なりふりか舞わずに突進してくるから困るんですと、カレは嘆くようにこぼした。 なりふりなんてかまってられませんよ、だって、あいつ全然自分から何もしてこないんですよ……彼は彼で凹んだ様子で大きな溜息をついていた。 なんて言うか……困っている風を装って実は惚気ていたんじゃないかと、今になってみて俺は思ってしまうのだ。 嫌よイヤよも好きのうちとよく言うし、愛されている自信がないと嘆くようなヤツは大抵打たれ強かったりもしたりするのだが、あいつらの言っていたことを俺なりに分析してみると……うん、あいつらも十分バカップルの称号が贈れると思うんだよね。
仲 良 し 「ジロー先輩っ。ちよっと聞いてくださいよっ」 あー。またかと思ってしまったが可愛い後輩クンのお願いだ、むげにも出来まい。 「んー、なによ。また日吉になんかされたの?」 今度もまたぶん殴られたとかなんとか泣き言でも聞かされんのかな。ほんと鳳って学習能力低いよな。どうせ殴られるようなことを先に鳳がしたんだろうに………。 「……ってお前今度はなにやったんだよ。口の端が切れてんじゃん。それやったのって日吉だろ?」 スゴイなー。マジ殴られましたって顔してるよ。つーか鳳のがでかいのによくまぁあそこまで伸びるよな。さすが古武術だっけ? そんなもんやってるだけあんなぁ。 「ちょっ、触んないでくださいよっ。いまさっき殴られたばっかなんですって」 「あ。ホントだ。血がついてきた」 「ちょっと先輩っ……なに舐めてんですかっ……」 「え? ああ、だってついちゃったんだから仕方ねぇじゃん。それより鳳こそなんでそんな慌てるんだよ。まさかお前ヘンな病気持ってんのか?」 「持ってませんよっ」 じゃあいいじゃん。べつにお前の傷口に直接口つけたわけじゃねんだし。そりゃあ血は鳳のかもしんないけど舐めた指は俺のだし。舐めてなにが悪いよ。 「つーか鳳クン、そうやってイヤそうな顔してジロジロ見んのってすげぇ俺に対して失礼なんだけど。そんなにイヤならわざわざ見てなくてもいいじゃん。向こうでも向いてたら?」 「そう言いますけど先輩もいちいち舐めなくてもいいじゃないですか。ヘンですよ。普通はタオルとかで拭いますよ?」 「どうしようと俺の勝手じゃん。細かいことで突付くなよ。それより俺に話があって寄って来たんだろ早く話せよ」 「……もう、いいです」 へ? 「なんか、もういいやって気分になりました」 おいおい。そりゃないって。 「それじゃあ今度は俺が気になって部活どころじゃなくなるって」 「たいしたことじゃないですから。忘れてください」 「待ったっ。ダメ。俺こういうのダメなんだよ。気になるから話せ。たいしたことなくてもいいから吐き出せ」 自己完結はよくないよ。相手のことも考えてくんなきゃ困んだよ。もう中学生なんだからさ相手を思いやろうよ鳳クン。そりゃあ俺もくだらないことなんだろなってあらかた予想はつくけど本人の口から聞かないと『えーさっきのアレはホントはなんだったんだろ』ってあとですっげぇ気になってくんだよ。 「いえ、ほんとにもういいです」 「だからっ。お前はよくても俺がよくねぇのっ」 さあ吐けっ。 よしっ。腰を落ち着けて向き合おう。立ったままってのがなんかよくねえ体勢なんだよきっと。 「ちょっと先輩っ」 「おいこら鳳っ。でけえお前を引っ張るのはきついんだよっ。歩けっ。ほらとっととこっちに来る」 ったくチクショウ。なんかむかつくよ。くそぉ俺も古武術っての習ってみようかな。 「よし、鳳そこ座れ」 ベンチイスに座ったのを見届けて俺も鳳の前に座る。床に直なのは気にしなくていいから。隣より真正面に居た方がなんつーか俺的に落ち着くわけよ。 「……あの、先輩……」 「気にすんなって。それより早く話せよ」 「……はぁ……でも、あの……ケツ、冷えますよ?」 「全然平気。トイレが近けりゃそれはそれでラッキー」 「跡部部長にまた叱られますよ?」 「俺のことはほっといていいから。今は鳳、お前の話を聞くのが先」 「あの……でもホントに他愛も無いことですよ?」 