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 つい先日、忍足がいっこ、年を取った。
 生まれてきてくれてありがとぉー、キミに会えて嬉しいです、……なんてね。うっそ。俺がんなこと言うわけないじゃん。歯が浮いちゃうようなセリフって大っキライ。
 誕生日ったら『おめでとう』、でしょう。これで十分じゃん。ちゃんと祝福の言葉になってんだし、へたに飾り付けることなんてしなくていいんだよ。
 だいたいさ、俺が言わなくてもほかでいっぱい言われてんじゃん。
 プレゼントだっていっぱいなんかもらってたし。
 なんでそんな仲良くないくせにお金出してまで贈るかなあ。もったいないって思ったりしなかったわけ?
 て言うかさ、忍足が好きなものがなんなのか、リサーチとかしてたわけ?
 でなければ好きかどうかもわからない怪しいようなものを贈ることになるわけじゃん。つーか、そういう行為ってさ、押し付けになるってなんで気付かないわけ? 贈る前に気付けよ。好きでもないもの貰ったりしたら邪魔になるだけじゃん。ありがたくもないし嬉しくもないって。それともなに、みんなほんとにリサーチとかして忍足が好きなものとかを贈ってたわけ? うわぁー……それはそれでキモッ。観察とかしてたとか? それとも個人の情報を売る媒体があったりとかしてそっから金出して買ったとか? うわぁー、そこまでするか?
 つーか、俺がなにもあげてないのにそれってどうよ。くそ面白くないんですけど!

 

 

                     お め で と う。

 

 

