言いつつその表情に棘は見当たらない。むしろいい加減にしやがれと呆れつつも笑ってやれるだけの余裕と慈悲が見え隠れしている。
 俺様な跡部が誰かの為に働くなど絶対に有り得ないとずっと思っていたのに。
 これはひどい裏切り行為である。
 「なんや、自分優しいこともしてやれるやん」
 「あ? なんか言ったか?」
 「言ったけど独り言や」
 「あ?」
 ジローに見せた余裕とは毛色の違う高飛車なその顔つき。なぜこの男はオレにだけそういう顔を向けるのか。
 好戦的、いや、むしろ挑発されているみたいなこの感覚。跡部と対峙すると、いや、跡部がオレを見るとき、決まって神経が尖ってくる。
 「だから言ったやん。独り言や」
 「はっ。でけぇ独り言だな」
 「なんや、自分ちゃんと聞いてるやん。やのに聞き返したりなんかして。ほんま跡部て意地が悪いわ」
 「あ? なんだてめえ、なに拗ねてんだよ?」
 「なん、そないな風に見えるん? ちゃうねんけどな……ま、べつにええねんけど……」
 拗ねてるわけではないのだ。眼鏡を外して視線を外しブレザーを脱いだのは、単に跡部とこれ以上目を合わせていたくなかったからだ。跡部のあのきつい目つきは最後はいつもオレの神経を焼け焦がすのだ。そうならなきゃいけない理由なんてないはずなのに、この焦れた感覚、これが嫌いだ。
 「おい」
 「ほんまになんもない、……」
 ふっと、翳った視界。瞬く間もなく目の前に現れたのは、見入ってしまうほどの綺麗な跡部の顔。相変わらず表情のないその顔は、今日も変わらずやっぱり温かみがない。
 そしてやっぱり何を考えているのか、その頭の中の思考も読ませてはくれなかった。
 果たして息を飲むのが先だったか、口を塞がれたのが先だったのか。舌を絡め取られている今となっては今更なことなのかもしれないけれど、勝手気侭に振舞われている身としては、やっぱりそこは気になるところだ。自分は割と察しがいい方だと、これでも自負してるのだから、危機も抱かずぼけっと見てただけでしたなんてのは許せない。ところがどうも記憶が曖昧でそこのとこがちゃんと思い出せないのだ。背ける間もなく跡部の顔が近づいてきていたような気もするし、気付いたときにはもう重なっていたような気もするのだ。どうせこのあとも横柄な態度を取られるのだ。もしもバカ面を晒していたならプラス、鼻で笑われるだろう。そうなったらヤツの傲慢なその態度にきっとオレは本気で眩暈を起すだろう。
 しばらくしてから解放されて、何を探ろうとしているのかじっと覗き込んでくる跡部に退路を塞がれたオレは、だらりと両手を下げて『なん?』と聞き返すのがやっとだった。
 「心、ここにあらずとはどういうことだよ?」
 さすが跡部。鋭い。
 「どうもあらへんよ。いきなりなお前についていけへんかっただけのことや」
 「はっ。応えてたのに、か? ヘタな嘘をつくんじゃねえよ」
 「ちょい待てや。なんやのそれ。応えたったならええことやん。やのになんで心ここにあらずなんて言うん?」
 「いまいち集中してなかったんだよ。集中してりゃてめえは今頃俺に縋りついてて二人してケツ床につけてるぜ」
 どこまでも自意識過剰なオトコだ。立派である。そこまでいくとその潔さに拍手を贈りたいくらいである。が、覚えがないわけでもないので、その射抜くような視線をするりとかわしてやりたくなり、
 「これから部活ってときに本気なんか出せへんよ。加減せえへんかったらお互いに困ることになるやろ?」
 進む道を塞いでいる跡部の胸を突いて押し退けようとしたら逆にこっちのその腕をついっと取られてしまい、
 「そういうとこ、てめえは器用だよな。心はどっかに飛ばしながら躯の方は適当にうまく応えさせておけるんだから感心するよ。たまーにだがホント、平気な面して仕出かすんだからよ。で、今回はコイツ、どこに遊びに行かせてたんだよ?」
 「どこって……」