うん、俺も薄々それは感じてる。でもいいの。ほらはよ話せ。 「……なんかそうやって構えられるとすごく話しづらいです。せめてもう少し肩の力抜いてもらえます?」 「お前も注文が多いなあ。どうせお前がくだらないことして日吉の怒りを買っただけの話なんだからお前の方こそもっとリラックスしてばらせよ」 「…………」 溜息なんかついてなくていいからとにかく早く話せっての。お前がそこでそういう態度とったってことはやっぱなんかしたんだな。今度はなーにやらかしたんだよ。このあいだは確か……ちょっと抱きついただけなのに蹴りを入れられたとか言ってたよな? んでその前は頭を撫でただけなのに鳩尾に一発きついのが入ったとかなんとか文句垂れてたよな。つうことは今回はなにしたんだ? まさかチューでもかまそうとかして殴られたとか? ケガしてんのが口の端ってとこだけに有り得そうなハナシじゃねえか。 「で、鳳が今回仕掛けたことって実際のところなんだったんだよ?」 「仕掛けたって悪意があったみたいな言い方しないでくださいよ。俺はただ……」 うーん……それはどうなんだろうね。悪意がなくたってキミのオープンな行為は日吉にしてみたら爆弾投下されたようなもんなんだって。なんでわかってあげられないかなぁ。頭かちんこちんに固いじゃんよ日吉って。柔軟性なんて全然備わってないじゃん。周りにある目とかってすげぇ気にしてそうだし。相手にしてんのが異性か同性かって以前にまず人前でいちゃいちゃすんのなんて言語道断恥を知れって言いそうなカンジじゃんか。 ……あれだよ鳳にしてみたら他愛のないことでもあいつから見たら一大事だったんじゃないの? ハナシ聞く前で断定すんのは早いとは思うけど多分俺のこの考えであってそうな気もすんだよね。 日吉には悪いと思うけどさー、俺さぁこの二人見てると思っちゃうんだよね。とりあえずなにするにもやったもん勝ちなんだなーって。どう見たって苦労してんのは日吉の方だし。図太いっていうか大胆っていうか直情径行型の鳳の方にばっか軍配があがんのはそりゃ仕方ないことなのかもしれないけどさ、なんかさぁ鳳も容赦ねえなあって思うよ。 「あんま調子に乗ってるとそのうちマジでウザがられて泣かされる羽目になってもしらねえからな……」 「はい?」 「なんでもない独り言だよ。それよりただなんだよ」 「急かさないでくださいよ。タイミングがずれたせいでいますっごく言い出しにくい気分なんですから」 「わがままなヤツだなぁ。よし、じゃあかわりに俺が言ってやるよ」 「えっ……」 ケガしてる場所が口ってことと冷静になった途端言いにくくなったってことを絡めてピンときたことが一つ。それはズバリ日吉にチューかましてぶん殴られたんだろと。口にしてやると鳳は最初むっつりとした顔をしたがすぐに正解ですと素直に認めた。 「……でも……ちゃんとことわってからしたんですよ……それなのに終わった途端殴ってきたんです」 「………………ふーん」 ビンゴですか……。ほーんと他愛もないことが発端だこと。 「でもどうせアレだろ。鳳のことだから舌もついでに入れちゃったりしたんだろ」 べつにそういう場面を目撃したことがあるわけじゃないけどなんとなく鳳ならやりそうな気がする。でなけりゃ合意したはずの日吉があとになって暴力振るうわけがないよ。チューすんのは許したけど多分ベロチューされるとは思わなかったんじゃない? 「鳳クンったら野蛮ジーン」 「そう言いますけど結構いい雰囲気にもなってきてたんですよ。ああいう雰囲気になったら男なら俺でなくても入れますよ」 「殴られたくせに胸張って言い張るなよ」 まあたしかに否定はしないけどさ、でも日吉の性格を考慮してから行動しろよ。鳳の場合は欲求に忠実過ぎなんだよ。日吉は真面目なとこあんだからさあ、学校内でしかも部活前にベロチューなんて絶対許さないって。 「……時と場所を考えろこのバカとりっ……っていう風に怒られなかった?」 「……先輩……もしかして見てたんですか?」 「見てないよ。見なくたって鳳と日吉の性格知ってるから想像つくんだよ。