 「ジロー、お前らまだ仲直り出来てねぇの?」
 「えっ、なになに、お前らマジで別れたのか?」
 あーハイハイ。ほかに言うことはないですか? 今だったらどんなセリフ吐こうがまとめてお安く引き取りますよぉ。
 しかし宍戸くん、キミ、ほんとに楽しそうだね。そうだよね、所詮人事だもんね。
 えー……がっくん、キミのその情報、どーこで仕入れてきたのかな? ちょーっとあとでゆっくり話そうぜ?
 「おら、お前ら邪魔だどけ」
 あ。跡部。
 「そこは俺様の席。休み時間のたんびに遊びに来んのはよせ。はっきり言うがうぜえ」
 跡部が座る席はちょうど真後ろにあり、主が居なくてあいていたからという理由で勝手に座っていたがっくんと、机の端にちょんと尻を乗せていた宍戸は、主である跡部が外から戻ってきたが為に邪険に追い払われて今度は俺の前の人の席を占領し始めた。
 別に俺の席じゃないからどう利用しようと構わないんだけど宍戸、足は乗せちゃダメでしょ。行儀も悪いし態度も悪いって。主が戻ってきたら顔、絶対顰められちゃうよ? あとでなに言われるかわかんないからやめた方がいいから、ね。
 つーか、跡部、その手に抱えたものはなにさ。もしかしなくてもプリント……ってことは次もしかしてテストとかやんの?
 「こらジロー、勝手に触るな」
 「えー、跡部だけなんか知ってるなんてズルイ。それ、なんなんだよ」
 「生徒にもたせたくらいなんだからテストってことはねぇよ。だろ、跡部?」
 いいぞ宍戸、そのままめくって見てしまえ。
 あ。こらっ、がっくんは関係ないだろっ。早く俺に寄越せ。
 「ちょっとがっくんっ、いつまで見てるつもりだよ、早くこっちに渡してよ」
 「まあまあ、慌てるなって、……なあ跡部、これってクラスで刷り出したもん? それとも学年?」
 あ、そっか。クラスで刷り出したもんでなければいずれはがっくん達も使うことになんのか。
 ん? そうやって気にしてるってことはやっぱテストなわけ?
 「ちょっとがっくん見せて!」
 身を乗り出して奪ってようやっと目にするぞ、と意気込んで裏返した途端跡部がゲロした。
 「単なる自習プリント。ただし学年刷り出し」
 「なんだよそれ……」
 「うげぇー、めんどくせっ」
 「つーことは俺らも使う可能性でかいってことかよ」
 うんざりした顔して溜息をついた宍戸に、あからさまに顔を顰めたがっくん。戻そうとしたがっくんの隣で思い出したように当たり前のことを呟いた宍戸のその言葉を受けてがっくんは改めてプリントを眺めたりなんかしてた。
 なんか暗記とかしようとしてない? 鼻息を荒くすんのは勝手だけど、ちと、早くないか? だってまだそれが使われるとは決まってないだろ? 多分、急に自習とかなった場合に活用すんじゃないか?
 ………………どうでもいいけど、お前らそれ、持ち出したりすんなよ?
 「おい」
 「あ?」
 「なにぼけっとしてる。ほら、お前も見てえんだろ。一枚、先にやるよ」
 「あ、うん……ありがと……」
 でも跡部……いいの? 特定の人間にだけ先に渡したりとかして。次の授業で使うもんなのにまずくないの?
 「んな難しいツラすんじゃねえよ。安心しろよ。別に提出させろとは言われてねえ。配ってやらせててくれって言われただけだ。個人の学習に使うもんなら別にお前に先に渡してあったって問題はねえだろ」
 「あ、なんだそうなの」
