「あ」 珍しいモノを見てしまった。 まさかカレをこのような場所で見るとは思ってもいなかった。 「先輩」 ふわふわの髪。とくにてっぺんがよく揺れるカレの髪は見た目の通りに指通りも良くて、日吉は触るのが実はスキだったりもする。 「……あ、れ……? 日吉……?」 「なんで先輩がこんなトコにいるんですか?」 振り返ったカレはとても眠そうで。小さな欠伸を隠そうともせずにぽわーんとした雰囲気を振り撒きつつ日吉を見上げてくる。 こんなトコとは、第二図書室。 グラウンド側に面してて、第一と比べて日当たりは抜群にいい。 ただし、あまり広くはない。二クラス分の面積しかないのだろうこの場所は別名、『学習室』とも言われている。 「まさかココへ昼寝をしに来てるなんてこと、言いませんよね?」 先輩の隣に日吉も座って、恐らく飾りとして手元に持ってきていたのだろう文庫本をペラペラと捲って小さな声で語りかける。 ざっと見回したところ総勢……日吉とジローを含めて五人ぽっち。カウンターの中の生徒を含めたとしても六人。実に少ない。しかもジロー同様利用しに来ている者はみな、何を考えているのか机に伏して寝ているようなのだ。いったいいつからここは仮眠室になってしまったのだろうかと、日吉は溜息をつく。 「ここってさぁ、……」 ふわぁと、またカレが欠伸を殺す。 「寝心地すげぇいんだよ……」 「そのようですね」 周りもカレのその言葉を証明している。説教するのがバカらしく思えてくるほどココは確かに居心地が良すぎだ。日吉も長居すればきっと眠くなってくるよと笑うカレに、本を押しやってそうですねと同意を返して日吉はイスを寄せてジローのそばにもう少し寄った。 「で。俺が声を掛けなければ確実に寝ちゃってただろうあんたに声を掛けてしまった俺は邪魔ですか?」 「意地悪なコト言うなよ。俺が日吉を追い払ったコトなんて一回もないはずだよ? あれやこれやそれ、色々と思い返してみてよ」 「そんなめんどくさいことイヤですよ。安心してくださいよ。思い返すまでもなく邪険に扱われた記憶なんてもの一切ないですよ。あんた、いっつもヘラヘラしてたし」 日吉は、自分が実際に抱くジローのイメージを少し捻じ曲げてカレのその姿を形容した。 本当は『へらへら』って言うよりも『にっこり』って形容が正しい。もしくは『ふわふわ』。 言葉を使ってわかりやすく伝えるなら優しい、穏やか、柔らかい、温かい。それが日吉が抱くイメージだ。 それらのイメージをまとったジローを、だが日吉は面白くないような顔で眺め、溜息をついて頭の中のカレを追い払った。 では、カレのことをもっと具体的に語ってくださいと質問されたら? そうしたら日吉はこう答えるつもりだ。 『イメージが先行して本音が見えにくいから、外側だけからでは判断が出しにくいヒト』と。つまり。言葉どおりに受け取ってしまうのが少々怖かったりするのだ。 「なに、どしたのさ。なんでそこで溜息つくんだよ。あ。俺の言ったこと信用してないんだ? もうなんでさ? こんなに日吉のこと愛してんのに疑うなんてヒドイな日吉は」
だから。そうやって愛してるとか簡単に言っちゃうから疑わしい目で見ちゃうんですよ。もっと心がきゅって引き締まってしまうような、軽くない雰囲気を作ってから言ってくださいよ。そしたら、どきってするかもしれないですよ。 なんてね。 なにマジになってんだろ。 (どっちが?) ばっかじゃねえの? (先輩が? 俺が?) 「ねえ」 いきなり近づいていた顔に日吉はどきっとした。 「な、なんですか、急に」 カレの覗き込むようなこの仕種には、日吉は毎回毎回驚かされている。こんな風にして近づき過ぎる距離を平然としてこなすカレの態度に今回もまた心臓がびっくりしてバクバク言わされてしまっている。