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 げんなりと、溜息をつく仁王を見て柳生は薄く笑った。
 「疲れてらっしゃいますね」
 「もう、げんなりじゃ……」
 再びの溜息に、柳生は仁王の手に乗る小さな包みを掴み上げると、それとなく陽に透かして中身が見えないものかと、軽く振ってもみた。
 「ま、開けるまでもなく中身はどうせアレなのでしょうね」
 一つくらい開けて食べてみませんかと、楽しげに目を細める柳生に、仁王は逆にクソ面白くもないといった顔で舌打ちをして手から包みをひったくっていった。
 「食ったらエライ目に合うとよ。これは全部綺麗にあとで赤也かブン太に処理してもらうっちゃ」
 「でも彼らは彼らでご自分ので手一杯なのではないですか? 特に丸井クンなどは普段から色々と頂いているようですし、前日の今日などは果たしてイベントに乗じているのか怪しい方達も多そうですよ」
 「あー……あれはもう餌付けに近いもんがあるな。やけどあいつなら心配いらん。きっと全部食いよる」
 「でも不思議ですよね。アレだけ甘いものを口にしていて虫歯にならないんですから」
 「それに太らんしな」
 「そうですね。で、あなたどうなさるんですか?」
 コンクリートの上に転がる数個の包みを指差しつつも、柳生の目はそのまま仁王に注がれている。
 明日はバレンタイン。土曜日とあって今日が手渡しできるラストチャンス。テニス部に限ったことではないが、運動部に所属する男子がこうしてチョコを頂く光景は学校の敷地内のあちこちで見掛けることが出来る。
 文化部に所属している人間はどうやら隠れてこっそりと言うパターンが多いらしい。
 どちらにしても立海テニス部のレギュラー陣は、堂々と手渡されたり席を離れた瞬間戻って来たら机の上に乗っていたり中に入っていたり、時間の経過と共に包みの数も確実に増え、そろそろ、どうやって持ち帰れと言うのかと悩む者も出てきている。
 柳生は普段から話し易い相手として認定されていないことが幸いして、本人の手に渡った品数は非常に少ない。本当は渡したいのだろうが渡しづらくて未だに手に持っている者の方が多いのだろうが、本人は少なくてがっかりしているどころか、日頃の行いがこうして功を奏するのですと、いたく満足している。
 ところが仁王の方はどうやら仲の良い女の子を通して頻繁に手元に渡ってきているらしいのだ。
 「あなたの日頃の節操のなさを如実に物語ってますよね、これは」
 だれかれ構わず仲良くするのではなくて特定の誰かとのみ特に親密であったりするとこういう時に女の子は頼ってくるのですよと、やんわりと注意を与えると、ふいっと顔を背けてそのままコンクリートの上に寝転がって空を見上げるので、その彼に一つ、柳生は包みを投げてやった。
 「教室にもたくさんありますけど、あとで袋を調達してこないといけませんね」
 「いらん」
 「持ち切れませんよ、あの数では」
 「持ってなんか帰らん」
 「持って帰らなくてどうなさるんですか? まさか捨てるとか言い出しませんよね。それはやめておいた方がいいですよ。女の子は恐ろしいですからね。せめて家に帰ってからどうにかなさい」
 リボン一つ一つに想いが込められているのですよと、わざと、近くに転がっていたその一つの薄いブルーのリボンを引っ張ってほどくと、横から手が伸びてきて、リボンで遊ぶ柳生のその手からリボンを奪っていった。
 「仁王くん?」
 「ねちねち苛めんでもいいだろ」
 「苛める? ワタシがあなたを? どうしてそう思うのですか? 何か心当たりでもあるのですか?」
 ちっと、忌々しげに舌打ちする仁王を柔らかな笑みで見つめて、柳生は静かに仁王を追い詰める。
 確かに気持ちがささくれだっていることは、仁王に語りかけている時から柳生も認めている。
 昼休みに屋上へと上がってくる途中、柳生たちは何人もの女の子に捉まった。彼女達が呼び止める時に決まって口にしたのは仁王の名だ。仁王の隣には柳生も居たというのに、柳生の名を先に呼んだ者は一人として居なかった。
 そしてしおらしく可愛らしく話し掛けたあと彼女達は、呼び止めたくせして手渡す時には遠慮がちに仁王に包みを差し出したのだ。
 その光景は決して柳生にとって歓迎出来るものではなかった。
 彼女達が仁王を見つめるあいだ柳生は、見ないフリをしたり先に歩を進めたりと色々と気を遣ったものである。
 だからといって、仁王に近づく彼女たちに無関心であったかと言うとそうでもなかった。
 うんざりとしつつ、痛みも確かに感じていたのだ。
 もてますねと、その一言も言えなかった自分が彼女達に嫉妬をしたと言うならそうなのであろうと、柳生も否定する気はない。
 だが、あの場で柳生が何を言えたであろう。
 友人として見守る以外に道があったとは今も思えない。
 黙して、見ぬフリをして、綺麗にラッピングされた包みに抱いた嫉妬を隠して、そうやってここまで一緒に上ってきたのだ。