 跡部の言葉を聞いて安心した俺を横目に見た宍戸とがっくんが、ちっと舌打ちをした。それを先に言えよと不貞腐れたような口調で零すがっくんの手がプリントを戻すと、こ馬鹿にしたように跡部が二人のことを笑った。笑われた二人はぶちぶちと跡部に向かって文句を言い出すが、やっぱり相手にされていなかった。……だから言ったじゃん、決め付けんのはまだ早いよって、……もぉ、しょうがないなあ……。
 「おい、ジロー」
 今なおしつこく、恨めしそうに文句を垂れている二人をまったく相手になんかしないで背を向けた跡部が、いきなり目の前に立ち塞がった。
 顔を上げた俺の頭にぺしりとはたきが落ちた。
 「お前もばかだろ」
 いきなりそうきますか。なにを指してそう言ってるかは予想がつくけどせめて『なにをしているから』そうなんだってことを指摘してから言い切ってよ。もお、せつなくなるじゃんか……。
 はいっ! そこっ! 宍戸くんもがっくんも面白そうに俺のことを見ない! にやにやした顔も見せないっ。
 「さっきの宍戸の話じゃねえが別れたって言うんならいつまでも引き摺ってんじゃねえよ。幕が下りたってのに日が経つにつれてウザさを増していきやがってよ、何がしたいのかわかんねぇよ。いい加減にしとかねえとマジでそのうち蹴り上げるぞ」
 「………………」
 傲慢不遜に脅すヒトって、知る限りでは跡部しかいないよ。ハッパかけてくれてるんだろうけど……たまには優しい言葉をちょうだいよ……。なんかマジで沈み込みそ……。
 あ、それと……俺たちまだ別れてはいないから……別れたのか別れたのか、繰り返して言ってこないでよ。なんか、ホントマジで切なくなっからさ……。
 「ったくしょうがねぇヤツだな」
 不貞腐れて口もきかなかった俺にうんざりといったカンジで溜息を漏らした跡部が、顔を上げろと、不意であった割に結構乱暴に襟首を摘み上げようとする。いきなり締められて、苦しいよと零すと今度はがしっと肩を組まれて綺麗な顔が覗き込んできた。
 「あいつは次の時間第二図書室に居るはずだぜ。行ってこいよ」
 「えっ……」
 「この俺様の情報だ。確かだぜ」
 「……どうせ移動してる途中の忍足に出くわして本人から聞いたんだろ……」
 「さあな。けどお前がそう思うなら俺が嘘を言ってないことはわかるよな。ほら、グズグズしてねぇで行けよ」
 …………。
 「どうせ自習だ。適当に誤魔化していてやるよ」
 「腹痛起こして便所詰めてるって言えば?」
 「いや、ジローなんだからどっかで寝てると思いますって言うのもありだぜ」
 うるっさいな!
 なんでどうしてお前らってそうやってちゃちゃしか入れらんねぇのよっ。お節介焼いた跡部の方がまだ優しさが滲んでて友達甲斐があるじゃんよ! そうやって友達の不幸を面白がってネタにしてばっかいるとそのうちお前らにも天罰が下るからな!
 「おら、ジロー」
 「いたっ」
 「こいつらなんか相手してなくていいからさっさと行けっての」
 跡部がしつこく言うから、ってのは建前だ。お互いきっと気まずいだろうけど俺がそばに居ても忍足は追い払ったりはしないだろう。きっと無視されるだけだ。それでもいい。そばにいられるなら会話なんかなくたっていいよ。
 今までは意地を張って自分からは近づかないようにしてたけど、跡部が背を押してくれたから、少しだけだけど覚悟みたいなもんが自分の中で出来たみたいだ。
 ありがとね跡部。