それを追い掛けてくるようにしてやがて胸の中もざわつくし。とにかくコノ距離は落ち着かなくて日吉はどうしても好きになれない。 「ちょっと先輩、アンタこれ、近づき過ぎですって……」 「大丈夫。まわりはみんな寝てて気付きはしないって」 「だからって堂々とこういうことされるのは困ります」 「しっ」 少し距離を離そうと背を引いた日吉を、楽しげに輝く双眸が見上げてくる。 「図書室では騒いじゃいけないんだよ」 あんたがソレを言うなよ。 「ねえ、いっこ質問があんだけど答えてよ」 「先輩……聞き方間違ってますよ? 答えて欲しいんだったらもっと下手に出るべきでしょう?」 「いいの、これで。だって答えて欲しいんだもん。だから答えろよ日吉」 でたよ。 たまにこのヒトこういう脅し方するんだよね。 普段はめちゃくちゃに甘いくせにたまに豹変すんの。 ワケわかんねぇよ。 それに……厄介だし。 普段の先輩よりもこうなったときのこのヒトの方が手が掛かるんだよ……。 最悪……。 「わかったから手、はなしてください。何気に握らないでくださいよ」 「だってはなしたら逃げるじゃん。だからダメ」 「ちょっと、なにげに近づかないでくださいよ。これ以上はダメですって」 「だってこれから俺たち内緒ばなしすんだもん。もっと近づかないとお話が出来ません」 「内緒ばなしってなんですか。質問があったんじゃないんですか?」 「あったんじゃなくてこれからするの。こっそりとね。はいじゃあするからもっと耳近くにちょうだい」 我侭モードに入ったジローには、日吉が我侭でもって対抗しても絶対に勝てないと言う法則が二人の間には存在していた。 だから。おとなしく(渋々)日吉は耳を差し出した。 「あのさ……」 不意に吹きかかる吐息に日吉の肩が竦む。 こそばゆさにぞくりときた。 「こら。一人で勝手に感じてんなよ」 「かゆかったんですって。ヘンなこと言わないでください」 みじろぐと肩が触れた。またぞくりときた。どきっともした。 やばい。 日吉は瞬時にして危機感を抱き、努めて平静なふりを装って続ける。 「……先輩、話したいコトあるんだったらとっととしてくださいよ」 日吉がぞくりときたなんてこと知ればジローはわざと日吉に触れてくるだろう。そしてどんな反応を返すのか、わくわくした様子で待ち、楽しむはずだ。 そんなことになったら大変だ。こんなところでおもちゃされるなんて真っ平ごめんである。 だから日吉は自分からすすんで距離を縮めてしまう。この際多少の犠牲を払ってでもとっとと済ませてしまうのが得だと考えたからだ。 「ほら先輩、はやく質問してきてくださいよ」 「うわぁー、日吉ったらいつになく積極的。超うれしーかも」 「ちょっと先輩!!」 いきなり抱きついてきたジローに慌てて異議を申し立てようとした日吉はだけどここが図書室だということは忘れていなくて小声で、実に迫力のない抵抗を始めた。 ぐぐっと押し返すも小柄なくせになぜかびくともしなくて。 はなしてください、はなせ、いい加減にしろよ、あんたまた俺を騙したのかよ、抵抗を試みて言葉遣いも悪くなるが抗う体勢もどんどんと悪くなってきている。 やばい。ほんっとうにやばい。 ぎゃっ!! 冷や汗が吹き出る日吉を嘲笑うように勝利の女神がジローに微笑もうとしている。 制服の上からすっと太腿を撫でるその手つき。わざわざ目で追わなくたって感覚で十分いやらしさを知らせてきている。 「……せっ、……ぱ、……ちょっ、……」 それ以上のぼってこないで欲しいと、今はもう願うのみ。 「あのさ」 ぞくりと。耳たぶを撫でる囁きに背中が震えた。 恐らくカレはわかっていてやっているのだろう。過度な密着や過ぎる触れ合いに弱いことは一番最初に触れ合ったその日に、暴かれるようにしてばれてしまった。