 とんと、跡部の指で突付かれた胸は、答えを待つ跡部には悪いがずっと跡部のことを考えていたのだ。気はそぞろだったかもしれないけれど跡部のことをつらつらと考えていたのだ。跡部はなにか誤解をしている。そもそもオレは全然器用なんかではない。跡部のことしか見えてなくて余所見なんてしたこと、一度だってない人間だ。跡部のことを考え出すと考えることが色々とあってあっという間に時間だって経ってしまうし思い巡らし過ぎて気持ちが乱れる時だってあった。特に今気になっているのが跡部との行く末だ。先のことを考えるとやっぱり不安になるし、そうやって心が騒いでしかたのない時ってのは、割とよくあるのだ。だからか、自分はよくこう嘆いている。オレばかりが振り回されてるって。
 跡部は、嗅ぎ分けたり見分けたりする能力が人より優れているはずなのに、めったにないことだが珍しく、大きく的の外れた思い違いをしている。いったいどこで自慢のそのセンサーに傷をつけてきたのか、まったくもって跡部らしくもない。
 「ちっ」
 苛付いているらしいその舌打ちに、はっと、オレの思考は断ち切られてしまった。
 「……跡部?」
 これもまた珍しいこともあるものである。あの跡部が俯いてるなんて、一体何が起きているのか。目の前のこのつむじは本当に、常に威張って偉そうに構えている、あの、跡部景吾のものなのか。人に頭を下げることなど一生ないと思っていたあの跡部が、意味合いは違うが俯くことなんてこと、目の前で起きていいことなんだろうか。
 「ちょ、なんなの? めっさ心臓に悪いわ。悪いけどとっととこの頭、上げてくれへん? お前のつむじなんてものは一生見とうないわ。うん。跡部て言う人間の人柄にはこういう態度はものすごぉく似合わんわ。ヘンや。頼むからやめてや」
 「あ? なに言ってんだてめえ?」
 「それや。やっぱ跡部はそやって背筋ぴんと伸ばしとった方がええわ」
 「あ?」
 剣呑な目つきをする跡部に、オレは内心で胸を撫で下ろしていた。
 うまくは言えないのだが、らしくない跡部だとか重たいこと考え始めていた自分とか、そういうの、自分達には似合わないことだと思うのだ。第一オレは自分のそういう気持ちを逐一跡部に話していく気は、全然ないのだ。思い悩むのは勝手だが、そういうことになっているのにあんな風にして跡部のいる前で物思いに耽るのは、考えてみたらおかしい。
 「あ。あかんよ、そないに深く皺刻んだら。せっかくの綺麗な顔がだいなしやで?」
 「ああ? てめえさっきからぺらぺらと勝手に口走らせやがって、うるせえよ」
 「そ? あ。隙あり、やで?」
 案の定うっすらとあとに残ってしまった鼻の付け根のとこを指の先でちょんと触ると鬱陶しそうに跡部は目を瞑ったが、振り払われたりはしなかったので調子に乗ってそのまま頬までおろしていって、ぱちんと目が開いたのを機に、そのまま首の後ろまで手を回してしまってくいっと引っ張ってきて薄く開いていたその無防備だった唇に自分の唇を押し付けてやった。
 それまでしていた話の流れを変えるには無遠慮な行動に出るのが一番効果がある。
 「……確かこのあと宍戸らと打ち合うんやったよな。せやからこんなもので堪忍したって?」
 軽く触れるだけ。舌は入れなかった。きっと10秒もしていなかったはず。
 「部長さんがだらだらしとったらあかんとちゃう? はよ行きや?」
 てめえはどうなんだと、跡部から離れた途端目で問い掛けられてしまい、オレはネクタイをするりと外してそれを振り子のように振らせながら答えてやった。
 「見てわからん? 誰かさんにずっと邪魔されとってまだ全然着替えが終わっとらんのや」
 「あぁ? んな長々と拘束してた覚えはねぇぞ」
 「よう言うわ。着替えてる途中だったオレを襲ってきたくせに」
 「あぁ? その前までてめえはぼけっとあほ面晒してたじゃねえか。のらりくらりやってたのはどこのどいつだ、あぁ?」 
 「そやったっけ?」
 「すっとぼけてんじゃねぇよ、ばか」
 「なあ。なんでこっちの人間てすぐそやって『ばかばか』言うん?」
 「あぁ?」