 

 

 

 


 「………………」
 どうしよ……すげぇ緊張してきた……。
 この扉一枚がものすごく分厚い岩にも見えてしまうよ。
 ああほんとマジでどうしよっ……どのヘンに居んだろ……扉のすぐ近くだったりしたらイヤだな……奥とかに居てくれると助かるんだけど…………。
 あーっ、もう! 一人でぐるぐるしてたって始まんないんだからもぉ開けちゃえ!
 「…………」
 第二図書室の扉がって言うより氷帝学園の大体の施設の扉が開き戸で良かったよ……!
 後ろ手にそっと閉めれば静かに閉まるし中は敷物が敷いてるしマジ助かったぁ。
 あ。あんなとこに居たよ……。
 多分、俺が近づいていることには気付いているはずなのに忍足が顔を上げるような気配は全然なくて。やたらにドキドキしながら近づいていく俺は、いっそもうその隣に座ってしまうまでどうか顔を上げませんようにと願ってしまったりなんかして。
 それなのにいざ机の向こうへと回り込むだけだという距離にまで縮まると、あと一歩が踏み出せなくなる。地団駄でも踏みたいような気分で、とことん無視を続ける忍足の横顔だけに視線が注がれるだけ。一言なにか声を掛ければいいのにただ注視するだけ。
 やがて。溜息とともに隣の空席が静かに示されて。座ったらどうなんだと、無言なままのその誘いにこちらも無言を貫いて従う。
 「…………」
 こういう落ち着かない気分は正直苦手なのだが。声が掛けづらい以上我慢するしかなく、しきりに忍足の手首の時計に目をやりながら、あるのかないのかわからない『きっかけ』なるものを探ってみたりなんかして。
 二分かそこいらした頃、俺の考えが甘かったことに気づいた。くまなく嘗め回して見たけどそんなものどっこにも落ちていなかった。話し掛けてくるなよって、もぉ全身で威嚇してやんの。なに読んでんだか知らないけどさ、開いた本にだけ視線が行って全然こっちを見ようとしないでやんの。
 ………………。
 忍足の顔がある方向とは逆を向いて出るものといったらもう溜息だけ。
 ……冷たい……覚悟はしてたけど……しばらく顔を見せるなって言ったあのセリフ、十日も経つのにいまだにバッチリ有効なんだ……ちょっとさあ、それってどうなのさ……オトコのくせして心がせまいんじゃねぇの? ちょっと駄々こねてぐたぐた言っただけで十日以上も口きいてくんないなんてそっちの方がひどくねえ?
 「…………」
 あぁ……不憫な俺……。
 跡部、俺……挫けそだよもぉ……。俺たちってアレなんだよ……俺と忍足の力関係ってさ、すっげえ微妙なのよ……流動的って言うかさ……こういう揉め事起こした時って絶対忍足が王様のイスに座んだよ。もうさぁ、言うこときかなきゃいけないのはいっつも俺の方なの……不公平だと思わねえ? なんで俺ばっか歩み寄ってかなきゃなんねえのよ……たまにくらい忍足から寄って来てくれても罰は当たんねえと思うんだけど、どう思うよ?
 ああもうっ。隣にいんのになにやってんだよ俺!
 「ジロー」
 えっ?
 いま、もしかしなくても俺のこと呼んだ? ねっ、呼んだよね?
 「お前、うるさい」
 ……え?
 「口開かなければなにやってもええ言うんやったら即刻どっかへ行ってや。お前の動作はめちゃうるさいねん。オレはこのレポートこの時間に仕上げなあかのや。邪魔されとうないねん」
 えっと、……。
 「……ごめん」
 怒られちゃったよ……。
 邪魔だって……。
 「ジロー」
 「あ、ごめん、もう動かないから……」
 無意識についていた溜息が耳障りだったのだろうか、再び呼ばれたのにびくんっとなりつつ謝る。
 反論は絶対にしない方がいいと思うのだ。機嫌を損ねちゃうような行動は慎まなくっちゃだよ。
 えっと、……でも俺どういう姿勢でじっとしてりゃいんだ? 長時間じっとしてるのって苦手なんだけどこうやって隣に居ることを許される為にもじっと我慢のコでいなきゃいけねぇし……。えっと、寝てればいいのかな……?
 「ジロー、お前なにしに来たん? 寝るためやったら教室でもかまわんとちゃうん? 眠くなったら授業なんかきかんと寝てまうんやし。そろそろチャイムも鳴る頃や、戻った方がええんとちゃう?」
 うつ伏せた俺に、そっけない言葉を綴った忍足。なにしに来たってそんなの会おうと思ったからじゃん。用がないんだったらふらっと現れんなって言いたいのかよっ……。なんか、……無愛想過ぎて凹むよ……。
 「なあ、戻らんの?」
 意思の確認を取ろうとでも言うのか今度はたずねてくるが俺は意地でも顔は上げなかった。
 そのかわり短く、『ここに居る』とだけ答えておいた。
 「ジロー、こっち向き?」
 ちょっとだけそれはいつもの忍足の声色に似ていた。
 だから。
 「…………」
 「もう一度聞くけど戻らんでもええの?」