あの日を境にカレは変わった。ときおりわざとこういう触り方をしてくるのだ。それも前触れも何もなく。突然に。唐突に思いついたと言わんばかりに。 困らせて楽しむような仕種にバカ正直に翻弄される姿には情けなくて、正直に告白すれば泣きたくなるときもある。いまだって泣いてしまいたいくらい悔しさや切なさが広がってきている。 だけど。そうやって翻弄される姿を愛しそうに眺めるカレの姿に喜びもあったりする。 胸の奥へと沈めたはずの気持ちが頭をもたげてくるのはこういうときだ。 とことん抗えないことへの悔しさと諦め。そしてカレへの愛しさ。しな垂れかかってしまいたい今のこの気持ち。 胸に生まれる感情は、悲しみも怒りも切なさも喜びもどれもすべて結局はカレへの愛へと結びつく。 ああ、……結局またこうして隠していたものを暴かれてしまうのか。 「……ひよぉ……泣くなよ」 「……誰のせいだよ、……」 「ごめん。やりすぎました……。ごめん」 シャツの袖で拭くあたりがカレらしい。せめてティッシュくらい持ち歩いてて欲しいものだ。 「……えっと、……鼻水も拭いとく……?」 失礼な。そんなものは出していない。そもそも泣いてなんかいないのだ。ちょっと潤んだだけだ。 照れもあってか、袖を差し出すジローを日吉は無言なまま睨みつけることしかできない。 「……えっと、ごめん。鼻は出てなかったね、……あの、ほんとにごめんね?」 「もういいです……」 「あー……っとに、もぉっ……」 不意に机の上にうっぷしたジローが今度はまた急に唸り声を上げた。 「……先輩……?」 「ごめん日吉。ちょっとこっち付き合って」 「えっ?」 腕を引っ張られてどこかへ連れて行こうとするジローに日吉は驚くも無抵抗で従った。 向かっているのはどうやら出口らしい。 出てどこへ連れて行こうというのだろう? 「……え……? あれ……? ちょっ、ちょっと、先輩……?」 なぜだかジローが向かったのは奥へと続く室内の入口。 そこは確か資料室だ。図書委員がたまに委員会で使用したりもしているが基本的にはあまり人の出入りのない部屋だ。 「コサカ、ごめん。ちょっと奥借りるね。あ。立ち入り禁止ってことでよろしく」 カウンターに座っていた三年のヒトに通りすがりざまにさらりと言い捨てて先へと進むジローに日吉はぎょっとした。 同じクラスなんだろうかと最初は思いもしたが、その爆弾捨て台詞でどういう知り合いかなんてことはどうでもいいこととなってしまった。 今、ジローはとんでもなく不穏な空気を呼び込みはしなかっただろうか。 日吉は今一度記憶を巻き戻してみることにする。 …………。 借りる? 奥のあの部屋を? それはまたいったいどんな理由で? いや、それよりも引っ掛かるのは最後の方のセリフだ。 立ち入り禁止にしてくれとかなんとかそういうことを言ってはいなかったか? 「……あの、ちょっと待ってくれませんか先輩……」 とてつもなくイヤな予感がするのはなぜなんだろうか。考え過ぎ、だろうか? ついて行ってはいけないと、まるで危険を知らせるかのように警戒音が耳の奥で鳴っているような気もするのだがこれも錯覚なんだろうか? 「ジロー先輩っ。聞こえてますか!」 否。 こういうパターンには確かに覚えがある。 ジローがこんな風にして強引に日吉の腕を引っ張るとき、それは日吉にとってはあまり歓迎できない事態が先に待っていることが多い。あのときもあのときもあのときも、こういうカンジで連れ込まれていたのを今、はっきりと思い出し今頃になってようやく日吉は手を振り払うべきだということに気付いた。 「先輩っ、ちょっと待って!」 「話があるなら中に入ってから聞くよ」 だから入る前に聞いておきたいことがあるんだって! 「ちょっと待ってくださいって!!」 