 「はっきし言うて耳に心地良くないねん。食いもんの味付けとか電車待ちとかはもう慣れてもうたけどなんやそのばかって言われんのだけはいまだに慣れへんわ。感じ悪うも見えるし言われるとそれまで腹なんか立ってなかってんのになんや急にむかむかっとして腹が立ってくんねん」
 「それがどうした。ばぁーか」
 「うわ、なんやのそれ。好かん言うてんのになんでまだ言うん? 跡部てほんま意地が悪いわ」
 「そうかよ。ありがとよ。俺に言わせりゃお前がよく使う『あほ』って言葉の方が言われるとむかつくぜ。最初言われた時はマジでてめえの首、絞めてやろうかと思ったぜ」
 「なんで? あほ言うた方が柔らかいやん。これって親しみを込めて使うことが多いんやで?」
 「知るかよ、んなこと。それよりてめえ、さっさと着替えろよ。さっきから見てりゃずっと手が止まったまんまだぞ」
 「え? ああ、……ほんまや。かっちりとまったまんまや……一個くらいは外したと思てたやんけどなんや勘違いしとったんか……」
 跡部に言われて視線を遣ったオレはようやくシャツのボタンを外しにかかった。しかし考えてみたら『さっさと着替えろ』なんて言ってくれたりしたが、会話が成り立っていたと言うことはつまり跡部も律儀に受け答えをしてくれてたってことだ。自分も一緒になって話してたくせに手が止まっていたはない。
 いっそ着替えるのを手伝ってくれと言ってやろうか。
 ――――――。 ダメだ。それだと自らの手で墓穴を掘ることになる。
 あほななこと考えてないでこの場はせっせと着替えに専念した方が利口なのかもしれない。
 「忍足」
 「なん? まだおったんか?」
 跡部の声がしても振り返ることは避けた。顔は見ないほうがいいかなと、ふと思ってしまったのだ。
 「着替えたらすぐ行くから先行っててや」
 「そこのイスの背んとこにジローのヤツがタオル忘れてってるから出る時忘れず持って来いよ」
 「は? なんでオレが? 気付いたったんならお前が持ってってやったらええやん」
 「なんで俺が持ってかなきゃいけねんだよ」
 「それ言うたらなんでオレなん?」
 「最後に出るからに決まってんだろが」
 「は? それはまたどういう理屈なん? 訳わからんよ?」
 「るせぇな。ぐちゃぐちゃ言ってねえでちゃんと持って出て来いよいいな」
 「あ。ちょっ、跡部! っておい待てぇや、なに、さらりと無視して行きよんねん!」
 無情にも閉められてしまった扉の向こうに消えた跡部に舌打ちをして、乱暴にシャツを脱ぐとそれをそのままロッカーの中に投げ込んで、裸の背をロッカの扉に持たれ掛けさせた。
 面白くない。
 なんで最後にまたジローが登場してくるのか。
 これまでされた意地悪ではこれが一番気分が悪いものかもしれない。
 「なんでなん?」
 跡部とジローがどうこうなっているとまでは思わないが、跡部の方は確かにジローを甘やかしてるとこがあるからどうしても二人には目がいってしまう。動きが気になって、無視が出来なくてつい追ってしまうのだ。
 ジローの方は万事があんな調子だから堂々と跡部に甘えかかるし。
 傍から見てたらべたべたしているようにしか見えないのだ、あの二人がくっついていると。
 「おもろないでマジで。なんでなん跡部? 新手のイヤガラセだとしたらめっさ陰湿なやり口やで……それともそないな風に見てまうオレの目ぇが濁ってるんやろか……」
 ふと、足元にネクタイが落ちているのに気付いた。かがんで拾って手の中に丸め込むとわた埃も一緒に丸めていたのを発見した。
 「あー、あれやな……好き言うたオンナのコたちの気持ちがなんかわかった気ぃするわ。甘えたりむくれたり泣いたりしたあのコらも、こないな気分やってんなきっと……」
 今度、真似て自分も拗ねてみようか。跡部はどんな顔をするだろう。女みたいな下らない態度取るなと鼻で嘲笑うんだろうか。それとも不気味がって言葉を失くして鳥肌を立てるんだろうか。
 「あかんわ。先にこっちの方が鳥肌ってきたわ」
 フックにネクタイを掛けてユニフォームを着込み、ジャージを抱えたあと、仕方なく忘れていった件のタオルを手にして岳人らが待ちくたびれているだろうコートへと向かった。