ばかだねぇ鳳は。ホント懲りないよねぇ」 あれだけ怒られててもまだわかんねぇんだ。もしかしてお前マゾ? 怒られててぞくぞくしてんじゃねえのホントは。あーあ……日吉がイラつくのもわかるなぁ。鉄拳喰らったのなんて自業自得だよ。泣き言言うなんて間違ってるね。俺は日吉の味方につくね。日吉が言っていることが正しいもんよ。部活前にベロチューはまずいでしょ。せめてハムハムはむだけにとどめてやんなきゃだよ。 「鳳くーん、キミはあれだね、とりあえず日吉に謝るべきだね」 「ちぇっ。やっぱり先輩は日吉の味方すんですね」 「うん。だって日吉は悪くないもん。ケダモノから身を守っただけじゃん」 「……ケダモノって、それって俺のことを指してます?」 「うん。もし日吉がおとなしく好きにさせてたらお前押し倒してたんじゃないの?」 「……」 あ。目が泳いだ。みろやっぱそのつもりだったんじゃないか。あーあ、日吉お前ぶん殴ってて正解。中途半端に抵抗しててもうまく言いくるめられてぺろりんと食われてたよ。ったくホント部活前に盛るなよなぁ……。 「あのさ」 他人様の恋愛事情に首を突っ込むのは気乗りしないし趣味じゃないんだけど、不本意ながら日吉の為に一言だけ言わせてもらうよん。 「長く付き合っていきたいんだったら日吉の意思を尊重してあげな」 「なんでですか? 俺はすべてにおいて我慢をしていろってことですか? 納得いきません。先輩はそう言いますけどあいつの意思を尊重してたら俺、干乾びちゃいますよ。ダメ。絶対日吉の言いなりになんてなれないっ」 落ち着けよ。力説しなくていいから。つーか、お前がそんなんだから日吉の意思を尊重してやれって言ってんの。ったく欲望のままに行動してんじゃねえよ。ちったあ堪えることを学べっ。 「ちょっと先輩っ」 いきなり鳳が肩をがしっと掴んで詰め寄ってきた。 えっ、なになに? 溜息なんかついた態度が気に入らなかったとか? ちょっとちょっと……顔がマジなんですが……。や、やる気ですか……? 「先輩って日吉に甘くないですか?」 は? 「前から思ってたんですけど日吉は俺のですからね。いくら甘やかしてもダメですよ」 ………………。 「なんでそういう方向に話が飛ぶんだよ……」 「だって先輩日吉になんやかんやと構い捲くってるじゃないですか……俺の悪口とか吹き込んでたりしてません?」 えー……っと、こういうのなんて言うんだったっけ? 「ちょっと先輩っ、そこで黙るってことはやっぱなんか色々と吹き込んでますねっ……うわぁ……俺もうちょっと先輩のこと信用できないかも……今まで信じて悩み聞いてもらってたのにっ……」 うわぁー……こいつマジだ。マジで俺のこと疑ってるよ。頭抱えて唸ってるけどいったいなに想像してんだよ……ばかじゃないの……。つーかアホだ。 「ねえ先輩……」 「あ? なんだよ」 うわぁ……すげえ恨めしそうな目……。なんにもしてないのにこんなヘンな目で見られちゃうなんてすっげぇゲンナリ……。 「――――言いたいことあんだったらはっきりと言えば?」 はっきり言ってうだうだ言ってるような目でじっと見られてんのって鬱陶しくてうざっ。 「……まさか日吉にヘンなことしてませんよね?」 …………………………。 「ちょっと先輩っ、そこで答えがないってまさかほんとになんかしたことあるんですかっ」 …………なんかもう勝手に暴走でもなんでもしてくれってカンジ……。 つーかもう付き合ってらんね……。 再び肩かどっか掴んでまた問い詰めようとしていたのだろう鳳のその伸びてきた手を振り払った次の瞬間――。 ドアの開く音がして次いで――鳳の目がぎょっと開かれ何を見つけたのか、動きまでもが固まった。 なに? 跡部? あ。 日吉。 「……」 俺に軽く会釈したしたあとむっとした顔で鳳のことも見て、だけど機嫌はまだ直っていなかったのだろう、声も掛けずに不機嫌そうな顔をしたままロッカーの扉を開けた。 鳳がちらちらと見ていることに日吉も気付いているはずなのに日吉は全然そっちを見ようとはしない。 