ちからいっぱいに日吉は手を振った。とにかくこの手から逃れなくては。 「ストップです先輩!!」 ジローのちからも負けてはいない。ぐいぐいと日吉は引っ張られていく。 やがてジローの手がノブに掛かった。 やばいと、日吉は蒼ざめてその手を焼き付ける。 かちりと音がして扉が開かれ、抗いを苦ともせずにその中へと引き込まれてしまった。 「先輩っ」 あれよと言う間に壁に押し付けられて、もがく躯が包み込まれるようにしてジローに抱きつかれる。 「あんたホントになに考えてるんですかっ。まずいですよっ」 この体勢に持ち込まれたと言うことはいまさら確認などするまでもない。カレはここで不埒な行為に及ぼうとしてるのだろう。それはまずい。 「先輩、ちょっと落ち着いてくれませんか。まずは俺の意見を伺ってからにしません?」 「日吉の意見? やだよ。そんなの聞かなくたって必死んなって俺の背中ぶっ叩いてるこの状況を見ればわかっちゃうよ。どうせしようって言ったって『イヤです』って言うに決まってる。させてってお願いしても同じだ。だから聞かない。ここは強引にいかせてもらいます。ってことでまずはこのうるさい口を塞いじゃおうかと思うんだよね」 「ちょっ、っん……」 いきなり下唇がぺろりと舐められた。肩を竦めるも、意にも介されずにきつく抱き締められる。 焦るも、さらに追い詰めるかのようにじたばた暴れているというのにまったく臆することもなく舌が忍び込んでくる。そして日吉にも求めてくるようにとジローは強気な攻めの手を緩めようともしない。 苦しい。そんなに性急に動かれては息つぎなんてうまくできやしない。それでなくとも腰に回されている手もどこか怪しい動きを見て始めているのだ。とにかく躯の自由がきかない。こうなったら唯一自由になる両の腕でとにかくばんばんとジローの背を叩き続けるしかない。 「っん、……んん、……っふ……」 そろそろいい加減に解放して欲しい。それを伝えたくとも唇が自由にならなくて。なんとか頭を振るも向こうも逃がすまいと必死なのだろう、まったく隙が見えない。 ちゅくりと。 舌根を喰らうような巻きつきにびくんと腰が震えて足ががくりと崩れる。 それを抱きとめるかのように腰に腕が巻きつきそのまま床へと引きずり込まれてしまった。 「ちょ、待って、先輩っ、ジロっ、……先輩っ……」 首筋へと流れる唇と、シャツの中へと潜り込む手に縮こまるみたいにしてみじろぐが、抵抗を封じ込めるかのようにして両の手首をがっと掴まれてそのまま床の上にと押し倒されてしまう。 背を床に見上げるカレの顔は硬い表情をして双眸だけがぎらついていた。 本気なんだと知るも、はいどうぞとは言いたくもない。 言葉が見つからないのならいっそ硬く唇を噛んで、ふるふると頭だけを振って抵抗を試みてみる。 「もう遅いよ。ダメだよ」 「……なにがダメだって言うんですか……考え直してください……外には人もいるし、昼休みだってそろそろ終わりますよ……次の授業、俺はさぼれませんよ……」 「次の時間、なに?」 「数学です」 「ふーん。でも日吉なら一回飛ばしたくらい鳳にでもノート借りたら挽回出来んじゃん? 大丈夫だよ。それに外のことなら気にしなくていいし。立ち入り禁止にしてねって伝えてあるからカギ置いて出て行ってくれるだろうしさ」 「ちょっ、ちょっと待って!! ストップ! ストップですって先輩!! ちょっ、あっ……まっ、て、……ヤ、……ジロ先輩っ! た、たしかに大丈夫かもしれないけどイヤですよっ。それとまだチャイムは鳴ってませんっ。そ、外に人がまだいるのに冗談じゃないっ。勘弁してくださいって!」 「往生際が悪いなぁ。ここまできてんだから観念しなよ。だいたい大丈夫ならいいじゃんよ。それにあいつなら平気。