 

 

 

 「遅ぇぞ忍足」
 さっそく飛んできたのは苛ついているらしい跡部部長様の低音なお声。怒鳴ったわけでもないのに辺り一帯遠くまで響いたらしい。周囲からしーんと言う音が広まってきている。
 跡部の機嫌が悪いのをその声から判断したのだろう、誰もが無言を守り距離を置く。
 とばっちりは受けたくないと言う本音がその静寂さから伝わってきて、オレは素直に詫びた。
 「さっさと柔軟を済ませろ。お前以外は待ちくたびれているもんだからそこいらでだれててうぜぇんだよ」
 腕組みをしていた跡部が背を向けて早足で向こうへと去って行くのを見送りながらラケットをフェンスに立て掛けて、ジローの姿を探した。
 「ユーシ」
 「あ、がっくん。なあ、ジローどこにおるか知ってる?」
 「ジロー? 知らないけど」
 「そか。あ、ちょうどええわ。なあ、柔軟にちょおつきおうてや」
 「いいぜ」
 「宍戸らはどうしてるん?」
 「さっきまで一緒に居たけど跡部がぴりぴりして口うるさくなってからどっか逃げてったぜ」
 「なんや、跡部のやつそないに怒っとるんか」
 「うん。すげぇ苛ついてるみたい。だからユーシ、あんま刺激与えんなよ?」
 「はは。あ。ジロー!」
 フェンスの向こうに現れたのを発見。きっと裏でまたぼけっとしていたにちがいない。
 「ちょおこっち来てや。これ、忘れもんや」
 かざして振ったそれにジローは『あっ。それオレのー』と指したままのらりくらりと歩いて来くる。ジローが急いでいるとこ、いっぺんでいいから見てみたいものだ。
 「ジロー、走れや。そこ歩いてる場合とちゃうで」
 「それどこにあった?」
 「部室」
 「ん、ありがと」
 「しっかりしろよなジロー」
 横から現れて岳人がぺしんとジローの頭をはたいた。
 「気付いたんは跡部やで。オレは持ってけて言われただけや」
 「はは。自分で持って来ないとこが跡部らしーよね」
 「せやな」
 「おい、ユーシ。早いとこ柔軟済ませようぜ。こんなとこで立ち話なんてしてっと跡部に怒鳴り込まれんぞ」
 「ん? ああ、せやね」
 背中にぴとりくっついてぐいぐい押してくる岳人の頭を撫でてわらうと、ジローにくいくいと手招きをされた。
 「なん?」
 「ん、ちょっと」
 「あ、ちょっとユーシっ」
 「ごめん。ちょお待っとって」
 そう言って剥がして歩み寄ると、耳を貸せと言われた。
 「うわっ。内緒ばなしなんかしてやらしーぞそこっ」
 大きな声を出した岳人に、ジローが珍しく『しっ』と静かにしろと言う合図を出した。
 「騒いだら跡部に見つかるよ? 跡部って無駄に耳いいんだからさ」
 ジローにそう言われて岳人は振り返って跡部がどこに居るのかを探し始めた。
 「ね、忍足」
 「え? ああ、なん?」
 近付けた耳にジローがこそりと呟いた。
 「あのさ、気をつけた方がいいよ」
 「へ? なにを?」
 「柔軟するのはいいけどあんまり仲良くしてるとこ見せびらかさない方がいいよってこと」
 「は?」
 「やっぱりわかってなかったか。あのね、跡部って心狭いよ?」
 真顔で言うジローと、岳人の後頭部の上から見るずっと向こうとを、思わず何度か見比べてしまった。
 「うん。忍足の前では見せないんだろうけど機嫌悪い時は黙ってられないみたいだよ。だから忍足にばっかり口うるさく小言が飛ぶんだよ。あ。ちょうどいいや」
 そう言ってにこりと笑ったジローをじっと見つめた矢先、『ユーシ! やばいよ』と焦っているような岳人の声が飛んできた。
 振り返って岳人に目を向けると跡部がこちらに向かって来ているのが見えた。
 「おい忍足!」
 「じゃ、頑張ってね」
 「え? あ、ジロー!」
 「てめえなにごちゃごちゃやってんだよ! 柔軟は済んだのかよ?」
 さっさと逃げたジローに溜息をついて振り返ると、脇を岳人がすり抜けて行った。
 「ごめんユーシ! あとは任せた」
 岳人にまで見捨てられてしまった。
 「準備が出来てんなら油なんか売ってねえでさっさとコートに入れよ」
 眉間に刻まれたあの皺は相当深そうだ。
 「あー……それがやな」
 「あぁ? まさかまだ終わってねーとか言わねぇよな?」
 目の前で腕を組んだ跡部の指がやたらに二の腕を打つのを見て正直には言えなくなった。ヘタに反論しようものなら三倍になって戻ってきそうだ。
 「まあ、ぼちぼちとは……あー……ちょお岳人呼んでくるわ」
 「ほぉ。終わってねぇのにてめえはくっちゃべってたわけだ。余裕じゃねえか」
