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 「柳生」
 彼が呼ぶが柳生は無視を決めていた。
 「柳生ってば」
 追ってきて隣に並んでもその呼びかけに柳生が答えてやることは絶対になかった。
 「お前って陰険やねえ」
 悪態をつかれても絶対にその挑発には乗らないと決めていた。
 「柳生」
 覗き込まれても一瞥くれてはやっても絶対に口は聞いてやらないと、そうも決めていた。
 「もういい加減にせんと俺もそろそろキレるよ?」
 理不尽な挑発にも易々とは耳を貸さないと決めていた。
 「あったまきた」
 ふくらはぎに蹴りを入れられても柳生は声を上げなかった。仁王など元から居ないものと思っていればいいのだと、とことん無視することを心に決めていたのだ。
 仁王が痺れを切らして暴力に訴えてきても相手はしないと固く誓ったその守りを柳生はとにかく守ろうと必死だった。
 「お前がそういうつもりならこっちにも考えがあるよ」
 一層焦れてきたらしいその口調に、
 「どうせあなたのことです。ワタシを困らせることしかその口は語りませんよ。でもいいでしょう。ワタシは寛大ですから聞いて差し上げますよ。どうぞなんなりとおっしゃってください」
 軽蔑をするように眼差しを一層きつくし、言い放つと廊下の端へと寄って当初の望みでもあった足だけは柳生も止めてやるのだった。
 仁王は、確かに我侭を言うことが多いが、長所短所含めてそれらの質が寄せ集まって仁王と言う人間を作っているのだと、柳生とてそういう風に捉えている。
 彼が我侭で自分勝手な考えを押し付けてくるのは毎度のことであり、柳生がどういう風に対処するのかと諮ってくることもたまにあるために、いちいち目くじらを立てていては神経がもたないと柳生も早々に悟り、以来、適当に無視をしておいて好きにやらせておいてから、頃合を見計らって、それから相手をしてやろうと、結果よりプロセスに重点を置くようなスタイルを柳生はとるようになった。亀が手足そして首を甲羅の中に隠してじっと待つように、仁王と向き合う際には柳生も感情を極力殺し、そして固く口を結んでしまうのだ。
 だがどうせ仁王のことだから、今日だって、相手するまでしつこく絡んでくるだろう。だが、柳生だっていつまでもダラダラするのは嫌いだ。だから、無視をすると決めた時は徹底的に無視を決めるのだ。一瞥だってくれてはやらない。そうすれば、そのうち仁王の方から焦れてくれる。そうなるとあとは早い。苛立ってきて、遠回しな手法を取っている余裕が、あの仁王でも、なくなってくるらしい。余計な手を省いた時の仁王の行動はスピーディーで、そしてわかりやすくもなる。早々にコトにケリをつけたくば、とりあえず、仁王に痺れを切らしてもらうのが、とどめに取る柳生のいつもの手だ。
 「とにかく、これ、受け取ってくれ」
 そう言って、彼が胸のポケットから抜き出してきたものは、食べ放題のチケットであった。
 「悪かった。謝るから、それで許してくれ」
 つまりはこういうことであるらしい。
 先日、仁王と出掛けたその帰り道、駅前の焼肉店で、二人は早い夕食をとる事にした。そこは、仁王がよく家族と利用する店らしく、店主は気前良く、何皿かをサービスしてくれたりもした。さすがに、中学生であるから、酒は出せないけどジュースなら、飲み放題で出してあげるよと、さらに、サービスしてもらい、二人は、ウーロン茶とオレンジを、結構な杯数、遠慮もなく頂いていた。
 仁王が焼肉好きなのは柳生も知っていたし、その柳生も大好物とまではいかなくとも嫌いではなかったので、二人で、かなりの量をたいらげた。
 食後、店主が空いた皿を片しながら、デザートも良かったら食べるといいよと、二人に、言ってくれた。二人は、素直に、好意に甘えた。仁王が杏仁豆腐を、そして、柳生はところ天を、それぞれ頼んだのだった。
 柳生は、ところ天が大好きだった。好物はなにかと聞かれたなら、決まって、ところ天と答えてもいた。それほどに、とにかく好きだった。
 だから、
 「柳生のそれ、なんか美味そうだな。ちょっと交換しようや」
 そう言い出して、無理矢理に奪った仁王が、柳生は、どうしても許せなかった。
 そのうえ、彼の一口は、少々などではなかったのだ。つるつると、大量のところ天が、勢い良く、仁王の口の中へと吸い込まれていくのを見たとき、怒りで、柳生の拳は震えていた。
 その怒りで固まる柳生に、結局、仁王の杏仁豆腐を味わう機会は、訪れなかった。
 あれ、いらねえの? じゃあ、オレ、食っちゃうからね。
 そう彼は言って、柳生の目の前で、さっさと、自分のそれをたいらげてしまったのだ。
 店の中で、怒鳴るなど子供じみていると、怒りをぐっと堪えながら、少なくなったところ天をもぐもぐと噛んで食べたが、会計を済ませて、店に出ると、どうしても我慢が出来なくて、とうとう、柳生は怒りをぶつけてしまった。
 二人は言い合い、結局、言い争ったまま、二人は別れたのだ。
 翌日、顔を合わせた二人は、当然、口をきくことはなかった。険悪な空気を呼び込んだまま、周りの人間に心配をかけっぱなしにしたきり、今日のついさっきまで、お互いに相手のことを、無視してきたのだ。
 だから、仁王が、こうしてチケットを渡すと言うことは、つまりは、終結宣言を出して欲しい、と、白旗を揚げ、頭を下げたようなものである。
 二日目にして、ようやく、柳生が頑なになっていると、悟ったのだろう。柳生にしてみたら、遅い、もう少し早くに気付きなさいと、叱咤してやりたいところだが、わざわざこうして土産を持って頭を下げに来たわけだから、大目に見てあげますかと、そういう気分には自然となってくるわけで。
 「もちろん、これにはデザートもつくのですよね?」
 更に、自腹も切ってもらいますよと、攻め込むと、案の定、もちろんと、手がしっかと握られ、力強く、頷かれるのだった。
 食べ物の恨みは恐ろしいものですよ、以後から気をつけてくださいね。
 仲直りした証にと、柳生からキスを贈ると、最初こそびっくりしていたものの、至近距離から、ぺろりと、悪戯で上唇を舐めてやると、たちまち不敵な笑みが浮かび、腰に腕が回ったかと思うと、すかさず引き寄せられて、今度は、仁王から深いキスが、柳生に贈られた。
 それから二日後、二人は揃って、また、あの店へと顔を出した。
 店主は、二度目にも関わらず、最初と同様にとても気前が良かった。
 しかも、チケットを持って行ったにも構わず、それは今度来たときに使いなさい、今日のはいいよ、来週、ご家族でまた来てくれるらしいからそのときにでもじゃんじゃん飲み食いしていってよと、そう言って、仁王からも、柳生からも、絶対に、お金を受け取ってくれなかった。
 期せずして得した二人は、店を出たあと、近くのスターバックスへと寄って、一時間近くまったりと過ごしたのち、今度は、オレが美味しいところ天作ってやるよと、仁王が言い出したことから、今度の週末には仁王の家に遊び行く約束が、指切りと共に彼らのあいだで、交わされたのだった。