口堅いし俺が日吉にぞっこんなのも知ってるし声が洩れたくらい聞かなかったフリしてくれるよ」 「ヤッ、先輩っ、どこ触って……んんっ……っあ……」 「そうそう。そうやって素直に啼いてくれりゃいんだよ」 「……あんた、……」 「なに?」 「……最低だ、……」 泣きそうになりながらも強がった日吉に、手を休めることなく上から順にボタンを外していきながらジローは殊更柔らかに微笑んでみせる。 それがなにと、言われたような気分に陥った。その日吉の鎖骨に指が掛かりそのままネクタイがくいっと横に引きやられる。ややあってついに視線までもが外された。その仕種に日吉は思わずきつく目を瞑る。日吉のその露になった鎖骨に案の定、程なくして唇が落ちてきた。 ちゅっと、派手に音が立つがカレはわざと音を立てているのだろうと緊張したまま日吉は思う。 そのかん何度も舐められもしていた。くすぐったいその動きにぞくぞくと背中が間断なく戦慄いてもいた。首筋から肩へと広がり、そして肩甲骨へと落ちていく震えになんとか耐えて声はその都度抑えられていた。それだけがすくいだった。 その日吉にすぐ耳元でジローが囁いた。 「ねえ。まだ頑張るつもり? それだったら俺ももっと頑張っちゃうよ? て言うか日吉が嫌がることいっぱいしちゃうけど、いいの?」 「……っあ、……」 囁き終えたあとに耳たぶを噛むのはよけいだと日吉はしがみつきながら恨めしく心の中で喚いた。 おかげで抱きついてしまったし、手のひらでしっかりとしがみつく羽目にもなった。 「ねぇ、こうやって抱きついてきてんのにまだ『ヤダ』とか言ったり強がってみせたりすんの? ほら、顔ちゃんと上げて俺の目を見る。聞いてる? 日吉」 容赦なく追い詰めてくるジローにたちまち視界が揺らいだ。 それでも意地っ張りな性格は憂き目に遭う運命にあるのだろう。ストレートに負けん気さが前面に出てしまい、折れると言うことに抵抗感を強く持ってしまった。せっかくジローが囁いてくれたと言うのに日吉はと言うと言葉もないままにただ感情のままに首を横に振り続けていたのだから穏便にコトが済むはずもない。 「ホントお前って手強いね。そういう態度も可愛くはあるけど利口ではないよ?」 「ああっ、……っん、……ん、……」 手緩くても愛撫は愛撫。キスだけでも蕩けてくるのだ。それなのにもう幾度か素肌に直接触れられてしまっている。少しくらい我慢しろと言うのは難しい注文だ。すでに……いや、とうに日吉のそこは勃ち掛けていた。そこを刺激されては堪ったものではない。堪えられるはずがない。あられもなく喘いでしまったとしても已む無い。 「……あ、……先輩っ、やめっ、て、……」 すっかりと勃たされてしまったそこを上から圧するようにして揉まれ腰が引けるようにして揺れる。 「……先輩っ……」 頭に血がのぼっているのか、書庫も窓もカーテンも目に映ったものすべてが霞んで見えた。 「っうああ、……」 「日吉、言ったろ? ちゃんと俺のこと見て言わなきゃダメだめだよ。ほら顔上げて」 ジローは楽しそうな表情を見せていた。それを見てしまった途端日吉は泣きたくなった。 恐らく一瞬歪んだ顔を晒してしまったかもしれない。それくらい本当に涙が出てきそうになっていた。 「どうせ泣くんだったら気持ち良いことされながら泣きなよ」 もしかしたら本当にもう泣いてしまっていたんだろうかと、眦を吸われて日吉はうっすらと目を開いて辺りを見回してみた。 視界は変わらず依然として揺れている。それでも頬が濡れているような感覚は拾えない。 「日吉の今にも泣きそうなこの顔、俺すっごく好き。胸がね、きゅって締め付けられんだけど同時にどきどきもすんだよね。ほら、ここ触ってみな?」 そう言って日吉の腕を導いて左の胸に手のひらをあてがらせる。 