静かに怒る相手には声を掛ける隙が見えないから実は俺も苦手だったりする。だけど事情を知ってしまっている手前このままばっくれてばかりもいられない。それに鳳に任せてもちゃんとうまく機嫌を直せるとは思えない。謝ったところで『どうせ口先だけだろ』と素っ気無く突き放されるのがもう目に見えてしまってるし、仮にそれで日吉の態度が軟化したとしてもほっとした鳳が勢いで抱きついたりしそうで鳳に任せた場合の見通しは限りなく暗い。なんていうか鳳って地雷を踏むのが得意だから……。 「あー……日吉?」 こそりと声を掛ければ視線は向くものの警戒心はえらく強くなっている。鳳と先に居たのだ、俺が鳳からなにか話しを聞かされているはずだと疑うのも無理はない。 なんて言いますか、鳳も居る手前日吉の頭を撫でてやるわけにもいかず、日吉を振り向かせたはいいがどう切り出せばいいのか迷ってしまい俺にしては珍しくも視線が泳いでしまった。 「……なにか?」 「あー……」 鳳も反省してるみたいだから許してやってね……ってこれはやっぱウソだよね。あいつは反省するどころか俺が日吉になにか悪さでもしてるんじゃないかって疑って俺を問い詰めようとしたヤツだ。俺が呆気にとられている間に勝手に疑いを深めて一人でこれまた勝手に始めた妄想に悶えていたりもした。そんな状態にあった鳳にさあ話しかけてやれと言ったところで…………喋らせたりなんかしたらきっとまた暴走を始めて……自分になにか隠し事をしていないかどうか……問い詰めたりするかもしれない。そんなことになれば事態は更に悪化するだけである……。 ここは慎重に言葉を選ばなくちゃだ……。 「あー……あのね……」 ……………………ダメだ、……後が続かないよ……。 ゴメン。俺パス。 やっぱ鳳が自分でなんとかしな。二人が始めた痴話喧嘩じゃん、自分達でなんとかしなって。他人が口挟んじゃやっぱ大きなお世話でしょ。うん。 不愉快そうな目つきで睨む日吉をそのまま残して鳳の方に向き直った俺は心の中で『がんばれ』ってエールを送りつつ鳳に向かって頷いてみせた。 鳳はあからさまに縋りつき通そうとする眼差しを送ってきたが、そんなものは無視。 でもまあなんにもしてあげないで置き去りにしちゃうのは可哀想なので一応きっかけになるだろうものは置いて行ってあげるよ。 「あ。ねえ日吉。あとで鳳のここの手当てしてあげなね。なにしたんだか血が出てるみたいだからさ。軟膏あったはずだから塗ってやんなよ」 「ちょっと先輩っ……」 まるで『なに余計なこと言ってんですかっ』って言いたそうな鳳と、 「なんで俺が。そんなとこ舐めときゃそのうち自然に治りますよ」 もっともだけど案の定不機嫌丸出しにして憎らしげに鳳を睨みつけた日吉。 まっ、なんつーかたかだか痴話喧嘩。犬も食わぬと言うやつだ。そのうちいつもみたくなんだかんだと騒ぎつつも元鞘におさまるだろうよ。 「うん。俺もそう思う。でもさっき舐めたら怒られちゃったからさ」 「先輩っ……!」 「舐めた!?」 舐めたものが違うでしょと、抗議したかったのだろう鳳の焦る声を掻き消したのは、驚いたような、もう一つの声。 動揺でもしているような怖い表情が全てを語っている。 「じゃ、俺は先に行くね」 あとはうまくやれよ鳳。 恋は思案の外ってか。
や、愉快愉快。 END (03.10.26)
宍戸もそうだがジロちゃんも頼もしい先輩であって欲しい! オッシも跡部もがっくんもみんな頼もしき先輩。 た・だ・し! ジロちゃんは状況を楽しんで自己満足型。跡部は世話焼きタイプ。オッシとがっくんは首突っ込みたがりタイプ。宍戸は悩みがあんなら相談に乗ってやるよと、ほっとけない親身型。 優しい先輩たちに囲まれて育まれていく鳳若の愛。茶々を入れられても我慢の鳳くんに、口出されるたびに引っ掛かるナチュラル若くん。キミたちの愛は波乱万丈、気なんか抜いてたら横風吹いて荒れちやうわよん。 とにかく、誰が相手であれ振り回されてしまう日吉若にラブ!! なんい可愛いコなんでしょ。こんコ、そうそういませんことよ。 |