 「ちゃうよ。あれはジローにタオルを渡そうとしてただけやって」
 「るせえ。ラケット持ってコートに入れ」
 「あほ言わんといてぇな。これから打ち合うんのに跡部となんてやれへんて」
 「ごちゃごちゃ言ってねえで来い」
 「いややて」
 「黙れ。軽く流すだけだ。おら、ぼけっと突っ立てねえでついて来いよ」
 なんでなん?
 オレは答えを求めて後ろに居るジローと岳人を振り返った。
 手なんか振ってくれなくていい。さっきまでそばに居たくせに。薄情者どもめ。
 軽くなんて出来るわけがないのだ。絶対途中から本気出してくるに決まっている。ゆるい球ばかり受けてたら絶対焦れるに決まってる。『こんな腑抜けた玉返してきたら練習にもなれねぇだろが』とかなんとか途中でケチつけて絶対跡部の方から先に仕掛けてイヤラシイとこに返してくるに決まってるのだ!!
 あの跡部に軽くなんて言う芸当が出来るわけがない。
 「ジロー、岳人、どうせ暇なんだろ。お前ら審判やれ」
 振り返った跡部と何故か目が合った。
 「がんばれよ、ユーシ」
 「ねえねえ跡部。あとでオレとも遊んでよ」
 小走りなのと、のらりくらりとしたのが脇を抜け、どんどん先へと行ってしまう背と跡部の横に並んで暢気に喋り掛けてる背を見つめながらオレは眼鏡を掛け直した。
 「なんでこういうことになるん?」
 当初の予定ではこのあと打ち合うことになっていたのは宍戸・鳳らであったはず。それがどうして跡部と打ち合うことになるのか。その跡部はなんだかやる気になっているし。軽く流すだけのコートに審判を置くなんて大袈裟だ。
 「なあ跡部、本気なん?」
 「あ? 俺の方から相手してやるって言ってんのにケチつける気かよ」
 「相手してくれんのは願ってもないことなんやけどなにも今日でなくてええやん。日、改めん?」
 「俺に予定組めって言ってんのか。何様だよてめえ」
 「……」
 いや、何様なのは跡部、そっちのその態度や。
 ――――いっそ言ってやりたかった。俺に勝ってから口答えしろよばーか、って言葉が返ってくるのがわからなければ多分言ってただろう。なにを言ってみたとこで気は変わらなさそうだ。
 「…………」
 「忍足」
 跡部の横に並んだまま、後ろ歩きになりながらジローが呼び声を上げた。
 「ね?」
 楽しそうに笑いながら跡部のことを指すが、オレにはジローの心の中が読めない。跡部のここまでの行動のどこに心の狭さが現れていたと言うのか。頭ごなしだし横柄だしずっと居丈高な態度を取っていたではないか。
 「オレ様なのはいつものことじゃん。重要なのはそこじゃなくてさ。なんだかんだ言って跡部は忍足のこと、かっさらってっちゃったんだよ? 独占欲強いよねー」
 いつのまにか隣に並んでいたジローが愛想良く並べた言葉に、オレはわざと大きく溜息をついてみせた。開けっ放しなものの言いようではあったがその内容は毒そのものだ。有り得ないと首を振りたくなるような言葉ばかりが並んでいたと思う。
 「なんでそこで溜息つくかなぁ。あれだね。忍足って自分に関わることには極度に鈍感なんだね。て言うか跡部のことになると全然見えてなくない?」
 「……ジロー」
 頼むから黙ってくれと、崩れるようにして肩に縋った。ジローが話した内容を理解するのはとても困難だ。今すぐにはムリだ。オレはとんだ思い違いをしているんだろうか。跡部と言う人間を一度まっさらにして見直さなくてはいけないんだろうか。
 ジローは自分のその主張に自信を持っているようだ。オレが知っている跡部とジローが知っている跡部は実は違う跡部だったりするんだろうか。
 「悩むなよ。忍足さぁ、跡部のこともっとよくちゃんと見てあげなよ」
 「よお見とったけどなあ。この頭んなかにもちゃんと跡部言う人間の特性がいくつか記されとるんやで?」
 「そうなの? でも忍足はまだ全然わかってあげてないよ。だってオレの言った言葉理解出来てないじゃん。それじゃあまだまだだよ。もっとよぉーく見てあげなくちゃ」
 「いや、せやからジローの見方がめっさおかしんやて……」
 「おかしくないよ。忍足がダメダメなんだって。あ、ねぇー。跡部ってああいう物言いしか出来ないやつだけど根は単純なの、そこは理解出来てる?」
 「単純て言うより持ち上げてやってればそれでご機嫌になれるっちゅーか……とことん俺様なやつやん……」
 「うん、だからさ、忍足が色々とわかってあげてフォローしてあげなくちゃダメなんだって」