 見下ろす忍足のまなざしが穏やかに見えるのは、ただたんに俺の目線が下にあるからそんな風に見えちゃうのかな? それともいつもみたく甘やかしてくれようとしてんのかな……どっちなんだろ……。
 「ジロー? なにぼけっとしてん? 眠いん?」
 「……ねえ、俺がここに居たら目障り?」
 「目障りって……誰もそないな風には言ってないやん。そう取れてまう態度とってたか? せやったら謝るわ。ごめんな。べつにそないな風には思っとらんよ」
 「……ねえ、俺たちがこうやって会話交わすのって久し振りだね」
 「そうか?」
 「うん。そうだよ。十日ぶりだよ……」
 「もしかして数えて過ごしてたんか」
 「そうだよ。今日も一言も喋れなかった、明日は喋れるかなって、指を折って数えて過ごしてた……」
 「ジローにしては頑張ったやん。もちっと早く焦れて早々に泣きついてくるだろ思てたんやけどね」
 「……ねえ、俺はもう許されてるの?」
 「ジローはまだ頑張るつもりでいるん?」
 シャープペンシルを走らせる忍足が、肘をついて口元を隠したが、控え目に笑ったのがわかった。横顔をしっかりと見つめながら長かったこれまでを振り返り、そっと忍足の袖口に手を走らせる。掴んだ手が振り払われる夢ならもう何度も見ている。どうか、どうか振り払われませんように……。
 「…………」
 ああ、……やっと、やっと触れた……。
 なんかもぅ、……喋れないよ……。
 「ジロー」
 やだ。絶対離さないから。
 「ジロー」
 やだ。
 「困るわ。やらなあかんことまだずいぶんと残ってんねん。そやのに手が動かされへんて、これじゃ」
 いいじゃん。我慢しててよ。あと少し、もう少しだけこうさせててよ……。
 あ……。
 「な、頼むわジロー。せめてきりのいいとこまでかたさせてや。な?」
 忍足のそのお願いに、即座に頭を振って拒否をした。
 だって思い出しのだ。
 「ちょ、少しのあいだでええねんから。な?」
 「やだ。そんなことより忍足、おめでと」
 その日は過ぎちゃったけど、毎年ちゃんと言ってきたんだもんよ、今年だってちゃんと言っておきたいよ。って言うかさ、伝えられなかった年があったなんて言う過去を作るわけにはいかないっての。
 「その、……過ぎちゃったけど、……でも、おめでと……」
 「ん。もうええよ」
 「よくないよ。だって俺今年はその、……プレゼントなにも用意してないし……」
 「ええよべつに」
 だからよくないっての。毎年なにかしらあげてきたのに今年だけなしだなんて俺の気がおさまらないんだって。そりゃ高価なもんはやれねえけどでもこういうのって気持ちじゃん。なにもなしってのはねぇよ。そんなんダメだっての。
 「あ。だったらリクエストさせてもろていい?」
 「あ、それ助かる。なになに。あーでもあんま高いもんはゴメン、俺もうピンチでさ。その、手頃なとこでお願いします」
 「大丈夫やで。金はいっさいかからんもんや」
 へ?
 「暇なんやろ?」
 は?
 「こっちもちょうどそういう気分になってきてんしいいタイミングやと思わん?」
 「……ぇ、っと……」
 それって、あの、……えっ、ええ……? マジでその……いいの……?
 「あれ? なんや反応遅いなぁ。もしかしてジローはまだそういう気分になってないん? そうなんやったら残念やけどまた時間ずらして再リクエストさせてもらうわ」
 待って待って!
 ぼけっとしっぱなしだった態度に痺れをでも切らしたのか、シャーペンの芯でノートの上を軽く叩く忍足が本のページも新しく捲ったのを見て、俺は大慌てでその手を掴みいそいそと立ち上がるや誤解を解こうといきなり手を掴まれてびっくりしているらしい忍足に向かって弁解を始めた。
 「ち、ちがうんだっ、ちょっと急なことでびっくりしちゃって、……あ、……もう全然俺はその気十分だから……。えっと、その……嬉しいから……」
 興奮しててかなり言葉の使い方がヘンになってたけど、いまの気持ちのとこだけはばっちり口にしていたと思うから、そこがちゃんと伝わってれば問題はないだろう。
 わざわざ再リクエストなんかしなくたって今すぐ叶えさせていただきます!
 「えっと、ここじゃちょっとあれなんで移動しよう、さ、行こう」
 「ちょっと待ってやジロー。慌てすぎやって。まずはこれ、開きっぱなしの放りっぱなしってのはあかんやろ。せめて端っこに片させてや。こうやってまとめて置いとくからあとで一緒に取りに戻ってな?」
 うんっ。
 ぴったり並びながらうしろのドアから出て、周りにもう誰もいないのを確認してから俺は十日ぶりのスキンシップを求めて忍足の指を力強く握り込んだ。
 嬉しくてにやけてくる俺が跡部に感謝しなくちゃと漏らすと、なぜか忍足も『そうやね』と同意をした。