 嫌味の二つ三つくらい黙って聞いてくださってもいいでしょうと、二人きりとなった今、柳生はそう言ってやりたい。
 「あなたは結局受け取ったのですから、責任を持ってきちんと持ち帰るべきです」
 そう言うと柳生は仁王の手からリボンを奪い、丁寧にかたちを整え結びなおした。
 「柳生」
 「なんですか」
 「お前じゃって結局は何個か貰ってたじゃねえか」
 「そうですね。でも、あなたに比べたらあまりにも少ないですよ」
 確かに、柳生も頂いていた。
 仁王を呼んだくせに彼女たちのうちの何人かはなぜか柳生にもと手渡してきたのだ。
 まさか廊下で、それも人の目があるところであっさりと無下には出来まい。しかも明日はバレンタイン。なにもかもをわかっていて、断ることはいくら柳生でも良心がいたむというもの。
 あの場は、受け取るしかなかったのだ。
 「………あの場は、誰であっても受け取らなくては悪者になっていましたよ……」
 ああ、やはり自分は嫉妬をしているのだと、柳生は今度こそはっきりと自覚してしまった。
 「情けないですね。頭ではわかっているのに気持ちの整理がつかないなど泣き言ですよねこんなのは」
 複雑な思いで笑うと、仁王が起き上がり、そうするしかなかった柳生を強く抱き締めた。
 「お前の言う通りや。貰ったのだから責任を持って持ち帰る。やけん、食わん。家族の者に頼んでなんとかしてもらうし。やから怒らんでくれ柳生」
 「……怒ってるけではありません」
 「うん。妬いてくれてるんじゃろ? 嬉しか」
 肩口に乗せた仁王の頬が笑うのを感じて、柳生もつられるようにして柔らかく微笑んだ。
 そして仁王の後ろの髪を優しく引くと顔を上げさせて言った。
 「ブレザーの胸のポケット、探ってみてください」
 「ポケット?」
 「ええ」
 ほんの数秒思案顔を浮かべて、やがて仁王の手が伸びてきた。
 身じろぐことなくじっと待つ柳生のポケットからそれを見つけ取り出した仁王は、手のひらに乗せると穴でもあけるつもりなのか、目を見張った。
 「小さくて申し訳ないのですがワタシからのです」
 「……どうしたと? コレ……」
 「先日、妹に付き合って出掛けた先で購入したものです。値段を言うのはあれなんですけど、結構高い買い物でしたよ。きっとあなたが好きだろうと思う味のものを勝手にセレクトしたんですけど……」
 「開けてもいい?」
 「ここで?」
 「今すぐ見たいけん」
 「そうですか? べつにかまいませんけど」
 柳生が照れ隠しで眼鏡のフレームを持ち上げると、仁王は実に丁寧な手でもって包みを開いていった。
 グレーのシンプルな箱の蓋を開けると、中には五つの小粒なチョコが一列に並んでいる。それを見るや、
 「食ってもよか?」
 うち一つを指しながら仁王がたずねてくる。
 「あなたに差し上げたものです。好きにしてください」
 柳生が言うや仁王はその一つを手にしてポンッと口の中に放り込んだ。
 「――ん、美味か」
 「そうですか」
 「のう、柳生」
 「なんっ――」
 新たに一粒手にした仁王がそれを口に入れるや呼ばれ、顔を上げた途端仁王に唇を奪われていた。
 「んっ……!」
 しかも舌で、溶け掛かったチョコの塊が押し込まれそのついでとばかりに仁王の舌が絡まってくる。
 チョコがなくなっても仁王の舌は柳生をなかなか解放しようとしない。だんだんと息苦しくなり、抗議するつもりで仁王の裾に手を掛けると、名残惜しそうに下唇を舐めたあとようやく仁王は解放した。
 「……な、美味かったじゃろ?」
 問われ、柳生は上目遣いで睨みつけ、楽しげな顔をする仁王の前でわざと熱の残された唇を拭った。
 「……あなたはそうやってすぐ調子に乗る……!」
 「やって嬉しかったと。まさかお前が用意してくれてるとは思わなかったから舞い上がってしもうた」
 素直に告げてくる言葉に、さすがに柳生も頬が熱くなるのを抑え切れない。耳まで赤くした柳生が顔を背けるとその耳に仁王が囁いた。
 「バレンタインも悪くなかとね。好き言われるよりも躯が熱くなるとよ」
 言い終えるや耳たぶを舐められ、柳生は慌てて身を竦めた。
 そういうことをされてしまっては、柳生の躯だって火照ってくるというもの。
 圧し掛かってくる躯をフリで押し返しながら柳生は思った。
 確かにバレンタインもそう悪いものではないのかも……。

 

 


 溶けるチョコに、どうやら彼らの心まで一緒に蕩けてしまったようだ。

 

 

 


END
(04.02.14)


 

仁王柳生!!

バレンタインになんとか間に合ったよ。嬉しいよ。

もっと甘いヤツを考えてたんだけど長くなりそうだったので、シンプルにするべくこれにしました。

柳生は果たしてこんなに可愛いコだろうかとおおいに疑問が残ってます。

とにかく、28でバレンタイン!

幸あれ。

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