 「あんなぁ、そうは言うねんけど、あれが人の言葉素直に聞く性質しとると思うん?」
 「だからそういうことじゃないって。口うるさく言うんじゃなくて甘やかしてあげなって言ってんの」
 「あれは甘やかさんでも勝手に自分に都合よく物事を運んでまう男やで?」
 「だからそこで忍足はハイハイ従って言うこと聞いてあげてたんじゃダメなんだって」
 「あんなぁ……これ以上我侭になられたらオレの躯がもたんて……そのうちマジで倒れるわ」
 「もう、ホントに忍足って鈍いよ」
 「なんでそこでお前が脹れるん? オレの方が頭抱えたいわ」
 「オレだって頭抱えたいよ。これだけ言ってもわかってくんないんだもんなあ。あの跡部を気持ち良くさせてあげられるのは忍足だけなのに。かわそーに跡部」
 「そのめっさやらしい発言はそっちの意味で言うてんのか? 自分、そろそろ危険地帯に足踏み入れようとしてるで。あんま突っ込まんと欲しいわ」
 「なに言ってんの忍足? ホントにもぉダメダメだなあ」
 「あーもぉええって。せっかく色々言うてくれたけどさっぱりやわ。だからもぉええよ。ジローはジローの、オレにはオレの跡部像ってものがあるんや。お互いこれからもそれを信じて跡部のこと見たったらええのや」
 まだなにか言いたげな目を向けてくるジローを制して、オレは一歩先に前へと出た。
 人の印象なんてよく考えればそれぞれ違って当たり前なのだ。人によって付き合い方なんてかわるのだから。八方美人とか多重人格と言うものでなくても人というものは気分屋だ。そのときの気分で良い印象も与えるだろうしちょっとしたことで簡単に悪い印象だって持たれてしまう。
 誰に聞いてもまったく同じイメージしかない者の方が考えたら不気味だ。
 「ジローの目にはどう映ってるか知らんけど、高飛車でめっさいじめっ子やけどそれでも嫌いにはなれへんのや。ジローの言う跡部とはかけ離れとるけど、それでもちゃんとここに愛しい言う気持ちはあんねん。せやからジロー、もう黙っとき?」
 後ろを歩くジローにそう語り掛け終えたとき、『ここ』と差した胸の反対側、背中にとすんと温もりがぶつかってきた。そしてそのまま背中の真ん中あたりをしきりにぺたぺたと触り始めた。
 「ジロー? なにしとん?」
 「愛の間口が狭いなあって思って。そういうことは跡部に向かってちゃんと言ってあげなよ。それだけ優しいんだからあとは実行に移せたらもう跡部のこと自由自在にコントロール出来るのに。あーもう見ててもどかしいよー」
 「あ、ちょお、こらっ背中で暴れんなって、ちょっ、痛いねんて、なにそこで抱きついてくんのや」
 「いいじゃん減るもんじゃなし」
 「歩くのに邪魔なんやて」
 「いいなー……この背中……」
 「あほなこと言うとらんでちょお離れてや。あ、ジロー、やばいで。跡部がこっち見とる」
 「えー? あーホントだ。でもどうせカミナリが落ちんのは忍足んとこだよ?」
 笑いながら笑えないことを言うジローをべりっと引き剥がして、投げ捨てるようにしてほおった。さっきちらっと見たときには既に足を止めて腕組をしていた。ジローが言うように落ちるのかもしれない。
 「じゃ、オレ、先に行くね」
 あっさりと背を向けたジローのその立ち去っていく背の向こうでは跡部がまだこっちを見ているのが見えてしまった。
 「忍足」
 怒鳴らなくても跡部の声はよく通る。他の者がどうかは知らないが、あの声に四散していく意識を呼び寄せられたことは多々あり、跡部の声だけは聞き逃さないでいける自信がなぜかある。存在が既に豪勢なのだからせめて立ち居振る舞いくらいしとやかであって欲しいとこの場に及んでもなお願ってしまう自分は、ジローが言うような跡部を自由自在に扱える人物からはかなり遠い位置にいると思うのだがそれをジローに言ってしまったらまたややこしいことになりそうなので語らずに自分の胸の中だけにしまっておこうと思う。
 「てめえなにそこでまだちんたらやってんだ、さっさと来い」
 ちんたらと決め付けられて、なんでやねんと肩をすくめてしまうものの抵抗はせずに足を速めた。
 なんで一緒に居たジローはお咎めなしなんだろうか。じゃれついていたのはあいつの方なのに。
 「――――あ。ジローお前……」
 先に行くと言ってたくせになんでそこでさっきまでオレにしてたみたいに跡部にまで抱き付くのか。こら、ジロー、コートはもっと先、その先や!
 「おい忍足、なに止まってんだ。んなトコでいつまでもぼけっとしてねぇで走れバカヤロォ」