 あれ? 俺、跡部の話はした記憶ないんだけどなんで? 
 「さっき途中で跡部とばったり出くわしてん。オレがあっこにおること、跡部から聞いたから来たんやろ?」
 「なんだ、じゃあ忍足は最初から俺が現れることわかってたんだ」
 「跡部が自分らも次の時間自習になった言うてたし、オレらがもうずっと口きいてんことも知っとったし、戻ったら多分ジローのこと突付くやろなあって予想はしとったよ。あれで跡部は世話焼きさんやからね。でもまさか来ていきなり眠られるとは思わんかったわ」
 「……だって忍足、最初すげぇつれなかったじゃん。無愛想って言うか、全然俺の方見ようともしなかったし……なんかそれで俺も頭ん中が色々とぐちゃぐちゃしちゃってさ、……でもそばには居たかったからさ、うるさいって言われたらもう寝るしかないじゃんって思ってさ……でも俺が来るのわかってたんならもっと早くに相手してくれてもよかったのに……意地が悪いよね」
 恨めしそうに言ってはみたものの心はうきうきと弾んでいて、最初から最後までずっと口元が綻びっぱなしだった俺は、振り返った忍足が『せやからこうやっていま優しくしてあげてるやん』と勝者然とした表情を見せて可笑しそうに笑っても、いちいち抗議はせずに『ここまできたらもっと甘えさせてくれんでしょ?』と握っていた指にあらためて指を絡めながら顔を寄せて囁いた。
 寂しい思いをするのは、もうイヤなのだ。一人で悶々と過ごすつまらない日々にももう厭きてしまった。なによりただ見ているだけの日々なんてもう懲り懲り。
 こうやって触れて、傍に居て。間近で顔を見て囁き合って笑い合って。吐息がかかる距離でまで顔を近づけ合って。好きなだけ触れていたいのだ。
 「ね、……俺この十日間で忍足のことがすっげえ好きで好きでどうしょうもく好きなんだってことがあらためてわかっちゃったみたい……」
 「熱烈やなぁ相変わらず」
 「うん。自分が我侭で独占欲強くってそのくせ寂しがり屋で忍足がいなかったら寂しくて毎日がつまらないものになるんだってこともわかっちゃったんだ……」
 「なんや自分、自分のことばっかわかってオレにえらい迷惑かけてる言うことはどう考えてるん?」
 「そのことなんだけどさ、この性格直すのはえらい難しそうみたいなんで忍足が大人になって広い心でもって許してくれなきゃダメみたい……」
 「なに簡単に諦めてんねん。努力もせんと」
 「うん。俺もう白旗揚げて振ってるから」
 「ほんまに自分勝手なオトコやな自分」
 「だから俺は我侭だってさっき言ったじゃん。でもってそういう性格を直すのもまた難しいみたいなんだって。だから頼むよ忍足……」
 「ほんまにどうしてくれよか……」
 「……」
 ぴったり寄り添っておとなしく、しっとりしょんぼりと語った俺を、だけど忍足は柔らかな笑みを口元に残したまま決して手を振り払うこともなく、どうしてくれようと言った直後には線を引くようにして指のラインをなぞったりなんかもしてくれていた。
 十日前の怒りはもうとっくに鎮火し、今は少々呆れているだけなのかもしれない。
 どうしよう……嬉しくて、今すぐここでキスしたい気分だ。
 抱き締めて、いっぱいいっぱいキスをしたい。
 好きでどうしようもなくなってきている俺に忍足が見せる仕種は煽っている風にしか見えないよ。
 手のひらを伝って届くのは、優しさを装った熱なのに余裕を見せ続けるんだからズルイよなホント。
 「忍足」
 でももうダメだよ。これ以上の我慢なんて出来ないよ。
 「ここで一回だけキスさせて」
 お願いだよ。焦らさないで素直に許してよ。
 「ほんまにその約束が守れるんやったらしてええよ」
 守るさ!
 お互いに蕩けあってしまうような熱いやつを贈るからね!
 「ちょいストップ。ほどほどにしといてや?」
 ああもうっ。ここはもう人が通る心配なんか全然ないってのにあたりに視線を流すそのポーズ、この状況下でもまだ焦らそうって言うの。オニ。悪魔。
 あ。そうだ。する前にもう一回言ってもいいよね?
 「忍足、おめでとう」
 「さっき言うてくれたやん」
 何度でも言いたいんだ。
 「ん、ジロ……」
 ああ、久し振りの感触。夢にまで見ていた温もり。すっげぇ幸せ……。

 

 

 


END
(03.11.15)


 

ちょいとしばらく外に出ていたものなのですがよそ様宅でのアップ期限が切れたので引き取ってきました。

忍足のバースデイを祝った『ジロ忍』です。

忍足の誕生日なのに幸せはジロちゃんのとこにやってきた模様。

とにもかくにも15歳おめでとう。

末永く幸せでいてください。

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