 

 

 


END
(03.12.25)


 

仁王柳生。夢見過ぎですか? 確かに、柳生が食い物のことくらいで、こんなご立腹するだろうかと、疑問はある! だけど、こういう柳生がいたら、有島が、とにかく幸せだ。うむ。

焼肉食うカップルは、深い関係まですでに進んでいると、巷では、ウソかホントか、確かめようもないような言い伝えがあるらしい。つーか、あれば嬉しい。仁王柳生、エッチ済ませたカップル宣言。最高じゃけん!

昔、会社の後輩に九州出身のコがいたが、語尾によく『〜っちゃ』がついてた。

『先輩、これ、どうするとですか』
『あ、悪い。資料室に返しといてくれるかな』
『はあ。あ、●●(同期のコを手招きしてました)、上、今から行くと? オレも行くとよ。ちょお待っててや。ほな、先輩、行ってきますわ。あ、●●、ちょお待ってや、置いてくなっちゃ。オレも行く言うたやろが』

……すげえ、可愛かった。先輩への言葉遣いが少々荒いと、よく注意はされてたけど、同期の子たちと喋るときは、とにかく『〜っちゃ』連発してて可愛かったのよ。

仁王も、『〜っちゃ』連発してくれてたら、可愛いと思う。

はっ。夢見過ぎ? やっぱ、そ?

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