 


 だからなんでなん?

 なあジロー、なんでお前はそうやって許されるんや?

 跡部もや。なんでそないにジローには甘いのや?

 

 

 オレは思った。

 もし今度またジローがおかしなことを言ってきたら、そのときはがつんと跡部は意地悪なだけだと言ってきっちりそれを証明してやろうと。

 

 

 


END
(03.04.23)


 

やっちまったぜ跡忍!

またまた全然違うジャンルの友達にそそのかされて贈ったものをちょい手直ししてアプしてみました。

有島の心の叫びその1、忍は受けでも攻めでもよし。特に好物は跡忍跡、ジロ忍跡! もう眩暈クラクラ!

その2、がっくんは攻め! 最初可愛い思ったけどよく味わったら違う、アレは攻めオーラ纏ってるよ。

とにもかくにも、ぴよだけが絶対の絶対に受け!! それも味付けは絶対鳳若!!

別にそれ以外はダメ、受け付けないってことは全然ないです。や、だって忍跡も好きだしジロ跡も好きだし。節操なしは健在です。ただ上記の叫びにどうも胸がきゅんきゅん啼いちゃう模様。あーんやめられないとまらないかっ●えび●ん、というそのフレーズまんまなんです。

有島が好きなおっしーはアレです。襲い誘い受け。

忍足「跡部、やろ?」
跡部「はあ? てめえなに急に盛ってんだ」
忍足「なんや急にしたあなった。やからちょおつきおうて」
跡部「あ、ばか! 急に押し倒すんじゃねえよ。危ねえだろが。つーか勝手に脱がすな、こら、忍足」
忍足「ごちゃごちゃ言わんとおとなしゅうしとき」
跡部「ふざけんなばか、あ、こら、マジでストップだ!」
忍足「あかん。ムリや」
跡部「落ち着けって、あ、おいっ、いきなりはムリっ……!」
忍足「んっ、……なんや、なんでうまく挿らんのや……」
跡部「そんなの当たり前だろが。ばかが全然慣らしもなく無茶しやがって」
忍足「あ、……跡部、ダメやって、まだ動かんといて……」
跡部「自業自得だぜ。つーか動かなきゃ終わんねえよ。おら、まず息整えろ」
忍足「ん、……あかんて、まだやって、……」
跡部「……ちくしょお、……ふざけんなばか忍足、俺の方がもう無理だ。観念しな」
忍足「あ、ああ、……あと、べ、……」

てなカンジ。

やーもうどうしましょ。もう転げまわってじたばたですよ。

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