「ど? どきどき言ってるだろ? 日吉に好きって言ってんだよ? 好きで好きで日吉といるとこうやっていっつもどきどきしてんの、知ってた? 俺ね、自信なんて全然ないよ? 毎日ホントに必死なんだよ……お前、自分からは絶対俺の腕の中に転がってこないじゃん? だから俺いっつも必死なの。俺が頑張んなきゃ……日吉をこの腕の中に抱くことできないだもんよ……もどかしくてやきもきばっかしてんのお前気付いてないだろ……でも俺じりじりしてくんのじっと耐えてるんだぜ? そうは言っても俺も健康な男子クンだからさ、たまーに辛抱きかなくなんだよ。そうなっちゃうとさ、どうやってお前を腕の中に引き込もうかもうそれしか考えられなくなんの……この腕に引き込むためならどんなズルイ手だって平気で使っちゃうよ……。ねぇ、俺がなに考えてるかわかる? こうして色々と喋ってるあいだもずっとどきどき言ってたのちゃんと聞いてくれてた? ねぇ……日吉……」 「……俺だって……ちゃんと先輩のことを……好き、ですよ……」 「うん……ありがと……すげぇ嬉しい……でも不安は拭えないんだ……この場で日吉が十回好きって言ってくれてもその不安は消えてはくれないんだよ……もうね……言葉だけじゃ物足りなくなってきてんの……言葉じゃダメなんだ……ダメなんだよ……俺がこの腕ん中に日吉をちゃんと引き込めるとお前俺のこともぎゅって抱き締めてくれんの、知ってた? それがいい……ここでぎゅってしてよ……して欲しい……」 日吉の我侭を責めるのではなく、優しく言葉を紡ぐジローに、カーテンの裾へと目をやった日吉の視界はそれまでで一番大きく揺れた。 言い方は静かだったが切々としたその語り口。じーんと胸に沁みた。しみじみと心の琴線に触れる要求の仕方であったと思う。 「……やめてくださいって言ったところで手を止める気なんかないくせにこんなトコで萎れるなんてあんた、……ズルイよ……」 心が動かされてしまった今、改めて要求などされなくとも抱き締めてやるくらい容易に出来てしまえる行為だ。背中のシャツをつかんでいた手をはなして、両の手で包むようにしてその背を抱いてやればいいだけのこと。 「……これで、……いいんでしょ……」 言葉などではなく、態度で示して欲しいと日吉とて状況によりけり思うことがある。だからジローの言いたいことはわかるし気持ちも理解できる。だからと言って同情をしているわけでもない。ほだされてしまった感は否めないが日吉とてジローに好意を抱いているのだ。好きな相手から改めて好きだと告白されたのだ、嬉しくならない方がおかしい。胸だって焦がれるし気持ちだって傾いていく。なんでも叶えてやりたい、今はもうそう思っている。 「……好きにしたらいい……」 あんたに声なんか掛けなきゃよかった……。 日吉がそう呟くと、『ほんとだね。アレはらしくなかったね』と返って来た。 そして間髪を入れずに唇を塞がれてしまうのだった。 END (03.09.27)
ジロ若です。 ジロー先輩に押され捲くりのピヨ。可愛い……。 鳳若と違ってジロちゃんを相手にするピヨはめちゃ素直なコに大変身。あんなこともこんなことも『しろ』と強要されたならうるうるしながらも従いそうです。いえ、従っちゃいます。逆らえない。いーえ、ジローちゃんが意地悪さんなのです。 鳳若もジロ若もらぶらぶさんだけど、対等な色も滲む鳳若と違いジロ若はとにかくキングはジロちゃん、若は絶対ジロちゃんには勝てない。トリにはぴしゃりと言えることもジロちゃんの方が口がたつので気付くと言いくるめられてたりしてる。可愛い! 鳳若はやんちゃに、ジロ若はしっとりと。どっちにしても若は押しに弱いと見た。 なんにしても日吉若は可愛い。愛でるために存在してるよなーとマジで思っております。 |